第34話 帰省⑨
あちら側はからりと晴れて初夏の気持ちよさがあったが、こちらは大雨だった。
半壊した古民家は雨漏りの音がひどいし、壊れた雨どいから雨水がだぶだぶとこぼれ地面を穿っている。
「うわぁ」
俺も賢者も困惑の声をあげた。
「あっちではあんなことを言ったが、どうだろう。停戦はあのうらっかわ通ってどこかにでるまでってことにできねえかな」
それならあのうらっかわからの出口になってる外用トイレまでの距離濡れるだけですむ。
「うむ、言いたいことはよくわかるがの。なしくずしのなれあいはお互いよろしくないと思う」
やっぱりなぁ。
「わかった。強制されたとはいえ、これまでの同道感謝する。敵味方に戻る前に最後に握手をしてくれないか」
賢者は一瞬迷ったが、俺の差し出した手を握った。
「これも神の結んだ縁だろうて」
善悪こえた気まぐれで予想不能な神だけどな。
そしてお互いの手首でがちゃんと何かのはまる音がした。
「……」
俺の手首には最近ご無沙汰の拘束具が、賢者の手首には最近改良された新しい拘束具がはまっている。おたがい、考えていることは同じだったらしい。
拘束具がはまったので、穴から受ける魔力が激減していくのを感じた。これも遮蔽の魔法の一種で、俺はあまり理解できていないが穴の影響を断ち切るためのものらしい。拘束具というが単体では行動の自由は奪わない。自分ではずせないだけだ。
召喚体には覿面で、人間でも穴の向こうの人間またはそれに近い者ならあちらで使えた力が使えなくなる。こちら側の人間にはほとんど効果はない。だが、賢者にかけた新型は魔力の行使に大幅な制限をかけるもので、強い魔法使いほど不自由に感じる逸品だった。自分で使うだけでなく、外からの影響についても同様で、桃山沙織の一件から得た教訓に基づく、と聞いている。
「図りおったな」
賢者は怒ってはいなかった。苦笑している。年の功だけあって冷静だ。年寄りらしく癇癪でもおこしてくれればむしろさばきやすかったんだが。
「お互いさまだったね」
まあ、ここで俺がかっとなっても仕方がない。
「わしはおぬしを拘束して雨に濡れないようつれていってやるつもりだったのだがな。敵味方だから援助はできんが、捕虜ならちゃんとあつかわねばの」
しれっとそんなことをいう。自分でははずせないのは一緒なので、雨にやられるより降伏しろと言ってるわけだ。
「そうだね。あっちから追手が出てくるかもしれないしね」
そうなったら万事休すだろうが、俺の場合は連行されても社長たちもいるしなんとかなるだろうという気楽さは少しある。
応じる気がないのは賢者も予想してたのか、特に反応はなかった。
「先に味方のきたほうの勝ちかのう。これでは身動きがとれぬ。こんなでは門も開けぬ」
湿気がひどいし、気温もさがってきた。
この古民家のあるのが廃村でないとしても限界集落かそれに準ずる場所なら、こんな雨の中近くを通るものなどいないだろう。少なくとも、携帯の電波はとどいていんない。これでは連絡も取れない。
誰かを待つか、せめて雨がやんでから歩くしかないだろう。電波が届くところまでいけば応援を呼べる。あとは競争だろう。
それから半日たっても雨はやまなかった。俺と賢者は廃屋の中を探してカビくさいせんべい布団やつぎはぎだらけのこたつ布団などをひっぱりだして寒さをしのいだ。建物が古いだけにいつ崩落するかわからないのもこまる。
穴の向こうにもう一度戻ることも考えたが、あっちはあっちで野生の危険な生き物が徘徊してることもあるし、お互い魔力を封じた状態でこれに対処するのは難しそうだ。
俺と賢者は乾いた廃材をあつめて土間に小さなたき火を作り、これを共有した。空腹だったが、寒さをしのぐことも肝心だった。雨はまだやまない。そしてあたりは暗くなってきた。
侵入者がやってきたのは、日もくれてまだ雨がやまず、途方にくれているところだった。
どうも侵入者は雨がやむか日のくれるのを待っていたらしい。何かで何度か偵察をされたと思うのだが、二人とも魔力を封じられた状態なので気づくことができなかった。
沼オオガエルの皮を黒くそめてしたてたぴっちりの皮鎧姿が三人。手に刀身を黒く塗った短めの曲刀をもっている。どこかのエリート部隊の夜襲装備のようだ。俺の知ってる範囲では隣の大陸の帝国のものに似ている。どこの誰としても、彼らがこのタイミングで介入してきた事情は不明だが、穴の存在とだいたいの位置は把握して探り続けていたのだろうと察するのに時間はかからなかった。
三人とも俺たちにむかってためらうことなく構えてすり足ぎみにせまってくる。逃がしてくれそうにないが、二人とも魔力が使えない以上武装した彼らに対抗するすべはない。
こうなったら抵抗は無意味だ。足元がよくないので残された時間はあと数秒。
降参の合図に世界も国もあまり違いはない。俺は両手をあげようとした。
拘束具がはじけとんだのはこの時だった。賢者のほうでも同様の音がする。正直、なにがおきたかわからないができることは明確だった。
せまってくる彼らと俺たちの間に障壁を作る。ここで使える魔力では壁一面分が精いっぱいで時間稼ぎにしかならないが、今の俺には同じ危機を共有する者がいる。彼がこいつらとつながっていれば万事休すだが、その時はあきらめるほかないだろう。
賢者は障壁にぶつかってとまどう襲撃者一人づつに利き手の指をつきつけ、空いた手で素早く縦横に手刀で切るしぐさをした。彼らは二人までびくんと震えてその場に頽れた。意識の混濁した目をしている。最後の一人はふらつきながらなんとか踏ん張ったが、賢者が切った手刀をぐっとにぎって手前にひくとがくんと前のめりに倒れた。
あまり見ない魔法だが、結構な威力だ。この三人、魔法に対する備えも訓練も十分に受けていたはずだし、そう見えたのに。
そして、魔力が戻ったおかげで背後にもう一人誰かが隠れているのもわかった。
俺も賢者もごく自然にそいつのほうを向いた。
ほう、霧をまとってるな。その霧に背景にとけこむような映像を投射している。
手に障壁をうちわのように出してあおぐと、霧が散らされて相手の姿が現れた。
ほっそりしているが優雅な凹凸のある体つき、しかし、身を包んでいるのはどこかの高校の校章が胸にはいった緑色のジャージ。若い女だ。顔は俺も知っている顔。
「金朱か」
クソ上司の従妹だけあって、よく似た美人だが派手さはない。だが顎の線はクソ上司よりほっそりしているし、目はぱっちり大きくよく見ると三白眼になっている。
「はあ」
彼女は大きくため息をついた。
「これをやったのはお前かい? 」
手首からぶらさがる壊れた拘束具。それを見せる路地裏の賢者の声には温かさがあった。
「ええ、ついでに楯野さんのもね」
どういうつもりだ。
「なぜ、両方の拘束具を破壊した」
できるだけ感情を抑えたつもりだったが、やっぱりとげのある言い方になってしまった。
俺のだけ壊せば路地裏の賢者をクソ上司に引き渡せたのだ。彼女が俺にどんな含みをもっているにしても、そうなればこっちにとどめる理由はなくなるだろう。
「それはわしも聞きたいな。なぜこやつの拘束具も壊したのか」
金朱は「はあ」と大きくため息をついた。
「こうなるからやりたくなかったんだ」
そもそも、なんで彼女はこんなところにいるのか。
だが、危ないところを助けてくれたのは彼女だ。
「すまない。まずは助けてくれたことに礼を言うべきであった」
「同感じゃな」
礼をいうとますます彼女は渋い顔になった。
「わかってる。説明でしょう」
彼女はまず賢者を指さした。
「わたし、水鏡の大叔父様につくことにしたわけじゃないから。助けた理由は二つ。弥子姉さんが悲しむのと、あなたを捕まえても誰か別の知らない魔法使いが来るだけってわかってるから」
そして今度は俺を指さした。
「楯野さんを助けたのは、あなたがつかまってしまったらすず姉がぶちきれてクソ面倒になるからです」
そしてもう一つため息をついた。
「楯野さんは見かけによらず鋭いからもう察してると思うけど」
一言おおいなこいつ。
顔をしかめても金朱はけろっとして言葉をつづけた。図太い。
「前々からそこの大叔父に勧誘されてたの。たぶん、両方の言い分をわたしよりきちんと聞いている人ってほとんどいないんじゃないかな」
なるほど、なんとなく察した。
「その上で、まだまだ迷ってると」
まあ、意見の対立はどっちにも筋はちゃんと通ってるものだ。そのうえで利害関係、立場で別れる。議論の余地がなければ対立にすらならないのだ。
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