第19話 覚悟が足りない

 「てめえ、なにしやがった!」

 「なにしたって言ったって……顔面にストレートぶち込んだとしか……」

 「そんなわけねえだろ!」


 現在俺は、気絶から回復した鬼頭に言及されていた。


 なんでも、俺がグローブの下になにか細工をしたとの事だ。

 誓ってそんなことはしていない。スポーツはフェアプレイが基本。それが普通だ。モットーにすることでもない。


 「なにを根拠に不正だと?あ、踏み込みが速すぎるとか?」

 「グローブ関係ねえだろ!踏み込みも確かに速かったが、お前の実力だ。それくらいは分かる。だが、なぜお前の拳を一度しか受けてないのに、インパクトが2回あった!絶対にグローブになにか仕込んだろ!」


 なんでも、俺が拳を放った瞬間に2回のインパクトがあったとの事だ。まあ、それ自体間違ってないし、正直見破られると思ってなかった。

 これまで俺がやってきた試合で、これを見切った奴は同年代には一人も存在しなかったからだ。


 その点で言うのなら、こいつはそこいらの奴らより断然強い。さすが神童と言われるだけのことはあるな。


 「だから、不正の根拠なんてどこにもないだろ?インパクトが2回あったなんて誰が分かるんだよ。」

 「いいからグローブの中を見せろ。外すところも俺に見せろ。」

 「はいはい、これでいいか?」


 俺は言われた通りグローブを外して、鬼頭に渡す。


 鬼頭はグローブを色々な角度から見たり、触ったりしているが、当然仕掛けのようなものは出てこない。当たり前だ。俺は不正をしていない。


 そもそも、インパクトが2回存在したのは、家の武術の流派が関係している。


 椎名家の武術は『鳳術ほうじゅつ』と呼ばれるもので、今の人間には忘れ去られた『法力ほうりょく』を使うものだ。―――法律を使う力じゃないぞ。


 鳳術の話はまた追々しよう。どうせ必要になるときは近いうちに来るさ。俺が過去と向き合うとなったら、半殺しにしなきゃいけない相手がいるから。


 「グローブはなんの変哲はない。素手にも細工した感じはない。本当にお前の実力なのか?」

 「だからそうだって言ってんだろ、先輩?」

 「チッ、ここぞとばかりに先輩呼ばわりしやがって。」

 「別にあんたが、白銀会長のことを好きで好きで、でもその感情を恥ずかしくて表に出せなくて、あんな態度を取ってしまう。そんな事情があるのなら、俺はわざと負けたよ?俺ってそこまで鬼畜じゃないもん。誰かの恋を踏みにじったりしない。でも、そういうのじゃないだろ、あんた。」

 「それは……」

 「俺が説教できる立場じゃないのは十分に理解してる。でも、これだけは言わせてくれ。俺は、そういう奴には負ける気はない。

 悪意を持って人に接することを許してはならないから。」

 「正義のヒーロー気取りかよ。またお前みたいなやつに……」


 正義のヒーロー、ね。


 こいつも過去、なにかあったみたいだな。でもこいつには才能がある。いつか大成するだろうな。だからこそ諦めて欲しくない。


 「今のお前は、ぶっちゃけ玲羅よりも弱い。」

 「はあ!?俺があんな女より!?」

 「良いから聞け。お前がより劣ってる理由、漫画風にいうのなら『覚悟が足りない』という奴だ。俺は色々あってこんなんだが、お前には紙一枚にも満たないくらいの薄っぺらい思想しか感じられなかった。」

 「……。」

 「でも筋はある。いつか、本当に守りたいものを失いそうになった時、もしくは失った時、あんたは強くなる。絶対だ。保証する。だから、もう一度ボクシングを本気でやらないか?」

 「……後輩のくせに俺に説教だなんて。」

 「だから言ったろ?説教する立場じゃないけど、って。」


 納得はいってなさそうだ。でも、なにか思うところはあるんだろう。


 あんたが変わって、本当に白銀先輩のことが好きになったら応援しますよ。



 ―――鬼頭先輩



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 「す、すごいぞ翔一。あの先輩を一撃で倒すなんて!」

 「ふふ、これで俺の強さが分かったか!力の前にひれ伏すがいい!」

 「ははあ」


 最近、俺の趣味が分かって来たのか、俺のボケに対する玲羅のノリがいい。首を垂れる玲羅も、すごくかわいい。


 「あんた達、ホント仲いいのね?」

 「えー、と……式部、さん?」

 「あんた、クラスメートの名前うろ覚えなの?マジかよ。」

 「白ちゃん、椎名君よ。玲羅ちゃんしか眼中にないに決まってるじゃない。」

 「そうだよ。言ってたじゃん。『離れられなくなる』って。」

 「ちょっと待って、なんで知ってるのそれ。」


 それ言ったの昨日だし、そもそも俺の家の中じゃなかった?


 「あらあら、それで言うなら玲羅ちゃんも『二人で一緒に堕ちていこう。翔一、愛してる。』って。」

 「え、待って、本当になんで知ってんの?」

 「そりゃ知ってるわよ。昨日の会話全部聞いてたんだから。」

 「は?」


 待って初耳なんですけど。


 俺は玲羅に視線を向ける。すると、彼女の耳は真っ赤に染まっていて、先ほどの姿勢から一切動かずにいる。


 「玲羅、ちょっと話を聞かせてもらおうか?」

 「ち、違うんだ!私がやろうと言ったのではない!」

 「でも、やったんだよね?」

 「そ、それは……き、嫌いにならないでくれ!や、やだ!翔一がいないなんて、考えたくない!」


 そんな必死な玲羅を見ると、ちょっと胸が締め付けられる。まあ、理由はあるんだろう。ちょっと時系列で考えて見るか。


 昨日、まあ自殺未遂を図った日だ。玲羅の友人3人が知っていたセリフは、俺の手当てが終わってから。でも、それまでの間玲羅は俺の傷の手当以外何もしていない。なら、帰ってくる前から、既に彼女たちに聞こえる状態にしてたという事だ。で、彼女たちに俺たちの会話を聞かせる手段は、多分スマホの無料電話サービスだろう。玲羅が、トランシーバー等の通信機器を持っているなんて変な設定はなかったはず。盗聴機説はないこともないが、同じ家に過ごしてる上に、俺と玲羅はほぼずっと一緒にいる。仕掛ける意味はないはずだ。


 話を戻して、家に入る前からつけていたという事は、その前に何かしらの流れがあった。俺が自殺を図ったことは、あの時の感じから知らなかっただろう。


 じゃあ、その日は何があったか。俺が美織にレイプ魔と糾弾されたことだ。逆にそれ以外は普通の高校生だ。


 ここから導き出される答えは―――


 「玲羅の友人になったそこの3人が、俺の悪い噂を聞いて、どんな人物か疑った。でも玲羅の彼氏だからと、本性確かめるために、スマホで通話を繋いで俺との会話を盗み聞きさせていたと。」

 「そ、その通りだ。なぜ分かったんだ?」

 「単純な推理だよ。俺ってば頭いいから。」

 「自分で頭いいとか言うな。でも、本当にすまない。お前のためとはいえ、私は翔一のプライベートを……」


 俺が許さないとでも思ったか?今の俺なら玲羅に殺されても、怒らない自信があるよ。


 ま、玲羅が俺のことを思ってやってくれたことだ。怒る理由もない。

 あとは、聞いた本人たちがどう思ったかだが


 「3人的には、俺ってどうなの?」

 「え?合格以外に何がるの?」

 「そうねえ、少なくとも強姦をするような人じゃないことは分かったわ。」

 「そうね、本気で天羽のことが好きなのは分かったわ。」

 「なにが合格は知らないけど、好評なら何よりだ。」


 今の俺のクラスでの評判は、下の下だ。だが、なんだかんだいい奴はいっぱいいそうだな。


 「なあ3人とも」

 「なに?」

 「友達にならないか?」

 「あらあら、玲羅ちゃんに嫉妬されちゃうわあ」

 「まあ、椎名みたいな奴なら友達でもいいかもな。」

 「私はオールオッケー。よろしくな椎名。」

 「式部、氷川、菊島、今日からよろしく!」


 こうして、俺に3人の友達が出来た。


 「むぅ、翔一は私の彼氏なんだからな。」


 一人、3人のうちの誰かに翔一を取られるんじゃないかと不安になる玲羅だった。

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