第26話 甘噛み
学校が休みの日曜日 椎名翔一はスーツに身を包んだ男と会話をしていた。
「―――ていう感じで、その愛堂って奴はあんまりいい噂はないな。というよりも、その男は過去に未成年淫行で送検されそうになったが、内藤商事から圧力を受けて捜査が取り下げになってる」
「内藤商事?」
「憶えてないのか?お前の家とも関りがあったはずなんだが」
「うーん……憶えてないですね。いや、なにか引っかかる感じがするんですけどね」
「そうか……ただ、この愛堂はこっちの課でもマークはしておく」
「お願いします」
そう言って、俺は話し相手から封筒を受け取って、その場を去る。
今話をしていたのは、ジンさん―――特殊犯罪対策四課の刑事だ。
本名は、
俺は、ジンさんと色々な関わりがある。彩乃を失って、腐っていた俺をどうにかしようとしてくれた人の内の一人だ。
ある日以降、ジンさんと俺は協力関係のような状態になり、こうやって捜査情報を流してくれることがある。
それって問題にならないのか?と思うだろうが、そこはうちの
家に帰ってきた俺は、すぐさま会長に連絡する。
「あ、会長。今時間大丈夫ですか?」
「ああ、今は特に問題ない。どうした?」
「会長って、家がちょっとしたお金持ちなんですよね?」
「そうだが、それがどうした?そんなの皆が知っていることだぞ?」
「いや、聞いてみただけです。会長の家は確か、白銀ホールディングスでしたよね?」
「そうだが?」
「分かりました。じゃあ、野球部の顧問とは俺が話をつけておきますね」
「それは良いが、私の親の会社となんの関係が?」
「……全部終わってから話します」
俺はそれだけ言うと、電話を切った。
あなたの家じゃこの問題に対処しきれない。こんなことを電話越しに言うのは、少しだけ気が引けた。
おそらく、今回もあの監督との話し合いに、内藤商事は問題が起きた場合介入する可能性がある。
こう言っては会長に悪いが、会長の実家程度の会社じゃお話にならない。富豪の上には、さらなる富豪がいる。
そいつらは、警察や政治家などに繋がっており、色々なことをもみ消したりできる。白銀ホールディングスはそういうのができる会社ではなかったはずだ。
そうなれば、腐っても椎名家がバックにいる俺の方が、対処しやすいだろう。うちの家は、国家機関のいくつかと繋がっている。故に、内藤商事よりも圧倒的に権力がある。
家を出た身だが、ジジイがかばってくれるだろ。
俺は、明日の安藤との話し合いのために、想定されることを全て考えながら、家のリビングに向かう。
「あ、お兄ちゃん。昼ご飯もう少しでできるよ」
「ああ、わかった。でも今、ちょっと考え事をしているんだ」
「翔一、もしかして明日の話し合いのことか?」
「まあ、そうだな」
「大丈夫なのか?」
そう言って、玲羅が心配してくれる。本当は、一人だと不安要素が多いのだが、玲羅はメインヒロインだったとはいえ、今は俺に関わってるだけの一般人だ。会長以上に何もできないだろう。
そんな玲羅を巻き込みたくない。
「大丈夫だよ。相手が殴りかかってきても、俺なら大丈夫だ」
「そうだよ。お兄ちゃんって、本当に強いんだから!」
「そうは言うが、私は鬼頭先輩を倒したのしか知らないし……」
「いや、普通の人に負けないって判断するには十分じゃ?」
「そんなことない!万が一のことで翔一が怪我をしたら私は嫌だぞ!」
「お、おう……」
そこまで心配してくれるの?すごくうれしいんですけど……
ていうか、結乃が「じゃ、私料理見てくるね」と言って、台所に行ってしまった。あいつ、現場をかき乱しただけでどっか行きやがった。
そんな考えをよそに玲羅はヒートアップする。
「怪我だけならまだいい。毒なんて盛られたらどうする?相手が銃を持っていたら?私たちじゃ太刀打ちできないような権力に潰されたりとか……」
「お、落ち着け。銃とか毒ならまだしも、権力はどうとでもなるから。」
「でも……でも、それでお前が私と一緒に過ごせなくなったらどうするつもりだ!」
「大丈夫だ」
俺は玲羅を諭しながら、優しく抱きしめる。
やっぱり玲羅は暖かくて、安心できる。
「んぅ……」
「はむ」
「うひゃぁ!?」
俺は、ちょっと変な声を出した玲羅に、お仕置きと称して、耳を甘噛みしてみると、玲羅は素っ頓狂な声を上げた。
顔を真っ赤にした玲羅が耳を抑えながら抗議をしてくる。
「な、なにをするんだ!」
「あんまりにも玲羅が愛おしくて、可愛かったからつい」
「嫌な気はしないが、くすぐったいから一言言ってくれ!」
「あ、じゃあ言えばいいのね?いただきまーす!」
「あ、そう言う意味じゃ……わひゃあ!?」
それから長いこと甘噛みをしていると、玲羅が立てなくなったが、俺はソファに押し倒してそのまま続行した。
だって、思いのほか気持ちいい感触だったんだもん!
すると、そこに結乃が戻ってきた。
「お兄ちゃんたちなにしてるの?」
「はぁん……」
「エロ声を出さないで!ていうか、お兄ちゃんいつまでやってるの!?」
「……」
「無視して続けるなぁ!昼ご飯できたから伝えに来たのに!」
それで結乃を怒らせてしまったのか、それから夜まで結乃は口をきいてくれなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
時は進んで、翌日の放課後
俺は、学校の会議室で野球部の顧問―――監督の愛堂を待っていた。
コンコン
「どうぞー」
俺がノックにそう返すと、二人入って来た。
片方は、野球部監督の愛堂。もう一人は、マネージャーだろうか?女生徒が入って来た。
「一対一で話し合いではなかったのでしょうか?」
「まあいいだろう。部活の経理をマネージャーに一部、任せているからな」
「しかし、それでは当初の話と齟齬が生まれますが?」
「お前、この俺に楯突く気か?」
「いえ、そういう意図で発した言葉ではありません」
「なら、いいじゃないか。一人くらい増えても変わりない。おい三橋、飲み物を用意しろ」
「……分かりました」
三橋と呼ばれた女生徒は、会議室に設置されているお湯ポッドのある場所にお茶を入れに行った。
「さて、回りくどいのは嫌いなんで、本題から話します。このような内容では、こんな高額な予算は下せません」
「その中には、遠征費も含まれている」
「内訳に遠征の『え』の字もないんですが?」
「そんなのは書かなくてもわかるだろう?」
「そんな暴論通りませんよ。日常なら問題はないんでしょうが、書類上は書いていただけなければないものとして扱われます」
「ちっ、クソガキが……」
初見の印象。
『クズ』その一言に尽きる。ていうか、書類に必要事項かくのは当たり前だろうが。なぜ書かなくていいと思った?
もしかしたら、部費を横領してる可能性もあるな。この後、もう少し精査を入れよう。
「お茶、入りました……」
「おう、すまないな三橋」
「いえ……頼まれたので。副会長さんも、どうぞ……」
そう言って、三橋さんは俺にお茶を出してきた。
「ありがとう。それよりも、寒いの?手、震えてるよ」
「……っ!?な、なんでもないです」
「そう……なら、いいんだ」
俺が手が震えていることを指摘すると、三橋さんは手をかばうようにして、引っ込めてしまう。
ちなみに、その震えが寒さから来ていないことはなんとなくわかる。
俺は差し出されたお茶を一気に飲み干す。
愛堂がニヤニヤしているが、気持ち悪いと思うだけで特にない。
―――そこからも話し合いは続いたが、平行線が続いていた。
俺が一つ一つ指摘するたびに、愛堂が屁理屈と暴論で返してくるからだ。
「では、今回の話し合いも加味したうえで、予算会議で通せる予算を発表します」
「ふん、お前は自分の立場を理解することから始めた方が良い」
「……今のは聞かなかったことにします。教職としての立場をお忘れなきよう」
「ふん、戻るぞ三橋」
「あ、ちょっと待ってください。三橋さんだけ残ってもらえますか?」
「え、なんで私だけ……」
俺が引き留めると、彼女は少し驚いた様子だった。しかし、愛堂はそうではないらしく、三橋さんに「ちゃんと仕事をしろよ」と、耳打ちをされていた。
その後、愛堂は三橋を残して、会議室を去って行った。
会議室は、俺と三橋の二人だけだ。
これで心置きなく話ができる。そう言いたいが、今さっき愛堂が会議室の扉に盗聴器を仕掛けていった。
バレないとでも思ったのか?
というわけなので、本命は紙に書いて、伝えようと思う。
会議内容まとめ用の紙を数枚とり、俺は聞きたい内容を書き、相手に関係ない話をしながらそれを見せる。
「取り敢えず、学年クラス出席番号名前を教えてくれない?」
『取り敢えず声にしないで見て欲しい。俺の飲み物に、薬盛ったよね?』
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