第45話 過疎地の異世界人⑩
と、いうことは穴塞ぎの仕事をしている異界人は関東方面なら社長、佐々木、イノシシ姫ということになる。追加の召喚は不要なのだろう。これで俺がクソ上司に飼われたら以前より過剰なくらいだ。
「返事を聞きにきた、にしては早いな。暇潰しかな」
社長からは一週間余裕をもらった。まだ二日しか経ってない。
「あら、返事も何も楯野さんには姐さんの飼い犬以外に選択肢ないと思うけど。てか諦めろ」
イノシシ姫の口は相変わらず悪い。
「西に行くのもあるし、まだなんかあるかも知れねえ」
「あんたみたいなの気に入ってくれるの、あの人くらいだよ。ビビってんの? 」
やっぱ腹立つなこいつ。
「イノちゃん、そんなこと言うものじゃないよ。楯野さんの顔は印象強烈だけど、それだけじゃないからね」
おお、佐々木案外いいやつだな。
「ただ、あなたを逃すと残された全員が八つ当たりや無茶振りの被害に遭いそうなので、しばらくでいいのでボスの所にいてくれないかと」
しばらくで済むとは思えないけどな。
うっかり情でも抱いてしまったら面倒でしかない。
「その池谷女史が顔を出さないのはどうしてだ? 社長に西行き返事してさっさと動いてしまったらどうすんだろう」
佐々木は口ごもりながら「それはやめた方が」と呟く。なんかやばいんだろうか。
「ちょっと事件があってね」
動じないイノシシ姫。さすが脳筋。
「土師道雄、知ってる? 」
土師君がどうしたというのか。
「知ってるし、イノ…マタも会っただろう」
睨まれたがイノシシ姫は脱線はしなかった。
「西棟金朱、知ってる? 」
ああ、苗字の方は初めて知った。
「銀朱の妹だな」
「駆け落ちした」
「嘘だろ」
思わず声に出た。仲がいいのは知ってたが、付き合いを反対されてるとか聞いたことはない。
「ただ逃げただけじゃなく、何か持ち逃げしたらしく、ボスも銀朱も鏡先生もツテを頼って追いかけてる。ツテの中には路地裏の賢者まで入ってるって話」
それはきっと鏡医師のツテだな。
「お前たちは追跡に参加しないのか? 」
「なんか私たちはいいんだって」
異界人お断りか。それなら俺もだな。もちろん社長もだ。
そんなものとは何だ。何を持ち逃げしたんだろう。
「気になるよね」
佐々木の言う通り、確かに気になる。
「見当がついているのか」
「残念ながら。もしわかったらあたしたちにも教えてね」
俺にその機会が来るものかどうか
女たちは少し浜辺で遊んで田中さんが入れた紅茶と社長の手土産の残りの焼き菓子を食べて帰って行った。田中さん含めて話す様子はこっちの世界のそこら辺の若い女性となんら変わらない。俺はその間、釣った魚の下処理をやって逃げていた。
その次の来客は早かった。
その夜、いつもだが早めに就寝した後にやってきたのだ。
夢現に鈴の音を聞いた俺は反射的にがばりと起き上がった。
部屋の中は荒れ果てていた。寝台はボロボロで寝具などなく、テラスのサッシはガラスが破れて夜風が穏やかに吹き込んでいた。間違いなく裏世界だ。
テラスの向こうには大きすぎる満月が輝き、それを背中にして和服の老人が佇んでいる。逆光で顔がはっきり見えないが、路地裏の賢者だ。
「久しぶりじゃのう。色々言いたいことは本当に色々あるが、まずはついてきてもらえまいか」
「どこに行くんだ」
「隠しても仕方あるまい。土師道雄と金朱の二人を止めたい。土師に懐かれているお主なら説得できると思う」
「説明を。彼らが何をしようとしてるのか教えてくれ」
それがわからなかったら止めるも止めないもない。
「あまり時間がない。それは道々説明しよう」
移動手段は裏世界ならではのものだった。
最初の移動は暖炉だった。暖炉を潜るときに鈴の音がして、出たところは真っ暗な山の中の祠だった。虫が顔にたかるのを払っていると賢者に手を引かれて鳥居を潜る。また鈴の音がした。
「急いでいるからな」
魔力の大盤振る舞いをしていることは感じ取れた。賢者の魔力は俺より少し多いくらいだが、それがさすがに尽きるのではないかと思えた。
本気で急いでいるのだな、とわかる。鳥居を潜った先は球場の廃墟だった。
そこから移動した先が目的地だった。
そこも最初は裏世界かと思った。
取り壊し工事中らしい荒れ果てた廃ビル。だが、ビルを囲む塀の向こうからは街のさざめきが聞こえ、うっすら明るくなっている。
「ついたぞ」
ここまでにかなりかいつまんだものだが、俺は事情を聞かされていた。
金朱が盗み出したのは電子化した魔法に関する古文書だった。彼女は魔法使い一族であるから、ある程度まで閲覧は許されていたのだが、その際にせっせと文書を写真に撮って持ち出していたらしい。彼女がアクセスできないような文書は賢者が離反時に写しを持ち出してあったから、これを電子化。
それだけなら勉強熱心で済んだだろう。だが、彼女の行動は付き合っている土師君のための行動だった。
彼はこちらでの生活を捨て、穴の向こうに戻る気になったらしい。ただ戻るだけなら何も問題はないが、彼は穴が閉じた後に何が起こるかを知ってしまった。魔法使い一族なら知ってることだが、金朱は魔法使い一族だった。普通は一族以外に無闇に話すわけはないが、大事な人となれば別だ。おまけに彼女は彼についていく気だった。
二人があちらでただ偕老同穴の穏やかな人生を送りたいと言うなら余計なことは何もしなかっただろう。社長が無為をよしとしなかったように、彼らもあることをしようとした。そのために古文書にある知識、そして穴関係の魔法操作の実践を通じて学ぶ必要もあった。
実践の機会はあった。佐々木と土師君で術式分解をしに行った穴だ。銀朱はクソ上司と同じく専門家だ。手伝って、色々質問することで古文書の知識を補完したようだ。
彼らがやろうとしていることは、あちらの世界から別の未着手の世界に穴をいくつもつないで魔法を衰えさせないこと。古代の魔法の繁栄をもたらすことだった。
土師君はあれで一流の魔法使いという意識があったのだろう。裏付けるだけの実力は確かにある。
ちなみにこちらでは穴は限界まであけ、そして半分以上、おそらく八割近くが完全閉鎖されてしまっている。賢者の立ちが頑張ってもかつての繁栄は取り戻せない。
賢者の同志にはそのことに絶望している者もいる。金朱は彼らを勧誘した。
賢者が彼らを止めたい理由はそこだ。ただでさえ少ない仲間を彼らが奪っていく。賢者がこだわっているのはここだ。新世界ではない。行かせるわけには行かなかった。だが、魔法を使えるものが大勢いる以上、力づくでは不利だ。
藁を掴む思いなのだろうな。俺の説得にかけるということは。
今は土師君と同行するつもりの賢者の同志たちは徘徊型の穴を固定しているところらしい。それが済んだら立ち去って、アンカーを失った穴は永遠に閉じることになる。
穴は廃ビルの屋上にあった。稲荷を祀ってあったと思われるところにはもう何もなく。床にぽっかり黒い穴が空いている。多分、ここから向こう側のどこかに落ちるような感じになっているのだと思うが覗き込める位置にないのでなんとも言えない。
その穴を前にしてキャリーケースをいくつも並べて五人の人影があった。
土師君、金朱、知らない男二人女一人。
彼らは賢者を見るとギョッと身構えた。
「言葉はもう尽くしたはずですよ」
知らない男の一人がそういう。賢者は被りを振った。
「今日はそちらの土師道雄君に会わせたい人がいてね」
俺しかいないが、土師君も金朱も「誰? 」という顔をしている。いやまあそうだよな。
「楯野だ。本来の顔で会うのは初めてだね」
「楯野さんだって? 」
二人は目を見張った。
「聞いてはいたけど」
「これはすごいよね」
なんか失礼な感想を仲良く交わすのやめてもらえませんかね。
「はいはい楯野ですよ。確かめたっかたらなんでも聞いてくれ」
「ごめんなさい。疑うつもりはないんだけど、予想以上にあの女の趣味にぴったりで驚いたの」
「悪趣味だよね」
「いや、そこまでじゃないと思うけど、楯野さんの地元じゃあんまりもてないんだよね」
うん、その話はやめよう。
「それで、楯野さんが何か」
そうだな、賢者に引っ張られてきたけど、俺に彼を止める言葉はないと思う。
「みんなに挨拶もなしに行ってしまうのかい」
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