第24話 決勝戦

 決勝戦の、対4組戦前に、俺は白崎に話しかけていた。


 「白崎」

 「ん?君はたしか―――」

 「これ……」


 そう言って、俺が渡したのはエナドリだ。最近、ネットが流行したりとで、徹夜するためのものみたいに思われているが、エナジードリンクは、別に運動前に摂取しても効果を発揮する。


 ないよりかはマシだろう。こいつが、完投できるのならそれに越したことは無い。


 「ありがと……。ねえ、もしかして―――あれ?いない」


 用も済んだので、俺は早々に立ち去った。そうして俺が向かった先は、玲羅のいる観客席だ。


 「翔一!」


 観客席に入ると、さっそく玲羅が呼んでくれた。


 あ、かわいい……。


 「よ、玲羅。ひとりか?」

 「いや、さっきまで条華院もいたのだが、トイレに行っている。」

 「そっか、美織と一緒にいるのか。」

 「話してみると、いい奴でな。なんで翔一のことをあんなに疑っているんだ……。」

 「別にいいよ。俺は大事な幼馴染を失った。あいつにとっては、それはかけがえのない一番の友達を失ったという事なんだ。俺がまだ乗り越えられてないように、美織もまだ現実を直視できていないんじゃないのかな?だからさ、なにがあっても、玲羅は美織と仲良くしてやってくれないか?多分、俺にはできないから。」

 「わかった。でも、お前との時間の方が、私にとっては優先事項だからな?」

 「はは、嬉しいね。愛してる人からそう言われるのは。」

 「あい……!?」

 「じゃ、行ってくる」


 真っ赤な玲羅も見れたので、俺は試合のベンチに向かう。


 「ったく、不意打ちばっかり……。でも、がんばれ翔一!」


 玲羅のそんな呟きは、ちゃんと俺に聞こえていた。


 ああ、がんばるよ玲羅。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 「これより、1年の部決勝戦を始める!両チーム、礼!」


 「「「「お願いします!」」」」


 そう言うと、4組はベンチへ、6組―――つまりうちのクラスは、守備へ向かう。


 恒例として、内野外野それぞれでの守備間でキャッチボールをしているのだが、毎イニング、ライトとレフトのどちらかが、ボールを落すので、満足にキャッチボールが出来ていないのが現実だ。


 いや、いいんだけども。練習くらいはしてこなかったのかな?できないならできないなりに努力はしないのか?


 「ボールバック!」


 キャッチャーのその掛け声とともに、キャッチボール用のボールは全てベンチに戻される。


 「プレイ!」


 試合が始まるも、初回に続き、2回3回は特に気にする必要はなかった。


 基本的に三者凡退だ。豊西の危ない打球があったが、一応取れる奴は取った。


 ただ、4回の途中あたりから、白崎のピッチングのキレがなくなってきた。


 そこから、目に見えて打たれるようになってきた。


 しかし、それでもうちのチームは、豊西の剛速球から、得点をもぎ取っていった。


 試合はついに終盤に入って、7回表。


 得点は、2-0でうちのリードで、試合は進んでいる。


 「はあはあ……」

 「白崎、あと少しだ!最後まで頑張れ!」


 明智、なってないな。キャッチャーは、チームの頭脳だ。それがそんな声掛けしては駄目だ。もう白崎の状態は、頑張りでどうこうなる状態じゃない。結構ギリギリだ。


 だが、もう少し様子を見たい。俺がピッチャーになって、外野を守る奴がいない。だから適性がありそうなやつを探す。そこまでは踏ん張ってくれ。


 カァン


 そんなことを考えていると、外野にフライが上がった。


 方向は左中間。位置的には、レフトの守備範囲だ。


 でも、北林は反応が遅れてる。―――俺が行くしかない。


 「間に―――あええ!」


 全力疾走の後、ギリギリでボールを何とかキャッチする。


 俺のそんなファインプレーも、歓声は上がらない。本当に静かだ。


 これは―――


 「わかっててもこたえるなあ。やっぱスポーツマンとして、誰かに応援されながらやりたいな。やりがいってもんが……」

 「翔一―!ナイスプレー!」


 これは、玲羅の声?


 声の方向を見ると、満面の笑みで俺のことを応援している存在がいた。他の誰でもなく、玲羅だ。


 いるじゃんか。応援してくれる人が。やっぱ気持ちいいな。誰かに応援されるのは。


 俺は、そんな玲羅に手を振ると、ボールを中継に返した。


 「あ、椎名君ナイスプレー」

 「ありがと。北林が運動得意じゃないのは分かってるから、任せてくれ。でも、取る気迫は見せてくれよ。」

 「う、うん。ありがと。僕運動苦手だから助かるよ。」

 「ふっ、お喋りはここまで、守備位置戻るぞ。」



 その後も俺は、いくつかの外野フライを捌いた。一番えげつなかったのは、ライトがボーっとしてたのか、一切打球に反応せずに、俺がライト線まで走らされたことだ。


 あれに関してはよく間に合ったよ、俺。


 結構疲れたが、その中でも、外野が出来そうなやつを見つけた。ついでに言うなら、明智以上にキャッチャーが出来そうなやつも見つけた。


 それから追加点を入れ、3-0となったのだが、今は9回表0アウト1,2塁のピンチの場面で、ネクストバッターは豊西だ。


 ここで、ランナーを出したら、逆転満塁ホームランを食らって、最終回抑えられるという未来が見える。


 カァン


 バッターが打った打球はとても鋭いゴロで、二遊間を抜けていき、俺の目の前まで転がってきた。


 フライじゃない。でも、二塁ランナーは足が遅い。ギリギリ間に合う。


 「だああああ!」


 「ヒズアウト!」


 イエス!


 俺の送球は、二塁ランナーを追い抜き、ランナーを3塁でタッチアウトにした。


 「す、すごいぞ翔一!」

 「天羽さん、はしゃぎ過ぎよ。これくらい翔一ならやりかねないわよ。それにまだ―――」

 「ああ、試合は終わってない。まだ、翔一の活躍を見れるんだ。」

 「いや、そういう事ではないのだけれども」


 しかし、次は豊西の打席。確実に―――



 カァン!


 完璧な音が、グラウンドに鳴り響く。その瞬間、俺は打球を追いかけるのをやめた。


 確定弾だ。アレは確実にホームランだ。


 「よっしゃあああ!」

 「うおおお!すげえええ!」

 「きゃー、豊西君素敵!」


 豊西の同点スリーランに相手チームが湧き上がる。


 そこからも、流れに乗った4組が、ヒットやフォアボールなどで出塁し、満塁になってしまった。


 しかも、そこで事件は起きた。

 ピッチャーの、モーション開始が早すぎる!?あれでは―――


 「タイム!」


 ボーク判定だ。もっと早く出るべきだった。次の回から、投げようと思った俺が馬鹿だった!


 「ボーク!」


 そうして、ランナーは2,3塁になり、3塁ランナーだった人は、ホームベースを踏み、相手に得点が入った。


 明らかなスタミナ切れによる、集中力の欠如。現に今も、体力切れで今にも倒れそうだ。


 「二塁審!」

 「ん?」


 俺は二塁審を呼ぶと、両手でTの字を作る。すると、意思が伝わったので、すぐさま二塁審が両手を上げ、試合を止める。


 「タイム!」


 俺は、すぐさま白崎の下に行き、意図を伝える。


 「ピッチャー交代だ。白崎、あとは任せろ」

 「え、でも、素人にまかせ……ら……れ……るわけ……」


 その時、白崎の頭に、今までの翔一のプレーが思い出された。


 「素人じゃない?」

 「そうだ。俺は素人じゃない。とにかく、ピッチャー変われ。このままだと負けるぞ。」

 「で、でも……」

 「おい椎名、勝手なことを言うな!」


 そこに噛みついてきたのが、明智だ。


 「白崎が投げるって言われてるんだから、大人しく従ってろよ!」

 「野球も知らない愚図がほざくな。こいつは明らかにスタミナが無くて、集中力が切れ始めてる。交代しないと、さらに点を取られる。」

 「そんなの気合で何とかなるだろ!プロだって、完投してるだろ?」

 「それは1日に1試合しか、基本的にないからだ。野手と違って、ピッチャーは常時動き続ける。野手は疲れるが、それ以上に投手は疲れるんだよ。だから白崎、変われ。」

 「白崎、そのまま投げろ。こんな奴信用できねえ。」

 「え、えっと……」


 明智があまりにも邪魔過ぎる。このままでは―――


 「白崎、野球はチームスポーツだ。」

 「知ってるけど?」

 「なら俺を信じろ。信じて俺にボールを託してほしい。」

 「わかった。ピッチャー交代だ。椎名君、頼むよ。」

 「ああ、と言いたいが、あと少し野手として頑張ってくれ。ここからは俺の采配で行く。」

 「わかった。」

 「おい、なに勝手なことを!」


 今のチームに明智は不要だ。こいつはチームプレーを乱す。


 こいつより有能なのが、一人ベンチにいる。そいつをセカンドに出す。


 「主審、メンバーチェンジ。1を3。3を5。5を2。2を下げる。それから、4を8に、4にベンチから有馬を」

 「確認しました。」

 「おい、なに勝手に俺を下げてるんだよ。」


 そんなの当たり前だろ?


 野球はチームスポーツ。ひとりでも、邪魔がいたらダメなんだよ。


 「野球はチームスポーツ。誰もが知ってること。誰か一人でも、それを乱すような奴がいたら、勝てねえんだよ。野球やった事ねえお前には難しかったか?」

 「ぐぬぬ」


 取り敢えず、明智はそのままベンチに下げて、ベンチにいた有馬をセカンドにいれた。まあ、こいつも運動できない部類に入るのだが、打球反応はそれなりによさそうだ。

 こいつはベンチにいる時、いつも打球を目で追っていた。もしかしたら、磨けばいい守備を展開できるかもしれない。


 そんなことも考えながら、こちら側の作戦も立てる。


 「椎名、俺キャッチャーやったこと無いんだけど……」

 「いや、そこまで深く考えなくていい。来た球を取ってくれ。基本的に構えたところにドンピシャで行くようにする。サインは、単純に1がストレート。2が変化球。必ず、ミットに入れるからヘタに動くなよ。」

 「わ、わかった。信じるよ。」


 信じてくれるなら、期待に応えないとな。



 「プレイ!」


 ランナーがいる以上、セットポジションから入らずに、クイックモーションで投げ始める。


 村田の出したサインは1。つまり、ストレートだ。


 ズバァン!


 目測だが、球速は大体154は出た。まあ、大抵の人は打てない。まあ、ここで打たれる展開はどこにもないんだけどな。


 次は2.変化球か。


 なら、スローカーブでどうだ?


 「スイング!」


 今度の球は、80代の超鈍足球だ。

 この緩急の振り幅は、プロでもきついんじゃないか?


 次も2。


 やっぱ決め球は、下変化球でしょ!


 てなわけで、SFF(スプリット)!


 「ストライク‼バッターアウト!」


 先頭打者を、三振に抑え次のバッターが来るが、キャッチャーがいっこうに1を出さない。

 もしかして―――


 俺はタイムで試合を止めて、村田に質問する。


 「もしかして、ストレート痛かった?」

 「うん……」

 「ごめん。次からは、加減するわ。」


 そこから試合は再会され、結局、三人で攻撃を終わらせた。


 しかし、豊西がピッチャーなので、どうしてもランナーが出ず、ツーアウトになってしまった。


 「村田、なにがなんでも塁に出てくれ。そうしたら、俺が何とかして打つ。」

 「わかった。なにがなんでも塁に出る。」


 とか言ったくせに、あいつゴロ打ちやがった。


 終わった。全員がそう思ったが、ここでまさかのファーストがエラー。


 奇跡的に、村田はランナーに出て、俺に打順が回ってきた。


 「椎名、お前がラストバッターだ。」

 「奇遇だな豊西。俺もこの打席で終わらせるつもりだ。」

 「ふっ、もう試合を諦めたのか」


 そう言った後に投げてきた球は、とても速かったが、ど真ん中。絶好のホームランボールだ。


 ここで打たなきゃ誰が打つ!ここで、打たなきゃ勝ちはない!


 なら、打つしかない!


 カァン!


 俺の打った球は、先ほどの豊西の打球より、はるかに遠くへ飛んでいった。


 まあ、つまり―――


 「ホームラン!」


 逆転サヨナラツーランホームランだ。


 な?ラストバッターだったろ?

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