第23話 プレイボール

 3-3


 野球大会初日 1年の部決勝 6組対4組は、バッター豊西のスリーランホームランによって、最終回表に同点を許してしまった。しかも、6組のピッチャーは、3試合の連続先発登板で体力が限界を迎えていた。


 「はあ……はあ……」


 (投げなくちゃ……。僕が投げないと、クラスが……。先生の期待に応えられない……。)


 3組のピッチャー、白崎仁しらさきじんは、満身創痍ながらもボールを握る。相手は、同学年のクラスだ。3年生に打たれるならまだしも、同学年の、しかも素人にホームランを打たれて、限界だった体力が輪をかけて辛くなった。

 さらに、その後もヒットなどを許し、ランナーは満塁だ。


 もう、投げれない。投げなきゃいけないのに、投げれない。


 僕は―――


 「タイム!」


 その時、主審が試合を止める。


 「ボーク!」


 (―――!?油断した。セットポジションで制止するのを忘れた……。もう、駄目だ……。)


 主審の宣言により、三塁にいたランナーが進塁し、得点が入る。


 3-4


 「プレイ!」


 クラスの大半が絶望する中、主審の無慈悲な声が響く。


 (もう、無理です。交代を……)


 白崎は、救いを求めて担任を見るも、白崎を見る目は、投げ続けろと言っていた。


 (誰か……助けて……)


 「タイム!」


 その時、二塁審が試合を止めた。周囲がざわめき始めた。


 白崎も二塁審の方を見ると、ある男がピッチャーマウンドに近づいてきていた。


 (あいつは、条華院さんにレイプ魔って言われてた……)


 「ピッチャー交代だ。白崎、あとは任せろ」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 さあ、今日は野球大会当日だ。


 全行程は3日で行われて、一日目は予選みたいな感じで行われる。


 一日目は、1年と2年がそれぞれトーナメントで戦い、1年と2年の代表クラスを1クラスずつ選び、2日目からの3年の全クラスに先ほどの代表クラスを入れた、10クラスでトーナメントをする。


 そして肝心の3日目は、そのトーナメントの準決勝からの試合が行われる。


 おそらく順当にいけば、豊西のいるクラス、つまり4組のクラスがこの大会を優勝し、そこで一番活躍した豊西が、女子にちやほやされるイベントだろう。―――させねえけど。


 今日は、1年が学校のグラウンドで、2年が市民球場で試合の日だ。


 まあ、俺が考えているのは、玲羅の好感度と白崎のスタミナだ。前者は言うまでもないが、問題は後者だ。


 うちのクラスのピッチャーの白崎は、全ての試合に先発するという事になっている。鬼スケジュールだ。甲子園ですら、1日に1試合だ。しかし、今日は多くて3回試合をすることになる。


 本来は、中継ぎを作り、先発も数人でローテーションを作る。


 最悪、俺の登板も考えておくか。このクラスで、ピッチャーがまともに務まるのは、白崎か俺しかいなさそうだし、担任も白崎以外を登板させるつもりは無いみたいだしな。


 開会式から、野球大会は何事もなく進んだ。第1試合は、特に何もなく初心者同士の泥仕合という感じだった。

 その後の試合では、4組が対戦相手の3組をボコボコにして終わった。

 なにしろ4組のピッチャーは、あの豊西だ。運動能力お化けの設定があった奴は、その設定を存分に生かし、女子たちにちやほやされていた。しかし、問題はそこじゃない。奴の球速は目測だが、150km/hは出ていた。

 うちのクラスでも打てないかもしれない。

 

 「集合!」


 そんな中、初日第3試合の2クラスが集められる。


 まずは、目の前の勝負に集中だ。


 相手は5組。スポーツ推薦の生徒が何人かいるクラスだ。―――まあ、勝つけど。


 うちのクラスは後攻。つまり、守備からのスタートだ。


 俺は足早に、センターに向かう。


 両隣の守備位置には、ライトに吉田。レフトに北林だ。両名とも、運動できない組でマシな部類の人物たちだ。


 フォローは、センターの俺の仕事だ。


 「プレイ!」


 主審の掛け声とともに、試合が始められる。


 相手の戦闘バッターは、いかにも足の速そうな選手だ。

 しかし、白崎はこのバッターを三球三振で抑えた。

 流石、未来のエースと言われていただけはある。変化球のキレもストレートの伸びもいい。


 だが、懸念していた通り彼はスタミナの配分が、中継がいること前提になっている。あれでは、3日完投なんて夢のまた夢だ。


 その後も白崎は完投し、俺達の1試合目は8-3で勝利。次の8組戦なんて、白崎の完封で終わった。


 なに?進展が早すぎるって?


 相手が、弱すぎるか、こちらが強すぎるのかは定かじゃないけど(絶対後者だけど)、悪い意味で展開が単調なんだ。

 こんなんカットだ、カット。


 ちなみに、俺の成績は12打席8打数8安打無得点だ。


 俺が得点をしたら、確実にクラスがしらける。俺は空気は読めるからな。玲羅の前でいいカッコはしたいが、それのせいでクラスの士気が下がって負けられたらたまったものじゃない。


 まあ、なんで8安打もして得点が入ってねえんだよって話だが、俺は基本的にチャンスではフォアボールを選んでるからな。打数に入ってない4打席分がそれだ。


 「おい……」


 ―――と、誰かに話しかけられたみたいだ。


 「なに?豊西。」

 「勝負だ。」

 「はあ?何言ってんの?」


 まあ、俺に話しかける奴なんて、本当に一握りしかいない。玲羅だったら、どれだけモチベーションが上がったか。


 「勝負だ。」

 「いや、オウムかよ。同じことしか言えないなんてな。今時の乳幼児でも表情のバリエーションあるぞ?」

 「うるさい、勝負だ。この試合、俺のクラスが勝ったら玲羅を開放しろ。」

 「そもそも、俺は玲羅を縛り付けたりしてねえぞ?」

 「口ではなんとでも言える」


 うっざ。何こいつ、マジで。


 そろそろ、かませ犬みたいな立ち回り止めろよ。彼女といちゃついてろよ。いいもんだぞ?好きな人とイチャコラしてるのは。心が満たされる。


 玲羅はいつでも可愛いから、俺の心の穴にずっと入り込んでくる。はあ、好きだなあ……


 「……へくちっ」

 「天羽さん、あなた見かけに似合わず、可愛いくしゃみをするのね?」

 「あ、あんまりそういう事を言うな。恥ずかしいだろ。」


 「豊西、もしかしてだけど、お前自分の事思慮深い、実は頭いい奴。的なこと思ってる?」

 「は?急になんだよ。」

 「いや、急でもねえだろ。自分はどれだけ言われても、冷静な奴だとか思ってんだろ?浅い考えが透けて見えるんだよ。頭いいとか名乗りたいなら、まずは鏡を見て見ろ。とんでもない間抜けが目の前に見えると思うよ?」

 「は?鏡に人は入ってないだろ。」


 おっと、なぜ渾身の皮肉が伝わらない?


 真性の間抜けだこいつは。


 「まあいい。もう一回言うけど、勝負内容はシンプル。試合で勝ったクラスの方の要求がのまれる。俺が求めるのはただ一つ。玲羅を開放して、今後二度と俺たちにお前が近づかないことだ。」

 「じゃあ、俺の要求は、お前の玲羅への名前呼びを止めて、今後一切近づかないことだ。」

 「は?二つ案じゃねえか」


 ブーメランってしってるか?


 やばい。こいつと会話すると、頭がバグる。


 「じゃあ、わかったよ。お前が俺たちに近づかないこと。それだけでいいよ。」

 「は?そんなの良いわけないだろ?」

 「え。なんでよ?俺の要求、お前とほとんど変わんねえじゃん。」

 「考えろよ。玲羅は嫌々、お前といるんだ。だから、俺の意見は通るが、お前のは無理だ。」


 わけがわからないよ


 いや、マジでおふざけとかじゃなくてさ。なに言ってんのよ。


 「どうでもいい!じゃあ、俺が勝ったら、その時に決める。」

 「ふっ、まあいい。まあ、俺がスポーツで負けるなんてあり得ないけどな?俺、野球も得意なんだよな」

 「へー、そう。お前ひとりが上手いだけで、野球って勝てるんだ。じゃあ、大谷がいるエン〇ルスは全試合全勝だね。」


 野球が、個人の力でどうにかなるものなら、俺が全てやってる。でも、そうじゃない。野球はチームスポーツ。

 舐めてると、痛い目にあうぞ。豊西。


 まあ、取り敢えず負けられない理由は出来た。次の試合、取りにいくぞ。

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