第44話 過疎地の異世界人⑨

 顔をぐるぐる巻きにした俺は、スリ、かっぱらいの元締めをやっていた。

 元締めと言っても中間管理職みたいなもんだ。上には街を仕切るヤクザの幹部がいて、奪った財布は一度彼に献上しないと行けない。そこから俺たちの取り分を恵んでくれるので、実行犯と全員の最低の食費の取り分に分けて分配するのが俺の仕事だ。

 魔力の訓練は続けていた。これと別にメンバーの成績と食費の管理のために文字と計算も覚えた。個人プレイでは失敗するだけでなく捕まったりする仲間が出るのでカモを選んでこれを集団で狩る作戦の立案と指揮もするようにした。別のかっぱらいグループとの鞘当てもしょっちゅうだったので、罠を警戒したり罠を仕掛けることも覚えていた。このころの俺は結構な悪党だったと思う。

 俺の魔法はこの頃にはほぼ形になっていて、乱闘などの場面で仲間を大いに助けていた。

 上の覚えがよく、上がりも上々でライバルには水をあけ、街の官憲は相手にならない。俺は調子に乗ってたんだと思う。

 だから、自分が売られるとは思っていなかった。

 俺を買ったのがボスだ。

 街での仕事ぶりを見て、俺のことを欲しいと思ったらしい。

 金銭を積むだけでなく、脅しも交えて上位組織は俺をボスに売った。

 当時は傭兵を生業とする貧乏騎士だったはずだが、そんな金がどこにあったのか。

 ボスに連れ去られるところでこの夢は覚めた。

 焦点の合わない目に見えたのは、ボスたちと立ち上げをやった海辺の廃墟からの風景に似た絶壁と海の風景だった。

 ここはどこだろう、そう思ったところで再度眠りに陥った。

 それからはボスと一緒に駆け巡った戦いの記憶と目覚めるとどこかの屋敷の見晴らしの良い寝室という繰り返しだった。この辺は楽しい夢だったと言えるだろう。

 そして俺が完全に目覚める時が来た。


 久しぶりの自分の顔には違和感があった。嫌いな顔だ。懐かしく恨めしい顔だ。母のその後は知らない。俺の知名度が上がった後、俺そっくりな彼女のことが何も伝わってこないから彼女はおそらく死んだのだろう。

 目覚めた場所は海を臨む別荘だった。古い和洋折衷の建物で主な水回りは改修されているが天井や壁はボロボロのところもあった。

 そのテラスのある洋室が俺の部屋だった。眺めがよく、海風が気持ちよく、遠い沖合を時折漁船が通り過ぎる他は何もいない。別荘は断崖の上にあったが、下に降りれば狭いが砂浜もあるらしい。

 俺の面倒はがっしりした小太りの中年女性が見てくれていた。田中さんという人で、初めて会う人だが、看護師の資格を持っていて鏡医師の医院で働いていた人だという。魔法使い一族ではないが、付き合いの長い一家の出身らしい。

「皆さん、時間ができたらおいでになるそうですよ」

 そう言って彼女は軽自動車で買い出しに出て行く。小一時間ほどかかるがショッピングモールがあるとのことで、二時間かかって買ってきた食材や日用品は馴染みのあるものだった。

 皆さん、というのはクソ上司たちかと思ったが、最初にやってきたのは初老のよく日焼けした爺さんだった。

 手土産に自分で釣ったらしい大きめの黒鯛を持ってきた。この近くの人で、自分では名乗らなかったが、顔役らしい。小さいが水産会社を営んでいるそうだ。

 そんな人物がなんで俺に、と思ったが長らく使われていなかったこの別荘に住み着いた人物を確かめにきたらしい。おかしな人間なら対策が必要、というわけだ。

 田舎らしい話だ。

 いつまでいるかわからないが、もしずっといることになるのならあらためて挨拶する、ということで爺さんは納得して帰っていった、その時は俺の方から手土産を持っていくし、地域との関わり方について話し合うことになる。

 いきなり疲れる相手だったので、翌日やってきた次の来訪者には身構えてしまった。

 やってきたのが社長と分かった時はほっとした。

 いつもは作業服の社長がアロハにハーフパンツ姿なのは新鮮だった。よく似合ってるが、サングラスのおかげでちょっと堅気感が損なわれている。

「楯野か」

 俺の顔を見てびっくりしている。こっちの顔は初めてだものな。

「そうですよ。御社の社員の楯野です」

 苦笑いしか出ない。俺みたいな顔は社長のところの価値観だとどう思われるかわからない。

「いやまあなんというか、似ても似つかないな」

 まあそう言われるよな。

「すんません。なれてください。ところで、社長が最初に来るとは思いませんでした。ボスは忙しいのかな」

「ああ、それで色々確認と手配に来た」

 何があったのかわからないが、社長の手が空いているのなら穴関係ではないようだ。路地裏の賢者でも出たのだろうか。

 社長の確認事項としては今後のことだった。

「この後だが、どこに住むかね。ボスは自分の家で飼いたいようだが、多分嫌だというと思うから、手の足りない西の支部を手伝いに行ってくれるなら、ワンルームを用意してもらえるそうだ。立ち位置としては吉田ってやつの手伝いをしながら支部長のところでこっちの魔法使いとして色々仕込んでもらって最終的には穴対応の渋責任者ってとこだ。あっちの支部長はそろそろ引退したいらしい」

 吉田って、西に出張した時に最後バイトに全部投げたやつだよな。確かに手が回ってない感じだ。

「今ままで通り社長んとこで働くのはだめかい」

「そら無理だ。客にはおめぇの顔を覚えてるのもいるんだぜ。整形ですむレベルの顔の変化じゃねぇ。それになんだ、こんな目立つ顔だと面倒も起きそうだ。わりぃが諦めてくれ」

 社長にふられてしまった。

「でも、業務が回るんですか。伍堂もいなくなったし、これで俺までいなくなったら」

「そいつはなんとかしたよ」

 聞けば人を雇ったらしい。召喚者でもないし魔法使い一族でもない。普通に求人出して普通に面接して雇ったらしい。

 つまり、俺の戻る余地はもうないってことだ。

「もう決めなきゃいけませんか」

「いや、なんだかわからんがしばらくはどたばたしてるようだから、来週でいいぞ。返事を聞きに来るのはおいらとはかぎんねえが」

 どたばた、ね。

「まあ、ゆっくり考えな」

 その後、社長は世話をしてくれてる田中さんにも声をかけ、俺と飲んだ。元の体に戻って初めての酒だった。

 次の来訪者までは二日しか間が空いてなかった。

 やってきたのは佐々木とイノシシ姫だった。意外な組み合わせだ。

 釣りを楽しんでいた俺のところに彼女らはやってきた。靴を脱いで浜の砂を踏みながら若い女性二人がやってくるのはなかなか良い眺めだ。

 まあ、いいのは見かけだけなんだが。

「珍しい組み合わせだな」

 俺がいたのは砂浜の横の岩場だ。彼女らは素足になっていたのでそこまでやってくることはなかった。話をするために俺は竿をあげて浜に降りた。

「本当に楯野さん? 」

 佐々木はびっくりした顔をしている。イノシシ姫は俺の顔を知ってたから平然としていた。

「ああ、この顔のせいでもてなかった。なあ、イノシシ姫」

「その通りだけど、その呼び方はやめて」

「遠目には女の人に見えた。無精髭のおかげで男性ってわかるけど」

「この顔のせいで酷い目にあったよ」

 佐々木は頷いた。

「わかる。うちの地元にはいないタイプだけど、いたらまず騒ぎになるよ」

 どういう騒ぎなのかあんまり聞きたくない。なんであれろくなもんではなかろう。

 この二人が仲良しなのも疑問だが、イノシシ姫がいることに俺は疑問があった。

「ところでなんでいるの? 穴はまだ塞いでないの? 」

「穴は塞がってるよ。あたしはこっちに住むことにしたんだ」

 なんと、彼女がアンカーとして機能していたのは父親との約束、俺をあちらに返さないというこの一点だけだったのだという。父親ももうおらず、国も滅んだ。彼女があちらに残した執心はとうに失せていたらしい。

「こっちの暮らしが居心地良くってね。もうあんたなんかどうでもいいからこっちの人間になってしまおうとぐらついていたの」

 もし、俺が帰りたかったら粘りがちで帰れたのかも知れないとそういうことらしい。帰るタイミングは選べないが。

「今は猪俣美弥って名乗ってるわ。猪の字が入ってるのは偶然だからね」

 佐々木と一緒ということは、同じ仕事をしているということらしい。今はルームシェアリングして資格取得と表向きの仕事への就職準備をしている、とか。

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