第33話 帰省⑧
クソ上司とその仲間たちが使う魔術には不可解なものが多い。
一番のものはやはり召喚術だろう。穴を通じて異界の住人を呼びつけ、本体は魔力ごと封印して精神だけを仮初の体にうつす。書いてしまえば簡単だが、どうやって、という問いを発し始めると本当にきりがない。この召喚体だってあちらの一般人と区別のつかない体だが、例えば脳死した誰かの体を奪ったとかそういうわけではなく都度生成しているという。ホムンクルス兵を使う魔王がこっちの世界に一人いるが、彼の兵士は外皮で形と人間の機能を真似しているスライム淫魔の佐奈子に近い存在で、少々検査したくらいでは違いのわからない召喚体とは全然違う。
一つ共通しているのは、魔力の影響を受けやすいという点。召喚体は穴に干渉できるが、これは穴に干渉を受けうるということでもある。力が強いほどその干渉力は高まる。穴の向こうにいってはいけない。それが鉄則だ。破ると異界にあわせて変形し、そのままでは戻ってこれなくなる。召喚体を再作成することで回収は可能なのだそうだが、回収された奴の記録では数日は意識が混濁してかなりしんどいとわかる。
桃の里の時には穴の向こうまではいっていない。桃の里は穴の中にあった。それでも俺なら大丈夫とクソ上司が判断しているのは遮蔽の魔法で自衛できるから。
それが俺がクソ上司に便利に使われている理由でもある。
では、異界帰りの魔法使いはどうか。異界の影響力に長くいた彼らは体こそ生身だが、それ以外は俺たちとそう変わりはしない。魔力が強いと何等かの影響がでるらしいが、その場合は戻った時に世界的にほどこされた魔封じによる影響を受けるという。
土師道雄は異界に迷い込み、何年も魔法使いとしておそらく修羅場をくぐってきた青年だ。俺とよく似た遮蔽の魔法を得意としてるように思うが、魔法使いはここぞの時のために奥の手とや本当の得意技など隠せるだけ隠しておきたがる者が多いから、本当のところはわからない。遮蔽の魔法もそのために会得し磨きをかけたのかもしれない。知らなければそんなことを思うことはないだろう。一見、平和な国の、どこにでもいそうな若者だ。
その土師君の声が夢の中でいきなりである。
変な声が出たのはどうか広い心で受け入れてほしい。
「どうゆうこと? 」
「ああ、これは社長の魔法です」
「社長来てるの? 」
再び変な声が出た。リスクは社長もよく知ってるはずだ。
「楯野さんの真似して遮断で保護をかけています。二人三脚ですね。今、楯野さんのもともとの上司のかたのところにいるんですが、楯野さんが逃げちゃったと聞いて。今、どんな状況ですか」
いや、それこそどういう状況だ。
間接的にもらった社長のコメントは「頭が痛い」だった。
一時帰省からなかなか戻ってこない俺にクソ上司がそろそろ感づき始めていて、社長の言葉でいえば「かなりやべぇ」状態なのだという。
当たり散らしたりとか、そんなのではなくこう殺気立っていて、魔法生物で人間の感情に敏感な淫魔である佐奈子などおびえて休みっぱなしになっていたり、なぜか銀朱がはりきってどこかにでかけては彼女のところにせっせと報告に戻ったり。
様子がおかしいと思ったクソ上司の従姉の鏡医師が金朱経由で社長に相談し、事情を知る社長が危険な兆候と判断した、そうだ。
どう危険かは社長もはっきりいえないらしい。ただ、そんな様子の彼女を見たことがなく、常ならぬ様子。鏡医師も見たことがなく、ただ、幼いころにお気に入りの人形をとられそうになったときに似たような圧を出したことがあるそうだ。そのあとなにがあったかは当事者もなぜか覚えていないという。
「で、危険をおかして社長が連れ戻しにきたわけです。遮蔽のできる僕としてはおつきあいせざるを得ませんでした」
ものすごく雑にまとめると、いつもは自信満々冷静きわまりないクソ上司がキレかけているのでその前にお気に入りの俺を差し出そうと。
「なんで俺」
「なんでか楯野さんなんですよね。こんな怪しい人になんででしょうね」
すげえ失礼なこと言われてるな。
「どういう意味? 」
「楯野さん、何かあの人に恨まれるようなことしましたか」
「覚えはないぞ」
銀朱に変に敵視されてたけど、クソ上司にはひたすら振り回されてただけだ。
土師君の反応は冷めた「そうですか」の一言。信じてくれてない。
発端はなぜかそんな感じらしいが、社長と土師君は来る早々面倒なことになってしまったという。
社長の力が強すぎて。また魔女かそれに匹敵する何かかと警戒心を呼び起こしてしまったらしい。現在、うちの魔王のところで他の魔王派遣の大使たちあいのもと、事情説明を行っているそうで、いろんな思惑ものってきて長引きそうだという。
その肝心の俺が逃げ出してしまったので、さらなる紛糾が確実となってみなあたまをかかえているそうだ。
とりあえず、俺ができたのは自分の属していた魔王の名前を伝えることだけ。社長の判断で有効なら打ち明けてくれてもいいと。他の魔王には伝わらないほうがぜったいにいい情報だ。
そして俺の状況。これにはさすがに土師君も絶句した。
「路地裏の賢者とべったり一緒に? 」
「あの神社の神」の意向だから誰もさからえないと伝えると、ああ、仕方ないなという反応が返ってきた。
翌朝、ひと夜の宿を整えてくれた犬人族の猟師は賢者にだけ頭をさげて去っていった。最後まで俺は無視されていた体になる。賢者がどうやって彼の信頼を得たのか、少し気になるところもある。彼らが人間になつくなど、聞いたことはない。
「ま、そのへんはちっとコツがあってな。おぬしがわしの配下になってくれるというなら教えないでもないが、そうなってもすぐというわけにはいかんのう」
お互い、信用はしてないという点では信頼があった。
そもそもこの道行からしてパワハラによる呉越同舟なのだ。
「さあ、今日中に穴を出るぞ」
再び足を無理やり動かされる強行軍が始まった。
追手の姿は見えない。夜の間にかなり追いつかれても、いや追い越されていても不思議ではない。自前の足で裏街道を走るしかない俺たちに対して追手は乗り物を利用し整備された表街道を走れる。
もしかすると、この先のどこかに先回りした追手が網をはっているかもしれないのだ。
賢者もその用心はしていたらしい。
だが、拍子抜けするほど追手の影も形も見えず、へとへとになりながらも俺たちは穴のこちら側についた。
穴の出入り口は洞窟や門、建物の戸口など枠のある場所にあるものだが、これはわかりにくかった。山の中の踏み分け道のわきにゆらゆらゆれている馬蹄形、枠がないので意識してみないとわかりにくいし、こんなところに人は来ないと思うので迷い込む心配も少ない。
ただし、目印に誰かが杭をうってある。おそらく賢者の部下の仕業だろう。あるいはその昔にクソ上司がうちこんだのか。
「おぬし、どう思う? 」
あまりになにもなかったので、賢者は不審そうに意見を求められた。
「俺たちは見逃してくれるんじゃないかな」
違うものは見逃さない。たぶんこの穴の場所だ。
「つけられないようにはしたのだがね」
俺としては苦笑するしかない。土師君が夢で接触できたのは社長が俺にマークをつけていたからだ。同じことをあの油断ならない教授の弟子が思いつかないわけがない。社長のマークに気づけばもっと簡単だ。
「ま、仕方ない。面倒がおきても
そういえば魔法使い一族の関係性はちゃんと聞けてないな。賢者のものいいからするとクソ上司は本家筋で、賢者は分家のように聞こえる。まあ、聞いても教えてくれないだろうな。若い金朱あたりなら口をすべらせそうだけど会う機会がない。
「出たら、そこでお別れじゃ。わしは来た道を戻るがおぬしはなんとか自力で帰ってくれよ」
渋い顔をしてたんだろう。賢者はふっと笑った。
「ここまでは運命共同体であったが、戻ればまた敵だ。そっちの都合にあわせることはできんのでな」
はあ、まあそれなら仕方ないね。
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