第36話 過疎地の異世界人①
小さい会社とはいえ、正式に社員になったことでもあるし、無免許運転をするわけにもいかないので俺は免許を取った。免許を取るということは、戸籍と住民登録をきちんと用意するということだ。
社長が戻ってくる前だったので、事務所の仁さんに相談すると、あらびっくり二日でどちらも用意されてしまった。
免許はきちんと取ったほうがいいと言われた。幸というか、これはクソ上司が費用を出してくれたので一ヶ月ほどかけて真面目に取得した。一発合格分しか出さない。あとは給料天引きで返済なんて言われたら必死にもなるというものだ。
元々、公道でない場所で興味本位で練習してあったので若干の悪い癖を治されれば順調だった。
「おめぇへの支払いがこれで処理しやすくなった。ありがとうよ」
途中で戻ってきた社長にはそう言われた。
伍堂への支払いなんか結構面倒だったらしい。
伍堂にも同じことをやらせておけばよかったのに、というと社長は目をそらして「まあ、できればよかったんだがな」と遠くを見ていた。
土師君と社長はあれから一週間ほど遅れて戻ってきた。その時にはもう入口が移動していたそうで、金朱との連絡にかなり苦労したらしい。
「話はつけてきた」
社長が俺に教えてくれたのはそれだけだ。
何がどうついたものかは教えてくれない。取り決めについては当事者にも秘密という気になる決め事で、「まあ、そのうちわかる」とだけ言われて気になってしかたないが、土師君から聞き出そうにも、彼も肝心の所は同席していなかったらしい。
免除を取った結果、社長と一緒に行くのが当たり前だったのが簡単な仕事なら俺一人で行くことが多くなった。
「いや、助かるぜ」
ほんの少しだけ給料が良くなった。その代わり、受け取ると思えない年金とか税金の支払いが発生していた。こっちの生活はとかく面倒だ。だが、週三回、餃子一皿追加できてる程度には増収となった。
一方で肝心の穴塞ぎの仕事の方はびっくりするほど少なくなっていた。この一年で空振り一回だけ。賢者も目立った動きはしてない。
俺の所への穴を塞ぐ話は今の所進められそうにない。新しい場所は社長と土師君が知っているが、それをいえばまた移動させてしまうだろうということと、アンカーがその気になって戻らなければ封じることもできない。
土師君がこっそり打ち明けてくれたが、二人が戻ってきた時にアンカーらしい女に出会ったそうだ。俺も知ってるやつだ。勇者王の娘で武人。通商イノシシ姫。がっちがちに魔法の装備で固めて物理的に突っ込んでくるというおよそ淑女とはいえない戦い方をするものだからそう呼ばれていた。
社長たちがあちらの情勢にどの程度詳しいのかわからないが、土師君はあちらの勇者の称号の意味なんかさっぱり分かってなかったし、社長はもっと理解しているようだが余計なことは一切言わなかかったようだ。
なんとか今の彼女の住所を聞き出そうとしてくれたそうだが。これは残念ながらできなかったという。
父親の戦死を知ったら彼女はどうするのだろう。帰ろうと思うだろうか。後継者争いに参戦するならきっとそうだろう。だが、イノシシ姫にその野心は薄いように思う。
一つ俺が確かに言えることがある。あの女、へそを曲げるととにかく頑固だ。テコでも動かなくなる。
彼女がアンカーなのは間違いなく、アンカーは自発的に戻ったり、帰ることをすっぱり諦めたり、両方への未練をなんとかしないと穴は閉じない。
めんどくせえったらない、なんとか説得のための情報を集めないと始まらない。
接触できたが、行方がわからない時点ですぐに打てる手はなかった。
長期戦になるだろう。覚悟して、この件では対立者であるクソ上司に知られないよう過ごしていくしかなかった。
そのクソ上司より、いつもと少し違う仕事が入ってきたのはそんな矢先のことだった。穴関係の仕事かと思えばそうではなく、車のいる用事だが忙しい社長には頼みにくく、ちょうど免許を取った俺がいるから振った、そうである。
仕事内容は届け物と様子見、相手はクソ上司の母方祖父なのだそうだ。
自分で行けよ、と思ったがクソ上司はクソ上司で忙しいそうで、社長も了解済み、日当も別に出すというので引き受けることにした。今月もピンチなのだ。
クソ上司が貸してくれた軽自動車は、見たことのない赤い車だった。事務所に来るときに乗ってくるのはシルバーのセダンなので、別の誰かのだろうかと思ったがどうやらちゃんと彼女名義らしい。
「事故ったら修理費は当然楯野君もちだからね」
仕事にのってこないだけでお気に入りらしい。
カーナビがついているのは助かる。車内にはどこか知らないところのご当地キャラらしいかわいらしいマスコットがゆれていた。案外、かわいいところもあるんだなと正直に言ったら「うるさいわい」とあんまりなお言葉。
このマスコットはこの車をよく貸しているクソ上司の従姉、鏡医師のお土産らしい。よく夫婦でのってるそうだ。
行先は山の中、途中にはそこそこ有名な観光地があるので道路事情もいいし、食事などで立ち寄れる店もある。
朝から出て、途中、どこかで昼ごはんを食べて小一時間で用件を済ませれば少し遅くなるがその日のうちに帰って来れそうだ。車とキーは池袋の事務所においておけばいい。
少し早めに、途中にある道の駅のフードコートで一番安い蕎麦を食べることにした。奮発してコロッケを乗せてもらったのでとても贅沢な気分だ。
ほくほく顔で出汁の染みたコロッケを堪能しているときに、俺の対面に座った二人組がいる。
「なんでここに」
片方は知ってる顔だ。最初に会った頃からさらに垢抜けた感じになった青年。土師君だ。
そしてもう一人は知らない顔だった。
女だ。若いが子供ではない。着ているものが洗いざらしのシャツにジーンズとシンプルだが、化粧はきちんと行った彼女は、こっちの世界のこの国の純血には見えなかった。ハーフかクォーターだろうか。あるいは俺の出身地近くの人種のようにも見える。
「ねえ、この人全然顔が違うんだけど」
彼女は土師君に文句をいった。なんか失礼な女だな。
「そういうあんたはなんなんだ」
そう聞き返してから盛大に蕎麦を啜ってやった。あっちの人間ならこんな行儀の悪さに耐えられないだろう。
案の定、女は顔を顰めた。
「ボアリスよ。あんたにわかる? 」
その名前は知っていた。そしてなんでこの女の顔を知らないか気がついた。
「イノシシ姫か。別名甲冑女」
顔を知らないわけだ、こいつはいっつもがっちがちに魔力のこもった甲冑を着込んでいた。その防御力を生かして突進体当たりしてくる迷惑な奴だった、
あのアンカーの、勇者の娘だ。まさか彼女の方から接近してくるなんて。
「あんたほんとにあいつなの? 」
「これは本体じゃない。本体にはこっちは厳しい環境でな。召喚者が用意した仮の体だ。そういえば、あんたは大丈夫なのか? 」
「あたしは無垢だからね。魔女も感心してた。何もしなくてもこっちですごせるってね」
無垢というのは極めて希少な存在で、魔法の力を一切持たないかわり、魔法の影響に対しても強い抵抗力がある体質だ。つまりもともともっていないものを封じられても問題はおきないというわけか。
穴の向こうでの魔力ならクソ上司も土師君も相当なものなのだが、もともとこっちの人間には魔力が使えなくなる以上の弊害がないのか、それとも何か対策があるのか、不自由を覚えている気配はない。
さて、問題はこいつが何のために土師君を捕まえてここまで追っかけて来たかだ。
「確かめたいことがあってね」
「わざわざ追っかけてきて聞くことか」
こっちは仕事中なんだが。
「そうよ」
イノシシ姫はきっぱり言った。
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