第25話 桃の里⑪(終)
それからクソ上司はあちこちに電話をかけたようだ。銀朱、金朱の魔法使い二人は穴の入口に何か作業に行ったらしい。伍堂は捕虜の伯領兵士たちには驚きをもってむかえられたようで、昼頃にはえらい盛り上がっていた。
その伍堂の提案で、隊長の騎士と伍堂とつきそいで土師君が穴の向こうへいくことになった。
伯爵と交渉するらしい。あの偉そうだった鬚の騎士が伍堂にへこへこしてるのを見るとやっぱりあいつの国だったんだなと納得する。
俺はというと、鏡医師と一緒に一度戻ることになった。
原因となった穴が閉じたので疫病は自然収束するらしい。伍堂の故郷ではこの疫病の患者の報告はなく、今かかってる人を治療すれば終わり。
なので、彼女のすることはもうない。俺もまぁ、同様だ。クソ上司他の護衛は特戦隊が担う。伯爵との交渉は伍堂が行う。土師君をつけたのはクソ上司なりの思惑があるようだが俺はわからない。あのウッドゴーレムも連れて行った。
穴の出口では金銀兄妹が協力して門になにかやっていた。壁にチョークでいろいろかかれており、その番号にそって魔力を用いてなにやら手を加えてまわっているようだ。
通れるのかと聞くと、それは大丈夫と言われた。もう符をつかってロック解除する必要はないらしい。崖にしか見えない壁に手をさしいれるとずぶずぶ抵抗なくはいった。
何をしているのかと聞くと、一度穴を開放してしまうのだそうだ。それで外か
ら穴の遮断措置ができる。ドアを外す前に鍵を取り外したのが現状だそうだ。
明日には完全にフリーになるらしい。
「引っ越しのために小さいけど車を入れるそうよ」
「車って、あっち側の拝殿が邪魔なんじゃ」
「さあ、壊すんじゃないかしら」
こともなげにいう金朱、あたふたするその兄。
とりあえず行くしかないよと促され、俺と鏡医師は穴の出口をくぐった。
曳家という技術があるが、普通、実施までにそれなりの時間が必要なはずだ。少なくとも半日とかそこらでできるはずはない。
なんだけど、俺たちの前には鉄板をしいた仮土台の上にとりのけられた拝殿があった。宮大工らしいヘルメット姿がひずみができてないか点検中だ。
事務所らしいテントが張られ、長机のところに見慣れない二人がぐったり休んでいた。二人とも女だ。若く見えるのと若作りと。
「大阪の山田さんと仙台の郷戸さんね。召喚者よ。通称女幹部と大魔女。山田さんは固定の能力があって、郷戸さんは重力制御の能力があるから何したかわかりやすい」
大阪にいる戦闘不向きな召喚者って彼女か。でも固定の能力って、制限とかによるけど使い方次第だと思うけどな。
挨拶すると、二人は俺を見て「へえ、あなたがあの」と思わせぶりな反応。
「あの何? 」
山田はなんでもないとごまかそうとしたが、郷戸は遠慮がなかった。
「池谷女史のお気に入りって噂があるのよ」
「めちゃくちゃいじり倒されてる自覚ならあるが」
二人の反応は「ああ、そうなんだ」とくすくす笑いだった。ええい。なんだ。
「それなら伍堂と社長もそうだろ」
あの二人は別格よ、とくすくす山田。
「伍堂さんは目を離せないし、
ああ、同感だな。というかこいつら二人と接点あったのか。
なんで俺だけないんだろう。
「まあ、そういうことは今はいいから。明日まではこっちで待機よ」
どこで? と聞くと鵺野館の離れでいいという。鵺野老人、絶対激怒してるからもう泊めてくれないと思ってたんだが。
行ってみればわかるというので、俺たちはなじんだ鵺野屋敷にむかった。
そこで知ったのは、主導権が鵺野老人から息子の鵺野議員にうつったということ。
ハウスキーパーさんもその娘さんも表情が明るくなっていた。戸田執事と鵺野老人は姿を消している。
「父は入院したよ。昨晩、何度か父を訪問していた老紳士がやってきたんだが、それが帰ったあとに急に具合が悪くなって」
しばらくかえってこないはずの議員は在宅していて、俺たちにそう説明してくれた。戸田執事は入院関係の諸事手配後、忽然と姿を消したらしい。
裏に監禁されていた案内人の青年も姿を消していた。
念のため、はいるための符の所在をきくと鵺野老人のもってる分はなくなっているという。消えた二人のどちらか、あるいは二人そろって里に入るのに使ったのだろうと。
「戸田は一緒に話を聞いていたようだ」
訪問者の老紳士は路地裏の賢者で間違いないだろう。なんというきわどいタイミングで訪問するものだ。前日なら俺たちがいたし、今日ならこの騒ぎだ。
そして、鵺野老人がイスフェリア伯の兵を引き入れたこともいつのまにか知られてしまっていた。知ってるのはよそ者あつかいではない村人限定だが、これで彼に対する支持は大幅に下がったらしい。拝殿の移動も、見限った神主が承諾したそうだ。
夕方、穴が自由に出入りできるようになると、村人たちは自分の軽トラックなどを出して里のほうに入っていった。俺はというと、鏡医師のかばんもちをやって往診したり、診療所で診察の手伝いをしたり。半日で村の人間の半分くらいの顔を覚え、少し親しくなったと思う。いつのまにか彼女の旦那さんあつかいになってたけど。
「うちの夫も随分変わったこと」
本人、面白がってる。ああ、やっぱり結婚してんだなとほんの少しがっかりした。クソ上司の一族の中では普通の人だ。だからか。
まさかクソ上司も結婚してるのかときくと返事は否定だった。
「すずちゃん、ほんとはいい子なんだけど誤解されやすくって」
いやいやいやいや。異論があるぞ。あるけどわざわざ言うほどでもないので黙っておいた。たぶん、クソ上司は彼女にはよく思われたいのだろう。俺とは扱いが大いに違う。
夜になると、山田と郷戸の二人ももどってきた。女三人集まればというが、高級旅館のような鵺野屋敷の離れにテンションが変になってる二人にひっぱられ、鏡医師までさわがしくなってしまった。こういうときは孤高をきどっておこう。
部屋も一人部屋。ひさびさに俺はのんびりすごした。
後で聞いた話だが、俺がのんびり美味い飯と晩酌でゆったりしていたころ、伍堂と土師君は大変だったらしい。
伍堂が本人だと証明するのに質問攻めに腕試しまでかけられ、土師君は土師君で魔法使いとしての技量をためされたそうだ。
魔法が通じない、を伯爵は信じなかったらしい。そこからどうやって土師君に腕試しをしかけることになったのかわからないが、伯爵家で抱えている戦闘魔術師は誰もかなわず、彼らに指導をしているお抱え魔術師がようやく引き分けた、という結果だったらしい。
伯爵との交渉、決めては疫病の存在だった。魔力を持つ者が感染し、しばしば死ぬ病気の存在が穴の閉鎖に同意する動機になった。
「もともとなかったはずのものがなくなるくらい問題はない。しかもそれによって行方不明だった五虎将が帰ってくるなら反対する理由はない」
建前たっぷりにそう言ったらしい。そもそも伯爵は伍堂に頭のあがらない立場の人だったそうだ。だから彼の帰還を本心は喜ぶはずはない。
翌日になると、神社のあたりで騒動があったそうだ。
自由に行き来できるようになって子供のころの思い出などある父祖の地を踏み、しばらく会えなかった親戚にあった人たちが閉鎖に反対しはじめたのだ。
最後には里に立てこもって閉鎖できるものならしてみろと叫ぶ者もでたという。鵺野老人というリーダーを失っても強いノスタルジーがそんなことを言わしめたのだろう。
抑えたのは戻ってきた伍堂だった。あいつにしては思慮のあることにクソ上司に閉じたとき里にいるものがどうなるかを聞いた。予想でしかなかったが、あいつにしては珍しく方便として使う知恵が回った。
立てこもっても無駄だ。伍堂はあちらでの身分もあかしてそう説得した。当局、つまりクソ上司は構わずしめるし、そうなった場合、里はあちら側に押し出され、以後は電気も電話も使えなくなる。おそらくイスフェリア伯爵領の臣民として受け入れてもらえるだろうが、人頭税を取られ、いざというときは兵士を出す義務を背負う生活が始まるだろうと。中に残るのはそれでよいと思う者とみなされると。
横暴という声に権力者は必要なだけ横暴になるものだとやつは答えたそうだ。
他にもいろいろ抗議の声は続いたが、だんだんトーンダウンしてとうとう立ち消えてしまったそうだ。
それから、家財を積んだ軽トラックや乗用車が穴を出入りし、外の村の親戚や空き家に運びこまれた。蔵の累代の財産を運び出した家も多く、村の廃校の校舎、体育館がその一時収容先として使われた。
中の住人って戸籍があるとは思えないのだが、そのへんは国家権力がなんとかするんだろうな。
この日、俺は伍堂と東京に戻った。社長に挨拶しておきたいと彼が言うからだ。穴が閉じるとき、どこにいても彼の姿は搔き消え、封じられたあらゆるものとともにあちらに戻る。時間はあまりなかった。
夜にはつくはずだ。それから社長は別れの宴といって飲みに連れ出してくれるだろう。それがわかっていたが、列車の中で俺とやつとは酒を飲みながらかたらい、やっぱり喧嘩をした。
最後の一日は、身辺整理をしてすごすのだそうだ。その時には一人にしておいてくれと頼まれた。
こうして俺は取り残された。
そして、半年後、賢者との決着をつけるべき時がくる。
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