第15話 赤
「――――!」
「――――っ!」
俺はその後も色々な罵声を浴びせられた。ただ、そのすべてが俺に響くことがなかった。
しかし、ただ一言だけが俺の心をえぐった。
「お前さえ、お前さえいなければ彩乃は自殺なんてしなかった!お前なんか生きてなければっ!なんでお前がのうのうと生きてやがる!死ねよ!あの時、お前が死んでれば!」
そうだ。全部俺のせいだ。俺のせいで、間接的とはいえ彩乃は追い込まれたんだ。そうだ。俺さえいなければ。
―――俺があの時、死んでさえいれば……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「へー、玲羅って椎名と付き合ってるんだ。意外だな。」
「そ、そうか?やはり釣り合わないだろうか?私と椎名では。」
「いや、そうじゃなくてね……。」
一方玲羅は、今日友人になった女子生徒3人とカラオケに来ていた。
ちなみに女子生徒3人の名前は、3人の中で特にリーダー気質が強く、気も強そうな女子が
今は、各々が歌い終わり、ちょっとした休憩時間のようなものだ。その時間の間に、玲羅に彼氏がいることがバレた。
まあ、玲羅は顔に出やすいからバレやすいのだろう。
ちなみに、3人は全員見かけがギャルだ。でも、話してみると案外気の良い人達で、予想以上に仲良くできている。
「でもさ、こうして話してるとやっぱり噂って信用なんないよな。」
「あー、それな。噂で聞いてる感じと全然違うし、あの噂って、意図的に広められたとかじゃないの?」
「そうかもねー。ねね、玲羅さ、そこらへんどうなのさ?」
そして、玲羅の評価を何よりも上げているのが、これだ。3人とも噂を鵜呑みにせずに、話をしてくれた。
彼女は理解していた。中学の時の3年3組も、翔一の口添えがなかったら、玲羅を信じる存在は0だったことを。
故に、彼女は嬉しいのだ。自分たちで考えて、自身の人となりを見てくれる人がいて。
「あの事件は半分本当で、半分嘘だ。先に手を出してきたのはあっちで、私は正当防衛は認められている。しかし、他の人は全く信じてくれない。というか、私は平気で人を殴る人という話が出回ってしまったんだ。
その時に助けてくれたのが椎名なんだ。」
「ふむふむ。という事は、椎名は玲羅の王子様だったと。」
「なっ!?」
「アハハ!玲羅はわっかりやすいなあ。」
そういうリーダー気質のギャルを筆頭に、3人はニマニマし始める。玲羅はそんな安いからかいに、顔を真っ赤にして俯く。正直なところ、翔一のことを王子様と思っていたことは否めないからだ。
そんなからかいが加速している空間の中で、一人が思い出したように話す。
「そうだ、玲羅ってグループチャット入った?」
「グループチャット?」
「ほら、よくあるじゃん。クラスのみんなで参加して雑談するやつ。」
「入ってないな。今日は3人と椎名としか話してないからな。そんな話があるのも知らなかった。」
「じゃあさ。招待するから―――なにこれ?」
式部がチャットアプリを起動して、玲羅をグループに招待しようとした時にあるメッセージが送られてくる。
「なにこれ?」
「2度も同じことを……。どうしたんだ?」
「いや、グループにこんなのが送られてきてな……」
そう言って、玲羅が見せられたのは、一つのチャットメッセージと動画だった。
『初日から告白かと思ったら、いきなり犯罪者がうちのクラスにいるの判明して草』
そのチャットと同時刻に送られた動画には、信じられない光景が映されていた。
『やっと会えたぞ、このレイプ魔。お前を追い詰めて追い詰めて、地獄に落としてやる!』
動画は、翔一がレイプ魔と糾弾されている動画だった。
「な、なんだこれは……。」
「よくわからない。でも、椎名がレイプ魔って言われてるのは確かだな。」
「そんなはずないっ!翔一は、幼馴染が自殺した理由を……。」
「理由をなに?」
今まで玲羅の話をほほえましく聞いていたのが嘘かの様に、全員冷たい目をしていた。
最初は玲羅も、全てを話そうかと思ったが、翔一の過去は本来玲羅も聞かないはずだった話だ。そうやすやすと話していいものかと言い淀む。
そこへ、菊島が諭すように言う。
「玲羅ちゃん、自分を助けてくれた人を擁護するのは良いけど、知ってることは話して欲しいの。幸せそうに話す玲羅ちゃんの傷付く姿は見たくないの。」
「―――決して口外しない。そう約束してくれるか?」
「私は出来るわ。玲羅ちゃんがそう言うのなら。」
その言葉を聞くと、玲羅は視線を式部と氷川に向ける。無言の確認というやつだ。
「玲羅がそれでいいのなら、私は文句は言わねえ。なんてったって友達だからな!」
「私も同意。他人のプライベートをひけらかすほど趣味悪くないし。」
その言葉を聞いて、玲羅は一呼吸おいて話始める。
「翔一は、ある武術宗家の出身らしいんだ。―――」
玲羅が全てを話し終ると、3人は驚愕したような表情を見せる。
「別にこの話が本当という証拠はない。でも、私のお母さんにこの話をしたんだ。それも辛そうな表情で。だから、私は翔一を信じる。私を救ってくれた翔一を私は信じたい。」
「「「……。」」」
玲羅の言葉に誰も反応しない。いや、呆然として反応できていないというのが正しいだろう。
「どうしたんだ?3人とも心ここにあらずという感じだったが。」
「玲羅ちゃん、話しにくいこと話させちゃってごめんね。でも、これは……。」
「いや、おもってた100倍重い話だったから。」
式部と菊島は、以前狼狽えているも、氷川は冷静に分析し、こう答える。
「椎名にそう言う過去があるのは分かったけど、なんで条華院は、椎名のことをレイプ魔って言ったの?」
「それは……よくわからない。ただ、翔一の家は、私たちが想像もつかないくらい複雑だから、もしかしたら何かあるかも……。
3人とも、私は帰ることにする。今日のこととか翔一に聞きたいし、なにか嫌な予感がする。」
「あ、待って!」
急いで帰ろうとする玲羅を、式部が引き留める。
「さっき言ったチャットアプリを使って私たちに椎名の話が聞こえる様にしてくれないかな?」
「なぜだ?―――というより、それは盗聴じゃないのか?」
「私たちも、椎名の本音が知りたい。もしかしたら玲羅が気付けない事にも気付けるかもしれない。盗聴っていうのはさ、まあ全員で謝り倒そう?話を聞いてる感じ許してくれそうじゃん?」
「……わかった。高校に入って最初の友達が3人でよかったよ。これからもよろしく頼む。」
「こっちのセリフよ。玲羅ちゃん、椎名君が本物だったら、私たちも応援するわ。」
「そうなったら、ちょっと恥ずかしいな。今日はありがとう。また明日。」
そう言うと、玲羅はカラオケボックスを去っていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
今、私は翔一の家の前に着いた。もう、3か月も私を受け入れてくれている家だ。
この家に入る前に、電話を繋ぐ。
『もしもし、玲羅?』
「ああ、音がそちらから出るとまずいから、そちらの音声をミュートにしてくれないか?」
『おけ。じゃあ、頑張って、玲羅。』
その声を最後に、あちら側のマイクの表記に斜線が入る。ミュートになった証拠だ。これであちらの音がこちらに聞こえることは無い。
私は、スマホを制服の胸ポケットに入れ、帰宅する。
「おかえり、玲羅さん。珍しく、お兄ちゃんと帰ってこなかったんですね。」
「ただいま、結乃。今日は、新しくできた友達と遊びに行っていたんだ。それで、翔一は帰ってきてるのか?」
「……?お兄ちゃんならとっくに帰ってきてますよ。玲羅さんと違って、お兄ちゃん友達作ろうとしないし。」
「そ、そうか……」
なにかいらない情報まで引き出してしまったが、翔一は帰ってきてるみたいだ。
「なら、翔一は今部屋にいるのか?」
「ううん、お風呂に入ってる。なんか汗かいたからって。あ、そうだ。玲羅さん、背中でも流してあげたらどう?」
「……それもいいな。よし行ってくる。」
「え?本当に行くの?いつもなら恥ずかしがるのに?」
今の状況なら、背中を流しながら話を聞くのも悪くない。二人きりで話ができるわけだからな。
私は、そう思い立つとすぐに脱衣所に向かう。そして、中にいるであろう翔一に声を掛ける。
「翔一、ちょっと話があるんだ。入ってもいいか?」
そう問いかけるも、返事がない。いつもの翔一なら、ちゃんと返しをしてくれる。料理をしてる時でも、関係なく。
私は違和感を憶え、あたりを見渡す。すると、異質な部分に気付く。
念のために、洗濯機の中も見るがそれがない。
(お風呂に入ってるのに、服を脱いでないのか?脱いだ後の服がどこにも見当たらない。)
その考えに至った時、強烈に嫌な予感がした。
「翔一、返事をしないのなら入るからな。翔一、入るぞ!」
ガラガラガラ
浴室の扉を開き、私の目に飛び込んできた光景。それは―――
「翔一っ!なにをしてるんだっ!?」
湯船に入らずに、片腕だけをお湯に浸している翔一と、片方の手に握られたカッターナイフ。
そして、浴槽の中の水は真っ赤に染まっていた。
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