第27話 搬送

 『俺の飲み物に、薬盛ったよね?』


 その一文だけで彼女を追い込むのには十分だったようで、彼女は途端に震えだした。


 しかし、彼女は意外にも冷静に筆談で返してきた。


 「二年一組23番三橋京香みつはしきょうかです」

 『どうしてわかったんですか?』


 彼女は想像より冷静にしているように見えた。まるで、安心しているようだ。


 「ぶっちゃけこの予算についてどう思う?」

 『君が挙動不審だったのと、お茶を飲んでから俺の体に異変が出たから。それに、茶葉に異常はないのは、君たちが来る前に飲んでるからわかってたから』

 「さすがに多すぎるのでは?と、思ってしまいます」

 『すいません。その監督に逆らえなくて』

 『逆らえなくて?』


 聞くと、彼女は色々なことを話してくれた。


 愛堂に脅されていること。俺に薬を盛って襲わせろと言われたこと。その他諸々


 『また、なんでそんな指示を?』

 『知りません。ただ、副会長がいると邪魔だからと』


 どうやら、愛堂は俺のことが邪魔らしい。心当たりがあると言えばある。今のこの状況だってそうだし。


 俺は疑問を彼女にぶつける。もちろん偽の会話をしながらだ。


 『それはそれとして、なにを脅されていたんだ?』

 『それは言いづらいんですが』

 『他言はしないと誓う』

 「ほん……とうですか……?」


 俺の誓いの言葉に、彼女は疑問を呈す。当たり前だ。彼女は今、現在進行形で脅されている。


 『声に出さないくていい。別に君たちを脅すつもりは無い』

 『盗撮されていたんです。着替えのところを』

 『それをばらまくぞ、と?』

 『そうです。薬を飲ませて、副会長を襲わせろ。それが今回やれと言われたことです』


 そうか……。彼女は脅しを受けていた。しかも盗撮をされて。

 うん。許す理由なし。


 『話してくれてありがとう。後はこのことは任せて』

 「今日はもうこれでいいよ。寄り道せずに家に帰るように」

 「はい、よろしくお願いします」


 ガラガラガラ


 扉が閉まり、三橋さんが遠くに行ったのを確認すると、俺は扉についていた盗聴器を綺麗なハンカチで回収する。

 これは重要な証拠だ。ジンさんに渡す。


 トゥルルルルルルルルル


 『もしもし?翔一か?』

 「はい、色々渡したいものがあるので、ここから一番近い帝聖総合病院で待ち合わせしましょう」

 『わかった。しかしなぜ病院なんだ?』

 「来たらわかります」

 『……わかった。だが、あんまり無理するんじゃないぞ』

 「わかってます。じゃあ、先に向かってます」


 そう言って、俺は電話を切った。

 病院に行くのは、単純に俺の体内の薬物検査をするためだ。これは、愛堂逮捕のための証拠につながる。

 まだ、あいつには余罪があるかもしれない。だから、取り敢えずムショで大人しくしてもらおう。


 俺は、ひとまず病院に向かうために生徒会室に荷物を取りに行く。


 「失礼します」

 「あ、椎名。愛堂との話し合いはどうだった?」

 「話になりませんでした。それはそうと、今日は帰らせてもらいます。これから用事があるんで」

 「……?別に構わないが、用事とはなんだ?」

 「私用です」

 「わかった。なら、来週の予算会議までにまとめておくように」

 「分かりました」

 「翔一……?どうしたんだ。体調でも悪いのか?」


 俺に限界が来ていることが玲羅にばれた?

 確かに俺は、飲まされた薬のせいで体調が悪い。というより、生徒会室にいる女生徒を襲いたい衝動に駆られている。

 それを我慢するほど、気分が悪くなってくる。


 「大丈夫だよ、玲羅」

 「それならいいのだが……」

 「なにを言っている天羽。椎名はこんなにピンピンしてるじゃないか」


 そう言いながら、会長が俺の背中をバシバシ叩いてくる。

 しかし、その衝撃が俺に限界を迎えさせた。


 「いえ、白銀会長。椎名君の顔が物凄く蒼いです。というか倒れそう」

 「なに!?」


 ドサッ


 会長が俺の方に顔を向けた瞬間には、俺はもう膝から崩れ落ちていた。


 「翔一!?」

 「ハァハァ……」

 「どうした椎名!お、おい、とにかく救急車!」

 「わかりました」

 「翔一!翔一!」


 俺が倒れたことによって、生徒会室はパニックになっていた。

 だが、俺はそんな中でも玲羅の腕を掴んで、ある頼みごとをする。


 「れい……ら……」

 「翔一、もう喋るな!」

 「それ……死ぬときのやつ……。誰が何と言おうと、同伴に玲羅が来てくれ」

 「もちろんだ!」

 「あと、病院の人に薬物検査を頼んでくれ」

 「な、なんでだ?―――まさか毒を!?」

 「ちがう……けど、お願いだ」

 「わかった。後は何をすればいい?」


 献身的に支えようとしてくれる玲羅の姿に、俺は心が癒される。

 ―――ほかに、頼みたいこと……


 「玲羅……」

 「なんだ?なんでも言ってくれ」

 「手を握っててくれないか?」

 「そんなことでいいのか?ほら、手を握ったぞ!どうだ?楽になったか?」

 「だから、死ぬんじゃないんだから。―――でも、ちょっとだけ眠らせてくれ……」

 「おい、翔一!?お願いだ。目を閉じないでくれ!」


 だから、死ぬんじゃないんだってば。


 そう考えると、俺の意識は消えていった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ピンポーン


 翔一が救急車で搬送されているころ、翔一宅に訪れる一人の男の姿があった。


 「はいはーい、どちら様ですか?」

 「や、やあ。久しぶり結乃ちゃん……」

 「あ、矢草先輩お久しぶりです!」


 やってきた男とは、矢草斎宮。翔一の友人だ。


 「どうしたんですか?お兄ちゃんなら、生徒会の仕事でまだ帰ってないんです」

 「その、久しぶりに料理を教えてもらおうと思って……」

 「あ、じゃあうちに上がっていって。どうせ今日はお兄ちゃんが晩御飯の当番ですから」

 「じゃ、じゃあお言葉に甘えて……」


 そんな二人の間には、甘い空気が流れている。この中に翔一やほかの人がいようものなら、こんな空気は出ないだろう。


 しかし、そこへ結乃が絶対に聞きたくない話をするための電話がかかってきた。


 トゥルルルルルルルルルル


 「結乃ちゃん、電話来てるよ」

 「はーい。ちょっと待ってください……」


 そう言うと、可愛らしい足取りで固定電話のある所に結乃が向かう。


 「もしもし?椎名ですけど―――え?」


 カチャン


 かかってきた電話から聞いた話を頭で理解した瞬間。結乃は、受話器を取り落とした。


 「どうしたの、結乃ちゃん!?」

 「すいません。驚いちゃって。帝聖総合病院ですね?すぐに向かいます」


 ガチャ


 「どうしたの?」

 「お兄ちゃんが……」

 「椎名君が?」

 「お兄ちゃんが救急搬送されたって……」

 「え!?」

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