第28話 帰省③
治安がいいのはよいことだ。
流れ者が多く、危険なところなら警邏が見慣れないという理由だけで街道を歩く者を拘束したりはしない。数が多くて面倒だし、特に悪さをしているわけではない一人にかまける余裕などないからだ。
そういうのは、現役時代に戦地でさんざん見た。
今でも魔王軍と勇者軍の小競り合いがあるならそんなもんだろうと思っていたのは甘い見通しだった。
平和すぎて暇すぎる警備隊に俺はつかまった。武器も鎧もばらばらの彼らは、お仕着せらしい共通のサーコートに染め抜いた紋章に見覚えがなければ仲のいい山賊か何かと間違えそうなほど規律も緩んだ集団だった。人数も四人ほどだったし、警邏というより晩飯の材料を集めに出たのか射止めた鳥をかつぎ、しょいこにきちんと束ねた山菜や野の果物、木の実なんかをあつめてある。
彼らに身の上を説明するのに作り話はしなかった。穴があるのだから、迷い人は数十年に一人くらいはきているだろうし、こっちの情勢に昏いのも何ら不自然はない。
なので、召喚されたくだりだけ省いて東京で何でも屋をやってるただのタテノという男だということで通したのだ。嘘は一切いらないので楽だ。
警備隊の連中は困惑したが、とりあえず彼らの上司に俺を引き渡すまでは丁重に扱うと決めたらしい。
彼らの駐屯する小さな農村まで護送され、報告書を折り紙にしたものに伝書の魔法を吹き込んで飛ばすのをなんか懐かしく眺める。この魔法は手紙の魔法と呼ばれ魔力を帯びた折り紙はその形に従って自力で宛名まで移動する。平和な時の一般的な通信手段で、ある程度大きな集落には代書と送付を請け負う郵便屋がいるものだ。
警備隊の一人が学校出らしく、その真似事ができるようだ。
歩きながら話をし、食事をともにするうちに彼らのこと、この地域のこと、そして幾分漠然とだが国レベルの話も見えてきた。
隊の連中は地元の若者で、警邏をかねた狩猟採取行は交代でやってるらしい。お仕着せはこの間着るものだし、その間は任務ということで禁猟区に立ち入ることができる。というかその特権と引き換えにこの仕事をやっているし、送付する報告書にはとったものの数も書くことになっているそうだ。正直に書くとは思えないが、露骨なこともやりにくいから乱獲抑止にはなりそうだ。
彼らは農家の若者で、この地域には親の代に移り住んできたららしい。彼らの親は軍務についた功績で元敵地であり人口も減ったここに土地家屋をもらったのだそうだ。その流れで警備の仕事の特権を得ている。
そういう成り行きがあった通り、この地域は一世代くらい前に勢力の塗り替えが起こっている。そういう地域では新旧の住民の衝突、暗闘が起こりがちで、数年前まではこのへんでも警備隊が横矢をくらってけが人が出たなんて事件もあったらしい。だが、おととしくらいにそんな犯人を支援していた勢力が敗北、消滅してからはすっかりなくなって今の長閑さになったのだという。
そのへんの話になってくるとさすがに俺にもここがどのへんかはわかってきた。
まず、ほっとしたことがある。
彼らの上はうちの大将だ。覇王の称号である勇者を号する仇敵をとうとう滅ぼすことに成功したのは喜ばしいが、俺抜きで達成されたのがなんとも口惜しい。
勇者を号する者を討ち取ったからうちの大将が勇者を号したかといえばそうではないらしい。勇者討伐は魔王数人の同盟によって達成されたもので、今は魔王同士でにらみ合ってるのだそうだ。
「このまんま、平和な関係を続けてくれるとうれしいとこだね」
彼らはのんびりという。
そんなものかね、と俺の少し戻ってきたカンが警告を発する。今は小康状態でも、いずれ魔王たちは覇者の称号を求めて争いを始めるだろう。俺の知る限りの歴史はその繰り返しだ。従えられ、利益を損なわれて不平不満を長年蓄積した旧住民がおとなしいのはこののんきな若者たちが思いたがってるように「思い知った」わけであるはずがない。敗れた前勇者の手先は嫌がらせ程度にしか彼らを使っていなかったようだが、暴発もなしに機会をうかがってるとしか思えないこの状況はとても不穏だ。
昔の同僚の去就も聞けた。
四天王の一人が不意に行方不明になったそうだ。それをきっかけに、旧勇者がうちの大将の討伐に動いたのが彼自身を滅ぼした戦争の始まりだった。
この行方不明の四天王って俺だよな。
そのあと、四人目が任命されることはなかったそうだ。重要な幹部が四人だったから四天王とよばれていただけなのでこれは問題ない。俺の抜けた穴は抜擢した幹部数人で補ったものの、やはり不十分で各個撃破を恐れたほかの魔王たちが動き始め、形成が逆転するまでに大勢が犠牲になった。
四天王のうち生き残ったのは初期に重傷を受けて後方にさがった寒熱の魔女シェリイのみ。熱の移動の得意なやつで、平時の仕事は病院など快適さが必要な部屋の温度調整。社長あたりならエアコン魔女と名付けるだろう。ぼてっとした地味なローブ姿に眼鏡の地味な外見だが、そのローブの下には自身の魔力を蓄積しておく蓄魔石を大量にぶらさげ、強烈な熱線で堅牢な城壁や頑丈な門扉を切り裂くことのできる恐ろしい女だ。
相変わらず、彼女はどもっているんだろうか。あれで軽く見てしまわれることが多いが、あの熱線は俺でもちょっと防げない最強の一角だった。
彼女が今、宰相の位にあるらしい。もともと宰相をやっていたのは教授とよばれる痩せて背のたかいちょっと不気味な男で、魔法の理論については右に出るものがなく、たくさんあるその著書は勢力問わず魔法使いたちの教科書として重宝されていた。
彼がたくさんの策を用意してこういうときはこれを見ろと残していたおかげで、追い込まれ彼自身を討たれてももちこたえられたと聞く。
まるで時代小説の天才軍師の所業だが、彼にはそう思わせるところが確かにあった。
彼のやりそうなことだとすれば、そんなことより死を偽装して献策を続けるとかじゃないかな、と思う。トシもトシなので前から引退したがっていたし、実際は生きてて今はシェリイに全部おしつけて好きな研究に没頭してるような気もする。
シェリイより死ににくいポジションの彼は、勇者の差し向けた潜入討伐隊に居場所を見抜かれ急襲されたという。
もちろん、村の若いのが噂で聞いてるレベルの話だ。実際はどうだったかわからないが潜入討伐隊には俺もやられそうになったことがあるので用心深い教授も不覚をとることがあったかもしれない。
もう一人の四天王、戦乙女カイラはそれこそあちらでいえば弁慶の立ち往生のような死に方をしたそうだ。あいつは戦乙女というが結婚もしてるし、大きな子供も三人いる肝っ玉母さんだからそのへんは脚色はあっても本当だろう。歌に魔力を乗せて味方の武器全部に強化をほどこす彼女は常に先頭にいた。並の戦士では歯のたたない豪傑でもあった。俺とコンビを組むことが多かったので、彼女の戦死は信じることができた。
俺がいれば、死なせることはなかったはずだ。
口惜しい。
ただただ口惜しかった。誰かのせいにしてやつあたりでもできれば楽だったろうが、誰が悪いわけでもないことはさすがに俺にもわかっていた。
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