第30話 帰省⑤

 異界人排斥カルトが生まれた原因はうちのクソ上司の悪行三昧のせいらしいとわかった。その前に一人、通り魔みたいなやつが来ていたらしい。裂帛の吐息で人を殺すというが、たぶんそれは銃なのだろう。

 こっちでは魔法で加速するレールガンはあるが、火薬の爆発による火器はない。作れば作れるのだろうけど手軽さが違うし、大量の弾丸を用意する工業力もない。

 その工業力をもちこめないかと思ったことはあるが、まずは農業の改革が必要で、それをやれば社会制度に大きな影響が出るから大混乱と猛反発があるだろう、無理じゃという結論になった。俺が異界人なら、そのへんは遠慮せず、こっちを異界化するために目先の利益で釣って既存社会を破壊にかかれたかもしれない。その過程でどれだけ犠牲がでようと、よかれと信じていれば平気だったかもしれない。

 だから、異界人排斥カルトが生まれたのかもしれない。乱暴に社会規範を破壊しようとする危険分子だからね。

 それはわかる。わかるんだがやっぱり言いたいぞ。

 クソ上司、何やってくれてるんだ。

 少なくとも歓迎されてないし、いきなり排除されないだけましって状況らしい。

 どうしよう。うちあけてしまおうか。いや、やめておこう。信じてくれずに面倒なことになりそうだ。

「どうやって来たのかわからないけど、帰りたいです」

 とりあえず無害な一般人を装っておく。うちの幹部ならぶっ殺して埋めてしまえばいいじゃんなんていったりはしないと思う。

 そうするしかないとしても、少なくとも、取れる情報はとってからだ。

 情報がほしいのは俺も同じだ。

 だいたいのことは警備隊の連中から聞けたが、あれは噂など伝聞が主だったから、間違っているかもしれない。

 どこかで逃げ出して戻ることにしよう。それからどうするかはそこで考える。

 そのためにも俺の魔法のことは隠しておくべきだろう。迷い込んでとまどってるだけの一般人。そう信じ込ませないといけない。コリンオスは俺と同じタイプで、いまの実力のほどがわからない。一方の俺はというと、かなりの魔力が回復しているが、十全とはいえそうにない。やはり召喚体には限界がある。

 単純に能力比べをしたら負けるかもしれないなら、不意を突いて逃げるしかあるまい。その機会を逃さないよう、情報をとれるだけ取る。今するべきはそれだ。

「それについては協力しよう。まずはどうやってきたのか話を聞かせてほしい」

 まずは予想通りの反応。

「が、その前にささやかだが歓迎させてくれ。危険なので外には出せないができるだけのもてなしはさせてもらう」

 言葉通り、通された部屋を見て驚いた。

 貴賓室だったのだ。要人を安全に宿泊させるための豪華な部屋。ただ豪華なはずはない。非常時に脱出するための抜け道があるだけなく、見張るためののぞき穴なんかも備えた安全面重視でプライバシーのない部屋だ。

 ま、最悪地下牢もありえたことを考えれば上々と考えよう。

 小姓なのか召使の見習いなのかやや年長で体格のいいのを筆頭とした少年五人が部屋着とたらいと手ぬぐいをもってやってきた。身をぬぐって着替えろという。こういうもてなしは四天王時代に経験がある。これで持ち物がなくなることは絶対にないが、調べられないわけではない。だが、慣れた様子で対応すると間違いなく怪しまれるだろう。居心地が悪そうに、戸惑ったふりをしなければいけない。

 のぞき穴からこの様子を見ている気配がする。正確には微細ながら魔力だ。人がはりついているのではなく、使い魔か何かを使ってるようだ。使い魔ということは飽きずにずっと見張ることもできるし、できのいいものだとちょっとした判断もできる。これはまったく気が抜けないな。

 着替えた服は洗濯してくれるという。ポケットの中のものはその場であらためて一つ残らず部屋の金庫にしまいこまれた。スマートフォンはロックしてあるから中を見られる心配はないはずだが、少し不安だ。

 これから会食とのことで、その間、金庫のものはあらためられるのだろう。建前は大事に預かるなので、こわしたり盗んだりは絶対起こさないようにはしてくれるが。

 まあ、仕方がない。気のすむまで調べてくれ。

 会食は誰とかと思ったら領主だった。

 陪食はコリンオスだけだが、会食の長テーブルには夫人と子供三人くらいの席もあって、いつもは家族で食べているのだろうと察することができる。

 異界からの来客を彼らに会わせたくない、そういうことだろう。

 領主も顔見知りだった。もちろん召喚体で顔の違う俺の一方的なものだが、正体を明かすのはやはりまだ控えておいたほうがいい。

 死んだことになっている四天王、教授には弟子が何人かいる。弟子という名前の便利な手足だったのだが、ただ言われるままにしかできないような者がつとまる仕事ではなかった。教授の弟子たちはみんな優秀だ。

 こいつはその中の生え抜きではないが中堅どころだった男で、魔法の力をもっていない無垢とよばれるタイプで女装しても美女で通りそうな白皙の美青年だった。

 今はそれを気にしてか髭をたくわえている。領主をやる以上、威厳が欲しかったのだろうか。

 無垢の者はすくない。大半はきわめて半端な、日常生活にちょっと便利程度の力しかもっていない。無垢にはそれさえないが、魔法に対する抵抗は抜群で精神に干渉するものはまったく受けつけないし、俺の出す盾も無垢の者が空手でもこころえていれば打ち割られる可能性がある。無能とそしるものもいるが俺はとんだ脅威だと思っている。

 ただし、教授の弟子がそんな希少性だけでつとまるわけはない。彼は驚くほど有能な官僚の一人として主に兵站で成果をあげていた。少なくとも彼の采配で何かたりなかったなどということはなかった。

 にこやかに挨拶し、遭難したことになっている俺を歓待する彼は俺の知ってたころとは違って社交のスキルを身に着けたようだ。この外見でそれはかなりずるいんじゃないだろうか。

うまく探られてるなというのが実感だった。

あっちの世界の社会、軍事、技術について自然に聞き出し、穴を通過してきたときに見てきたものを思い出せるよう誘導する。これはかなり高度な尋問ではないだろうか。聞き出す技術というのはかなり難しい。

 聞き出すのには話題の呼び水が必要だ。つまりこちらも何かの情報を得るかわり、あちらにも聞きたいことを教えるということになる。与える情報と得る情報の価値は必ずしも等価とはいえない。

 俺が与えた情報は、あちらの世界に存在する魔法を含む技術の話。自動車や飛行機といった乗り物の話で、エンジンの話が中心になったと思う。それらを支える基礎的なことについていくつか質問された。あいまいな返答しかできない突っ込んだ質問で、彼が俺にも想像のつかない深堀した洞察に至っていたのは想像に難くない。

 そして俺が得た情報は派手な魔女の所業とその影響だった。

 クソ上司のやつ、いろいろ武勇談を残しているが教授とその弟子たちが許しがたいと思っているのは勇者軍と取引を行ったことだった。

「どんな取引ですか」

 いやこの質問は大失敗だった。

 つまりクソ上司のやってくれた取引は俺の身柄に関することであり、彼女の非道を強調するために必要以上に美化された俺の本体についての解説を延々聞かされるという拷問を受け、しかもやめてくれとかいうわけにはいかず、変な反応を見せるわけにもいかず、ぷるぷるしながら相槌を打たねばならなかったわけで。

「肝心の勇者が死んでしまったから詳細は不明だが、生前彼が側近に漏らしていた言葉を拾い集め、組み立てるとうちの四天王の一人を魔女が誘拐し、この身柄を返さないことで何か取引をもちかけたらしい。同じ時期に勇者の娘が一人姿を消している。魔女が弟子に欲したのではないかと噂があったそうだが真偽はわからぬ」

 まあ、取引の詳細はともかく、俺を魔女が誘拐したというのは間違ってないしそれで敵である勇者との取引につかった以上、かえってこないだろうというのはわかる。彼らが怒っているのはその点だ。

 その結果、覇者の称号である勇者を得ているのにも関わらず、うちのボスを将来の憂いを取るために攻撃し、犠牲を多く出すことになった。確かにクソ上司め許せはしないと思う。

 ただ、なぜか不思議なことに当の本人であるこの俺は、彼らほど怒りを感じてはいなかった。同輩を失ったのはもちろん悲しい。だが、それはクソ上司がそそのかしたことだろうか。あの猜疑心の強い勇者が勝手にはじめたこと、そう思うほうが自然だ。

 なんとなれば、あのころの力のバランスは俺一人のぞいたからといって勇者軍が圧倒的になったとは思えないものだったから。実際、彼らは勇み足でほろんでいる。

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