第40話 過疎地の異世界人⑤
「どういうつもりだ」
ほとんど食ってかかってしまったのはあんまりうまくなかった。
「裏を使ったこと? 」
使うなと言ってたものを使ったのは確かにそうだ。俺には昼の池谷老とのやりとりについてもうクソ上司が把握してるという根拠のない確信があった。
だが、彼女はそんなことなど知らないという顔だ。
「緊急避難よ。路地裏の賢者が仕掛けてくる前に楯野くんに話し手おかなきゃいけないと思って」
「賢者がって、何か動きが? 」
「里帰りしてきたでしょ」
穴を移動させたと聞いた時点でばれてるとは思ったが、こう居直ってくるとは思わなかった。
「なぜです」
なぜ、の後にはいろいろなことがくっつく。なぜ穴を閉じずに放置してるのか、なぜ俺にこだわるのか、なぜ池谷老に会わせたのか。
「来て。見てもらったほうが早いわ」
街灯一つついていない道をクソ上司は先導した。あたりは真っ暗で、ただ虫の鳴き声だけが聞こえてくる。道も舗装の痕跡はあるもののぼろぼろのがたがたで草むしている。ざっと草刈機で薙いでいるのか、路面のものは切り揃えられていた。
黒黒と灯りのない家屋がちらほら遠くに見える。誰も住んでいない様子で、これは過去に穴を閉じにいった限界集落などに通じるものがあった。違うのは魔力が増大する穴の近くの感覚がないことだ。
クソ上司は道を逸れた。さっきまでの道はまだ軽トラックくらい通れそうだったが、ここは人がすれ違うのが精一杯くらいの幅で舗装の痕跡もない。
そして不意に開けたかと思うと、石碑のようなものが規則正しく並んでいるのが見えた。ただし、石碑の形に決まった形はない。よくこの辺の田舎でみる石柱型のものもあれば、それが半分くらいで十字や円型のシンボルをあしらったもの、神仏の像らしいもの、いろいろだ。
そんなでも俺にはわかった。
ここは墓地だ。
「ここは墓場よ。でも、変なお墓だらけだと思わない? 」
ランタンで照らされた墓の一つにはだいぶ掠れてしまったが名前が掘り込まれていた。この国での名前と、カタカナで音写した聞き慣れない言葉の名前。
「異界人の墓か」
おそらく、池谷老と同じく帰ることを諦めたものたち。
「変な奴はそうね。故郷を偲んで本人の希望通りの形にしてあるそうよ。でも正しくはそれを含めた私たちの先祖の墓地。ここは魔法使いの墓」
「では、あっちに見える廃村らしい集落は」
「うちの先祖が住んでたとこね。今でもあそこの誰もすまなくなった屋敷の名前で家を呼んでる。今ではご覧の通り死人しかいないけど」
俺は、彼女の伝えようとしたことには気づいていた。
「含めて先祖と言ったな。池谷老は異界人であんたの爺さんだ、なんとなく見当はつくが、きちんと教えてくれ」
「魔法の力を維持するために、時々祖父のような人の血を取り込んでいるだけよ。弱すぎても困るからね。でも強すぎてもいいことはない」
「鏡先生か」
クソ上司のいとこの医師、鏡弥子は強すぎたために封じられた。路地裏の賢者が離反した原因の一つだ。
クソ上司は何か思うところはあったらしい。だが、おそらく複雑にすぎたのだろう。ため息ついてそれは諦めたようだ。
「あの孫ばか爺ぃの言ってることだけが全部じゃないわ。あの爺さんの過剰な期待も負担だったって言ったら少しわかるかな」
さっぱりわからないが、話が単純なものではなさそうということはわかった。
正直にそういうとクソ上司は苦笑してそれでいいと言った。珍しく弱みを見せている。そこに俺は警戒を覚えた。
「ところでイノシシ姫、いやボアリスから聞いたことは本当か」
「楯野君の本来の顔『だけ』はめちゃくちゃ好みって話? 」
だけ、というところをクソ上司は強調する。
それはきっと本当なのだろう。イノシシ姫の反応に一致する。
ここで流石の俺も怖い想像に至った。池谷老やイノシシ姫のあの時の反応の意味も理解できる。俺が朴念仁というより。いくらなんでもありえないという考えの方が強かったのだから無理はないだろう。
だが、クソ上司はあっさりカミングアウトした。
「血を残せって言われてるのだけど、一族の誰かか祖父のような帰化異界人以外は基本認めてもらえない。楯野君なら少し追加のしつけが必要だけど一番ましなので一族にはその方向で話をしてた」
なんと言っても顔というのを隠す気はないらしい。
「もしかして、俺が帰ってしまうと一族の誰か気の進まない相手と話を進められるから、とかそんな話なのか」
「相変わらずいい勘ね。そんなとこよ」
そのために見つけた穴を閉じず、俺絶対返さない姫をこちらに招いたのか。
「ひでえ話だな」
「穴は一つでも多く、少しでも早く閉じないといけないのにね」
とりあえずここはいいでしょう、と彼女は先にたった。廃村の屋根の下に車を置いているのでそこで一休みしたら帰ろうという。
「楯野君には迷惑をかけたわね。できればこっちに居着いて旦那になってくれると視覚的には楽しかったんだけど」
「顔か。俺んとこではあれは女どもには不人気なんだがね」
「異界の男どもって抱いた女は自分のものって感覚のやつが多いから、そんなんだったらノーサンキューかなと思ってたのもあるよ」
なんか評価されてんだかどうだか。
「俺はその点合格だと? だが、俺にだって選ばせてほしいね」
「穴が閉じれば二度と会わないのだからって、選ぶ以前だったでしょ」
それはその通りだった。こっちで出会った女性に関心を持たないようにしているのもそれが理由だった。
「悪かったわね。ダメだったらボアリスのお父上と話をしてアンカーである彼女を呼び戻してもらうつもりだったんだけどね」
勇者王のことだ。
「彼は戦死してしまった」
「知ってる。ボアリスと話をしたけど、頑なになってしまってた」
クソ上司め、あちらの情勢も油断なく追いかけていたらしい。
「おかげで頑固なボアリスをなんとか説得するか、楯野君が帰らないことにしてくれない限り穴を閉じることができない。困ってる」
「あんたが仕掛けたことなんだからあんたがなんとかしてほしいね」
「楯野君は帰りたいんだよね」
そりゃあ、もちろん。
「昔のボスも同僚もいるからな」
「受け入れてもらえるけど、歓迎はされないと思うよ。君の同僚は一人しか残っていないことになってるけど、それが本当だとは思ってないよね。死んだことにして暗躍してるのがいる。君が帰ればそれを台無しにしてしまうかもしれない」
そこは、俺も迷っているところだった。昔の陣営に戻らず、ひっそり暮らすべきなのかも知れない。狡猾な四天王の爺ぃが死んだとは思っていないし。クソ上司は何を掴んでいるのかその生存を確信している。
「そんな君に、路地裏の賢者の提案はきっと魅力的に思えるだろうね」
「何を提案されたか知ってるのかい」
「召喚体のままあちらに戻ること。見た目完全に別人だからね。やり直すにはいいと思えるはずよ」
知ってやがった。賢者のことは信用できないが今クソ上司の言ったことは確かに選択肢に入れていいものだと思う。
「その提案には乗らないで。君が二つ目のアンカーになって穴が閉じなくなる。閉じる時には望まない結果になること請け合うわ」
どういうことだ?
クソ上司の説明によると、過去に同じようなことをした召喚者がいたそうだ。ある程度の期間、召喚体で帰省するとアンカーになってしまうらしい。そうなると一人目のアンカーが帰ったり、帰ることを諦めても穴が閉じない。閉じるためには召喚者が帰ることを諦めてこっちに戻るか、死ぬしかないという、いずれにしろ、本来の体にはもう戻れない。
「本当だとしたら、たちの悪い罠だな」
「ええ、穴は君の故郷に悪い影響を与えるから、こういう場合は手っ取り早く特殊部隊を送り込んでアンカーを始末してしまうのが通常対応よ」
だから、穴の向こうにはなるべく行くなと召喚者たちは聞かされるらしい。
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