第16話 キス
現在、俺は自室で手当てを受けている。手当てをしているのは玲羅だ。彼女の目は真っ赤になっている。
玲羅に泣きながら「死なないでくれ」と先ほどまで言われていた。
俺の右腕に包帯を巻き終わった玲羅は、先ほどとは打って変わって無口だ。ちなみに結乃は、俺に対してビンタをかまして自室に閉じこもった。
そんな重苦しい雰囲気の中、手当が終わると、玲羅が再度口を開いた。
「なぜ死のうとした?」
「俺さえいなければ不幸になる必要がない人間がいたから。」
「誰にそんなことを言われたんだ?一回くらい殴ってやる。」
「そんなことをするなよ。それにそう判断をしたのは俺だ。」
パァン!
気付くと、俺は玲羅にビンタされていた。速かった。俺ですら今の手の動きを見切れなかった。
ビンタの勢いで一瞬俺の顔がブレるも、すぐに元の位置に戻す。その瞬間、俺は玲羅に押し倒された。
それによって、倒れた俺の上に玲羅が馬乗りになるという構図が出来上がった。
「なんで!なんで、死のうとしたんだ!」
そう、玲羅は声を荒げる。
「だから言ってるじゃんか。俺がいるから彩乃は自殺したんだ、って。」
「じゃあ私は!私はお前がいなかったら救われないままだったんだぞ!」
「それは結果論だ。たまたま玲羅を救えただけだ。運が良かっただけだよ。」
本当に運が良かっただけだ。前の世界で死んで、奇跡的にこちらの世界に転生して、奇跡的に傷心の玲羅に付け入ることが出来た。
本当に運が良かっただけだ。
しかし、俺の発言が気に入らなかったのか、玲羅は俺の胸倉をつかんでくる。
「私はそんなものじゃないと思ってる!お前に救われた日から、私は運命だと、私の相手はお前しかいないと、そう思った。なのに、お前は……!お前は、運が良かったから、私を救えたと思っていたのか!」
「そう言ってるんだ。どうだ、幻滅したか?別れてもいいんだぞ、これ以上俺みたいなクズと付き合っても意味ないだろ?」
「なら、私の目を見て、別れろと言うんだ!お前はいつもそうだ。嘘を……いや、なにか隠したいとき、お前は目を合わせない癖がある。私は馬乗りでお前の視界内にいるはずなのにさっきから目が合わないぞ!」
そりゃそうじゃんか……。俺が、俺が言えるわけないだろ……。
「本気で好きなのに、嘘でも別れてくれなんて言えるわけないじゃんか!お願いだ、玲羅。これ以上玲羅が傷付く前に……。」
「お前と一緒に暮らして、だいたい3ヶ月か。まだまだお前の新しい姿を見れるのか。でも、どんなに傷付いても、私の心配をしてくれるんだな?」
「な、なんのことやら。」
「誤魔化さなくていい。翔一の評判が落ちれば落ちるほど、私にも被害が及ぶ。だからお前は私と別れさせようとしてるんだろ?」
「……。」
玲羅は本当に頭がいい。俺のことを理解してくれる。でも、本当に玲羅に被害が出てしまう。高校生のちゃちないじめとは違って、相手は条華院家。年始には、著名人などの集まる会合に呼ばれるくらいの権力を持った家だ。
なにをされるかわかったもんじゃない。
「黙り込むってことは肯定と取っていいんだな?」
「お好きにどうぞ」
「……っ!?お前に適当に扱われるのは、思いのほか傷付くな。もう私は、お前無しでは生きていけないという事か。」
「何が言いたい?」
「もうほとんど言ってるんだけどな。なら、行動で示すのが良いのかもな?」
「だから何を言って……むぐ!?」
俺の唇に当てられた柔らかい感触。極限まで近づいた玲羅の顔。皆まで言う必要はないだろう。
キスだ。しかし、それでは終わらなくて。
俺の口腔内に侵入してくるものがあった。それは、俺の口の中をかき回すように動かされる。俺も俺とて、その侵入物の動きに合わせて、絡め合うように動かし始める。自然と体は強く抱きしめ合っていた。
「ん……くちゅ……ぷはぁ……。これで私の気持ちは分かったか?ちなみにキスも、舌を入れるのも初めてだ。翔一だからしたんだぞ。」
「……。」
「翔一?どうしたんだ?」
「何考えてんだよ。本当に、離れられなくなるだろ。」
その言葉を聞いて、玲羅はニヤリとする。あ、なにか変な事を考えてるな?
「いいじゃないか?二人で一緒に堕ちていこう。翔一、愛してる。」
俺は無言で玲羅を抱きしめた。こんなに可愛い女の子が、俺と一緒に堕ちよう、とか言ってくれるとか最高かよ!
「翔一、私にできる事なら何でもするぞ。お前が子作りをしたいというのなら、避妊無しでもいい。責任さえとってくれるのなら、私は妊娠してもいい。お前との愛の形ができるのなら……で、でも優しくというか、今はそういうのはっていうのも……」
「怖いんだな?」
「うう……翔一と繋がりたい。そう思う事は何回かあったが……その、初体験は痛いと聞くから……」
「別にいいよ。玲羅の覚悟が決まったら言ってくれ。いつまでも待ってるから。無理矢理襲うなんて趣味は俺には無いからな。やっぱり好きな人とするならイチャラブが正義だよ。」
「お前は優しいんだな。やっぱり翔一を好きになってよかった。お前以上の男なんて、そうそういないだろうからな。」
「俺も玲羅を好きになってよかったよ。俺を救ってくれる女の子なんて、玲羅以外にいないだろうからな。」
そうだ、結乃にも謝らないとな。そう思っていると、抱きしめられている玲羅の腕に力がより一層込められる。
「翔一、ずっと一緒にいよう。一緒にいれる時はずっと。家でも、登校も下校も、遊ぶ時も、食事も、ずっと一緒だ。」
「ああ、玲羅、ずっと一緒にいてくれ。」
俺に、過去と向き合う勇気を……ください。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
コンコン
「いません。」
「ごめんって結乃。もうあんなことしないからさ。」
結乃はまだ自室に引きこもってる。
しかし、俺が謝るとすぐに出てくる。
「本当に?」
「ああ、もうしない。死んじゃいけない理由も出来たしな。」
「どうせ、玲羅さんのためでしょ。私はそこに関与してない。」
「そんなことはない。少なくとも、お前の花嫁姿は見たいぞ。唯一の家族が幸せになるのを見届けないと、父さんと母さんに示しがつかない。」
「お兄ちゃん、言う事がおじさん臭い。」
「お、言うじゃねえか。」
やっぱり、結乃は結乃だ。でも向こうも同じことを考えているようだ。結乃もにやけてる。
「お兄ちゃん、あや姉のことは悲しかったけど、悲観してばっかりじゃ前に進めないよ。」
「そうだな。だから、俺もいつか過去への因縁を晴らして見せるさ。」
「主人公かよ。」
「主人公になるんだよ。今んとこヒロインとブラコン妹枠は埋まってるからな。」
「ブラコンじゃないし、キモ」
「おい、シンプル悪口はやめろ。」
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