第29話 帰省④
それから俺は領都に移動することになった。折り紙の返事は夜のうちについたらしく、泊めてもらった村長の客間にまだ幼ささえのこる村長夫人が起こしにやってきて伝えてくれた。親子ほど年齢差のあるこの夫婦のこの奥さんは後妻で、旧住民のまとめ役、昔の村長の一族の娘さんなのだそうだ。
「あの、お客様は異界からおいでになったって本当ですか? 」
なぜか助けを求めるような目で彼女に質問された。
「そうかもしれないね」
吹聴していいことはないし、必ずしも本当でもないのでごまかしておいた。
「そうですか」
彼女は何かいいたそうにしていたが、夫を待たせているのを思い出して返事がきたので降りてきてくれと用事だけのべた。
「よろしければお食事もどうぞ」
たぶん、すぐ動くことになるだろう。かかわりたくない家庭か村の政治の問題に背を向けて俺は尊大な村長の待つ食卓に招かれた。
食卓にはさらに面倒そうな家庭の問題が座っている。
尊大で気難しい雰囲気の村長、奥さんとあまり変わらない年齢の先妻との娘さん。そして一番下座に座る若奥さん。座るというが給仕に立ってることが多くほぼ召使だ。娘さんの彼女への態度はとげとげしいものがあって、できれば追い出したいと思ってるのはちょっと見た俺でもわかる。
たぶん彼女は自分の気に入った男を婿に据えて村長としたいのだろう。村長は跡を継がせる息子が欲しくて後妻をとったのだろう。そんなぎすぎすしたところに巻き込まないでほしい。
「食べながらお話ししましょう」
村長の俺に対する態度は一応丁寧なものだった。折り紙の返事次第ではこれががらっと変わるのは想像に難くない。つまりそう悪いことにならないだろうと予想がついた。
そこでなるべく早くの領都移動を申し渡された。
案内と護衛に非番の警備隊の若者を二人つけるという。彼らには俺の無事到着により領主から一封でるらしいので、ケチな村長は命令以外一切出す気がないらしい。この人、人望なさそうだ。
食事がすんだらしたくをし、朝一番に命令を発した二人が準備を整えてくると同時に出発ということになった。今から行けば閉門前にだいぶ余裕もってつくことができるはずだという。
さっさと出発するのは俺としても歓迎したい。領都に俺の知ってるやつがいれば話がしやすいが、さてどうだろうか。
路地裏の賢者と話した通り、俺としては一時帰省のつもりだった。このまま居続けるという選択をしなかった場合に協力してもらえる相手がいい。
でないと「逃げ出す」というリスクの大きな選択しかなくなる。
逃げ出すだけなら領都につく前のほうが簡単だと思うが、村の連中が処罰されるというあまり後味の悪いことのおきる可能性は避けたかった。
護衛についてくれたのは、最初に出会った警備隊のうちの年長の二人だった。今日は非番なのにこんな仕事を押し付けられてさぞ不平だろうと思ったが、どうやらこれはこれでお楽しみがあるらしくむしろご機嫌で俺と同行してくれた。
まあ、たぶんこっそりいっぱいひっかけて帰るつもりなんだろう。領主からの一封があるしな。
買い物メモをたくさん押し付けられているのがご愛敬というところ。
歩いていくのも大変なので、荷馬車だが馬車を出してもらった。護衛の一人が手綱を取り、俺ともう一人が荷台の固いベンチでくつろぐ形だ。
領都についての世間話なんぞしながら数時間、道が思ったよりよく整備されているので馬車は快速で揺れも心地よい範囲におさまっている。ただ、まあこっちの車両はサスペンションがちゃちいので大きく揺れるときはがつんとくるので舌を噛みそうになるが。
何でも屋なぞやってるとこっちいたころには気もしなかった技術のことが気になるようになる。いま、尻をけりあげてくれるサスペンションなんぞあっちにはない。実にこうなめらかな上下でよほどの段差でもないかぎり不愉快さはない。だが、こっちの最高級のものは魔法で浮かせているのでそもそもゆれがないのだ。近いものはあちらにもあるが、どんな悪路でもゆれないというのはさすがに実現できていない。
魔力のタイプ、強さが職業分能として機能しているこっちでは身分制が維持されているが、あちらでは非効率なものとしてとっくに廃止されている。
クソ上司とその同僚たちは俺や社長の世界を文明の遅れたものと見ている気配があるが、単純に比較はできないと思う。
正直なとこ、あっちのほうが気楽に暮らせるとは思ってるんだけどね。
馬車の乗り心地に悪態をつきながら、他愛のない話に花を咲かせているうちに領都についた。
つけた場所は指定されていたらしく、人の多い正門ではなくいわゆる搦め手、裏門だった。普段は閉じているものらしく、あまりあたりに人の行き来の痕跡はない。
こういうこっそりした扱いをされるということは、あちらも俺についてどう対処したものか戸惑ってるな。
出迎えてくれたのは俺の知っている士官だった。使える魔法は俺と同じで防壁。あのころは見習いで俺の補助をする形で修行をしていた。真面目な性格で堅苦しい奴だったと記憶している。今はかなりえらくなったらしく、階級はわからないが高級な質感の官服にじゃらりと地位をしめす肩章をさげていた。といっても領主ではないようだ。領主ならこういうお仕着せは着ない。一緒に出迎えた士官と従兵も敬意ははらっれいるもののそんなにかしこまってはいない。
「私はコリンオスという。領主執事として領内諸事の采配を預かっている。異界よりの客人を歓迎する。また、このような質素な出迎えとなったことをお詫びする」
俺は奴を知ってるが、奴に俺がわかるわけではない。
名乗ってもいいのだけど、彼らが慎重なように俺も慎重にあたったほうがいいだろうと思う。
ごにょごにょと保護への感謝と帰還への協力のお願いを述べると、コリンオスは何を思うのか俺をしばらくじっと見て不思議そうな様子を見せる。
「どうもあなたには懐かしい何かを感じるのですが、初対面とは思えない」
嘘はいってないぞ。少なくとも、この体では初対面だから。
それから彼は警戒している理由を教えてくれた。
ここ数年、信者を増やしているカルトがあって、彼らが異界のもの、異界から持ち込まれたものに対し拒絶反応を示すので万が一を警戒しているという。
「そんなに異界からいろいろ? 」
「あいにく、あなたの同郷の方は今はおりませんよ。何年も前になんか派手な魔女があちこちで悪評をまいたのが最後です。その前は百年少し前に、裂帛の息で人を殺す魔人が襲来、討伐されたくらいですね」
「なんか派手な魔女? 」
いやな予感しかしない。
「異界から迷い込んできたと自称し、強力な魔術と魔物を使いこなす魔女。悪評のいくつかは彼女にこっぴどい目にあった素行の悪い領主がばらまいたものですが、酒癖の悪さは本当だったようであちこちで被害が報告されています。当時の勇者が自ら乗り出し、話を付けた結果、異界に戻ってくれたようですが」
クソ上司の酒癖は聞いたことがない。いとこのだれか、鏡弥子あたりなら何か知ってそうだが、なんとなく反応が予想できた。
「聞かないであげて」
クソ上司にあこがれのある銀朱だとどうだ。
「い、いや知らない」
目を思い切りそらしそうだ。
金朱なら、けらけら笑いながら「聞きたい? 教えてあげる」といろいろぶっちらかしそうに思える。
いかん。クソ上司が俺の中で酒乱で確定しつつある。彼女は俺に酒で乱れたところを見せたことはないが、仕事あがりに飲みにでかけているのは知っている。
コリンオスは魔女にあったことはないそうで、クソ上司の特徴を話しても確信は得られそうにはない。
だが、俺の直感が告げている。間違いない。
なに人の故郷でやらかしてくれんだあの人。
そして路地裏の賢者はやはり嘘はいってなかったとやっと得心した。
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