間話 淫魔の相談ごと②(終)
「さて、これくらいは追い詰めろってご指示だったから脱線はこのへんにして話を進めるぞ」
「ううう」
佐奈子はうつむいてうめいている。
「少しまったほうがいいかイ? 」
「いえ。進めてください。うううう」
大丈夫かね。まあ、俺としてはつきあわされてるだけなので、さっさと終わらせてほしいところだ。
佐奈子が気の毒ではあるのだけど、俺に何ができるものでもない。休憩室でテレビでも見ながら待たせてもらいたいところだが、社長がそれを許してくれそうにない。
「ボスのところに父親の手がおよんだせいでボスにばれたといったよな。ボスがそこで怒るだけですますと思うかイ? 」
「まさか、やばい人たちと戦争に? 」
「いやいやいやいや、まずはお話合いだぜ。相手が逆らう気もおきないような天の上から仲裁の声をかけてもらってな、場をもうけてのお話合いという寸法よ。安心しな、そいつはもうすんでる」
うわ、えげつねぇ。
「ボスってそんなえらい人とコネクションがあったの? 」
ますますびびる佐奈子。
「いや、ボスより二つくらい上の人がちょっとな。借りを作ってしまうことになったのだけど、こいつぁ監督責任だよっとそこんとこは快くな」
「ひぃいいい」
佐奈子が本気の悲鳴をあげた。「快い」の部分は信じられるほうがおかしい。
「まぁ、あんまり気にすんな。こういう交渉事はどっちのほうがエラいの担ぎ出すかでだいたい決まるんだ。しょうがねぇよ」
同じくらいで面子のぶつかりあいになったら、あとは戦争。それはまぁ俺にもよくわかる。魔王同士の係争も覇者である勇者の支持を取り付けたやつのほうが有利に解決できたもんだ。
しかし、そんな大変な話になってるというのは人間に近くなりすぎた佐奈子には恐怖そのものだったようだ。
「で、親父のほうとは手打ちにはなったが条件をつけられた」
まった。すごく簡単にいうがどういう手打ちだ。
「社長、ボスはどこまで相手に話したんです? 普通納得できないと思うのだが」
うわ、うっかり口だしちまったよ。
社長は予想してたらしい。にんやり笑いやがった。
「相手が本当に何にも知らない一般人なら淫魔の存在とか教えたりはしねぇよ。なんとかストーリー組んで押し通すくらいしかできねぇ。そのうち作り話って察してうちなんか面倒になるかもしんねぇのであんまうまくねぇ。だがよ、運がいいことにこの親父、路地裏の賢者とつながりが少しあったんだ。裏の存在も少し知ってれば、その手のやべぇやつとにおわすだけで十分だったぜ」
あれ、まるでその場にいたような…いたんだろうな。
「あたし、やばい女あつかいですか」
何を今さら、という視線が佐奈子に集まったのはいうまでもない。
「条件ってのはな、おめぇみたいなやべぇの野放しにしてるのは百歩譲るにしても、今回みたいなことがあったら自力で解決してほしいってことだ。ぶっちゃけると、息子本人をあきらめさせろというこったな。親父が無理やり抑え込むこともできるが、当人は路地裏の賢者と愉快な仲間たちのことなんか知らねえ。そこまでやばいなんて思わねぇから、自分で調べてよけいなことに気づくかもしんねぇ。ま、自分で蒔いた種は自分で刈れってあたぼうな話だよ」
「えええ、それができたら苦労しないよぉ」
「じゃあ、ボスにもそういうんだな。だが、ボスも鬼じゃねぇ。一人でやらせるのは酷だと思ったので頼りになる男を貸してくれるそうだぜ」
いやな予感。
「頼りになる男って、社長さん? 」
「俺はめっちゃ高ぇぞ。この楯野なら、報酬は交渉次第だな」
まてまてまてまて。立ち上がろうとした肩をぽんと手で押さえられた。めちゃくちゃ力強くて微動だにできない。
「楯野、力になってやってくれ。報酬は自分の懐にそのままいれていいぞ。電気代だか水道代がやばいっていってたろ」
ぐぬぬ。人の弱みにつけこみやがって。
「ま。これもフクリコーセーってやつよ」
とくとくという社長。それ絶対違うと思う。だが、俺にも断る選択はなかった。お財布がやばいってのはまったくその通りだったから。
とりあえず、情報の整理からだ。手っ取り早く報酬の話を、できれば体でとたわけたことをいう佐奈子をいなすのが面倒だった。
「見積もり中だっつうてるだろ」
いくら出せるのか聞き出すのも一苦労だった。もうびた一文ないなどというので、席をけろうかと思ったら社長が当たり前のように口座のある金融機関とおおまかな残額を読み上げた。
「二万くらいまでは余裕で出せっだろ。おいらが引き受けたらその五倍はもらうぜ」
プライバシーとか叫ぶ彼女はほぼほぼ人間だろう。社長はクソ上司からその情報をもらっておいたらしい。なぜクソ上司がそんな情報をもっているのかはわからないが、佐奈子の様子を見ると把握されていることは承知していたらしい。
「んじゃとりあえず二万な」
「うううう」
泣いてる佐奈子はほっといて、俺は社長からドラ息子についての情報を教えてもらった。
自称プレイボーイ。仕事はできるほうらしい。それで少々天狗になっている。そしておそらく父親の警告をあんまり深刻にとれないであろう理由として、彼自身は路地裏の賢者とその裏の者たちのことを知らないという点があった。
「ま、賢者に口止めされているから仕方ねぇ。あれとかかわってるってことはそれで利益を得てるってことだし、連中のおっかなさも知ってるだろうしな」
あいつらのなすこともグレーゾーンといえる。裏の世界におかしな呪物を設置してるのを見たし、その場所の表で何がおきてもおかしくはない。
それで利益を得ることができるということは、怒らせれば被害を受けることもあるということだ。
だが、肝心のドラ息子はそんなことは知らない。
ということは正攻法であきらめさせなければならないのか。つまり彼の佐奈子への執心を冷水ぶっかけて覚まさせる。
でも、どうやって?
彼が佐奈子の何を気に入ったのか、片方の当事者にも今一つわからんらしい。当の本人に聞いてもいいが結果的に面倒になる危険も高い。
こりゃあ、俺にふったのは失敗じゃないのか。そう思ったが、社長も自分には難題だといって「ま、がんばれ」とか言ってきやがった。
これ二万で割りが合うのかわからんなってきたぞ。
「素直に囲われる気はないか。メシはなんとか抜け出せばいいだけだろ」
それが一番簡単な気がしてきたが、それじゃ報酬は出せないと拒否された。
ううん、こりゃ難題だぞ。
おもわず頭を抱えたところで、ちらりとひらめくものがあった。
待てよ。そうか。そのためには、うん。
「社長、佐奈子の勤務についてボスと交渉の余地はあるかい? 」
まずはそこからだ。
反対されたら振り出しだがね。
結果だけいうと、まぁ話は通った。
ドラ息子に引導を渡したあとは新しい外面ができるまでの半年、佐奈子は関西のほうに派遣されることになった。いっぱいいっぱいだった大阪支部ってのがあったけど、あそこかと思ったらそうじゃなく研究機関のようなとこらしい。
いやな予感がすると本人はまた泣いてたがまあ、クソ上司がこさえた借りの返済の一部になるそうなので彼女に拒否権はなかった。
「本当をいうと、だいぶ前から佐奈子ちゃんよこしてくれってうるさかったのよね。ひどいことはされないようだけど、さすがに本人承諾なしで進められる話じゃないじゃない」
クソ上司はクソ上司だった。
「だからまぁ、これで静かになるわ」
繰り返すがクソ上司はクソ…。
それはともかく、まずはすることをせにゃいかん。
ドラ息子は佐奈子を囲う部屋を用意済だったのは幸いだった。
彼女の部屋を使うわけにもいかないからそうなるとホテルのそれなりにいい部屋とかになるだろう、その費用は誰がもつかが問題になる。そして誰も譲らなかった。
不毛な議論のはて、ドラ息子が用意済の部屋の話をしぶしぶ佐奈子が白状したことで決着はついた。そうなると仕込みも変わってくる。
まず、佐奈子に囲い者となることを受ける旨返事をさせた。あきらめたように、思わせぶりなことを言わせてのがここでのポイントだ。つまり、自分でいいのか。心変わりしないのか、と念押しさせたのだ。もちろん心変わりさせる気だ。
そして引っ越しと古い荷物の処分をルームシェア仲間(昼間の佐奈子だ)と相談したことにし、必要な荷物は佐奈子の預かり先に送付し、捨てていいものばかりを新居に送ってもらった。
やつのアパートは俺んとこみたいな壁のうっすいのとは違ってたのがちょっと腹立たしい。
俺の計画はこうだ。
普通の人間と思ってる限り納得させるのが難しければ、ばらせばいい。ただし、その体験を共有する人間はいないほうがいい。言っても信じてもらえない話というのは孤立感を与え、不安にする。
佐奈子には淫魔の属性全開放で死なない程度に搾り取れと指示した。いきなりスライムにまとわりつかれると抵抗されるからそのへんは外面とうまく切り替えて。
「近くで待機しておくから、もしやりすぎたら呼べ」
俺と伍堂が最初に彼女を発見したときのあの状況だ。あのとき、彼女が寄生していたサラリーマンにはスライムの正体を隠していたが、今回は気づかせろという注文を入れた。
「できるか」
「やるわ」
心強い応答だ。
やきもきさせる数時間、俺は社長の好意で貸してくれた会社のバンの運転席ですごした。警邏の警察に怪しまれないよう、駐車場で他の車の影になるよう並べて。
そして明かりが漏れないように確認した時間が三時にちかくなったとき、ドアがそっとノックされた。
フードつきコートの女が立っている。街灯に陰影濃く照らし出された顔ははっとするようなはかない感じの美女だ。
「あたしよ」
そして彼女は示し合わせた通りの合言葉をつぶやいた。
なるほど、となぜか俺は思った。これが佐奈子の男漁り用の姿か。これは囲いたくなる。どこがイケイケだ。
助手席に招き入れると彼女は深くため息をついた。
「すんだわ」
「ドラ息子はどうなった」
「そりゃもうびっくりしてたわ。たっぷり吸い取ったから腰ががくがくしてたけど、なんだかそのまま受け入れられそうで怖かった」
それで、「あなたを死なせたくない」とか謎のイイ女ムーブをかけて逃げてきたらしい。
もしかしたら、ちょっと失敗だったかもしれないな。
俺は車を出した。佐奈子はクソ上司のセーフハウスの一つに送り届けることになっている。そこで外面を昼用にきりかえ、明日西に向かう。
信号待ちをしていると、佐奈子が小さく、しかししみじみと言った。
「ありがとう。楯野さん」
そっと何かがさしだされた。二万円のはいった封筒だった。
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