第27話 帰省②

「ここをまっすぐ歩いていけば帰れる。振り返ってはいけない」

 いわれるまままっすぐおりていくと、もよりの隣駅前にいた。

 もちろん振り返ることはしなかった。俺も神話伝説にあるそういう話は知っていたし、なによりあの神社に鎮まっている大きな存在が黙っていないような気がした。

 あれの正体はわからないが、かかわってはいけないやばいものだということだけは確信に近い直感があった。

 そんなものに路地裏の賢者は舞を奉納していた。その前であの話をもちかけた。

 つまり、少なくともあの時の言葉には嘘がないということだ。あれは摂理というか神のような存在で、その前で下手な嘘をつけばろくなことにはならない。

 あれに人のような意志はないが、目の前で発せられた言葉には影響を与える。嘘をつくものはあるいはだましおおせるかもしれないが、思いがけない影響を受けて望ましくない結果に陥る危険がある。そんなリスクを路地裏の賢者がとる必要性はどう考えてもなかった。

 おそらく、あの言葉の通りなのだろう。うまくいけば穴をふさがず穴に関連する異世界人を除去する手立てとなる。協力する義理はないが、拒む理由もあまりない。

 クソ上司が隠していたというのが本当ならそんな抑留に付き合うつもりもまったくおきやしない。

 それに、昔の仲間やうちの大将がどうしているかも気になった。あれから何年もたっている。

 路地裏の賢者との取引は極めて危険。そのことは十分認識している。

 だからこそ彼はうそのつけない状況でどちらかといえば誠実な提案をしてきたのだろう。誠実というのは俺のためという意味ではない。少なくとも言葉に出したものは責任を持つという意味での提案だ。

 あのやばい神の前でするには危険なゲームだろう。

 直感だが、言葉に出さなくても心に思うだけであの神は聞き取ってしまうのではないかと思う。

 あの圧が感じられなくなってからどっと汗が噴き出した。

 不意打ちで、とんでもないものをしかけてくれたものだ。

 正直、ぐらついた。

 それでも即答を避けたのは我ながらえらいと思う。思うが、心の声は間違いなく乗り気にしか聞こえなかっただろう。返事には二日の猶予をもらった。その時になればまたここに招かれるらしい。

 つまり、俺のほうも路地裏の賢者をはめにかかったりするのは危険すぎるということだ。


 相談もなしに決められることではない。だからといってクソ上司や彼女に漏らしそうなやつは論外だ。たとえば佐奈子。見かけとしぐさにだまされそうになるがあいつの正体は異世界の魔物だ。力関係でクソ上司に逆らえるわけはない。まだ伍堂のほうが安心できたが彼はもういない。

 自然に、相談相手は限られる。

 伍堂は結構気軽に相談していたようだが、俺は社長に立ち入った相談はほとんどしていない。なんでかといわれると自分でもよくわからないが、彼を信頼してないからではないことだけは確かだ。

 たぶんその原因の一つが事務所の仁さんだ。

 くたびれたとっつぁんだが大変有能な事務方で、クソ上司のところの人。その仕事は俺たちの監視もあるんじゃないかと思う。

 伍堂は全然気にしていなかったけどな。

 ほかに相談できそうといえば何度か手伝いをしてもらった土師君くらいなのだが、もうしわけないが少し頼りない。彼自身が迷ってるのだからただ迷惑をかけるだけになりそうだ。あとはクソ上司に縁のある者ばかり。桃山沙織嬢も今ではほぼあっち側。もう選択肢はない。

 ええい、ままよ。

 社長に相談を持ち掛けたのは小さな足長バチの巣を駆除に出た帰りにはいった中華料理店。もやし多めの野菜炒め定食をつつきながらだった。

「相談ってぇなぁその話を信じられるか、ということか」

 めんどくせぇ話をしやがって、とため息をつかれてしまった。

「口止めしたうえでその相談ってことはおめぇ、乗ってみる気だな? 」

 その通りだった。不安がぬぐえないわけではない。だから客観的な意見を聞きたい。

「その、やっこさんが踊りを奉納してたって神社の様子を聞かせてくれねぇか。そいつがおいらの思った通りのものかどうか確かめてぇ」

 皿の上がきれいに片付くころにはこめかみをおさえる社長という珍しいものを見ることができた。

「おめぇ、よっぽどあいつに気に入られたんだな」

 どういうことか。

「おいらの知ってる場所と違うところだったらよかったぜ」

 それなら路地裏の賢者は俺をぺてんにかけようとしていたのであって、その言葉は一片たりとも信ずるに能わないことになる。

 おそらく、社長があの場所のことを知らなければそこは変わらなかったと思う。だが、彼はあの恐ろしい何かのすまう場所を知っていた。

「ってことは少なくともやっこさんが言葉にしたことには嘘はねぇ。おめぇの世界への穴を隠してるのはうちのボスだとやっこさんは本気で信じてる」

「彼があえて誤認しているってことは」

「んなこざかしい真似が見抜けない相手じゃないぜ。おめぇの言葉を借りて言えば、言ったことについてはやっこさんは誠実だ」

「ってことは何かあるとしたら言ってない何かか」

 それがわかれば苦労はしない。

「そのへんはちょっとおいらのほうでも考えてやる。忠告はしてやるからよ」

 社長は俺の肩を軽くたたいた。

「ま、いってこい。もともと、そのつもりだったんだろう? 」

 背中を押されてしまった。


 穴のあちら側の口というのはさまざまだ。

 厳重に囲い込まれて封じられ監視されているものもあるが、だいたいは人のほとんどいない辺地のなんでもないところに洞窟や大きな木のうろのようなふりをして鎮座している。

 こちら側の口が半壊した大きな古民家の間口であったため、穴をくぐったというより廃村の廃墟を通り抜けて裏山にでも出てしまったのかと思いかねない。

 その古民家のあった場所がどんな場所かはあまりよくわからない。路地裏の賢者があの裏側の世界の出口をつぶれた納屋のなぜか無事な外用トイレの戸口に結びつけていたため、穴に入るまで土塀で視界を遮断された数メートルしか移動してないせいだ。

 段取りはまたあの恐ろしいところで約束してくれたし、案内はその眷属というフェエレットのような姿のしゃべる生き物だった。

「あの間口をはいるがよい」

 偉そうなフェレットはそういうと、裏側の世界に戻っていった。入口が閉じるのはすぐだった。一時帰省が終わった時のことは何も聞かされていない。おそらく、そのころにはクソ上司に全部ばれているから任せるというところなのだろう。

 確かにそこは「穴」だった。

 魔力が戻ってくるのを感じる。それも、これまでと一つ頭抜けた戻り方だ。

 あちら側に抜けたとき、目の前の風景に故郷を感じる要素はほとんどなかった。

 少しひやりとした澄み切った空気、そして殷々と感じる精霊の気配。

 涙が出そうになった。俺は確かに帰ってきたんだ。

 そうなると武器なしでは不安だ。俺は手ごろな枝を拾ってにわか作りの武器にした。こっちにいたころよくやっていたように、表面に魔力で薄く防壁を貼り付け、強度をあげるのだ。あちらの世界ではできなかったが、こっちに戻っての横溢する魔力なら余裕でできる。同じく、自分を覆う薄い防壁も展開。見えない鎧と別に意味でそう見えない武器がそろった。

 さあ、人を探そう。あれからどうなったか教えてもらうのだ。

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