第24話 桃の里⑩

 作戦開始は11時半とした。効き目がどれほど続くかは術者である金朱にもわからないという。

「ただ、娑婆で襲われた時には誘拐犯三人とも二時間は起きなかったよ」

 娑婆っていうなよ、若い娘が。

「襲われたってどういうこと? 」

 金朱の年かさの従姉はそっちが気になるようだが、まあ、いまはその話は後だ。

 つまり、確実に効果のあった経験を生かしての巡回眠らせということだったらしい。一応、ちゃんと考えての計画ではあったのだな。

 だが、バックアップがいなかったのは幸運だったとしかいいようのない経験だと思う。突発的な犯罪ならそんなもの用意するわけはないが、伯爵領の兵士は武器こそ古臭いが素人じゃあない。

 最悪、効果は集会所の周辺だけでもいいと思っている。あんまり早く切れるのだけは勘弁だが、特戦隊に影響がでると攻撃とみなされて面倒になるかもしれない。

 集会所は十時になると消灯だ。患者は屏風や診療所の間仕切りなどで仕切った床に布団をしいているが、俺たちには簡易だがベッドが用意された。誰かのベッドを奪ったのではなく、不公平と言われないよう、重症者にだけ使うことにしていたそれを使わせてもらった。もちろん本当に寝るわけにはいかない。今後の感染対策について占領者の伯領軍と交渉するためにも打ち合わせをしたいと、机があって灯りをつけても迷惑のかからない場所として玄関脇の受付の小部屋を使わせてもらうよう大人の村人たちに相談し、許可をもらった。

 集会場の広間とこの窓口のむいている靴脱ぎ場の間には引き戸があって夜は閉ざされているが、この靴脱ぎ場から外へは雨戸をはめる溝はあるが日ごろはあきっぱなしになっている。だからこの小部屋を希望した。奥まったところなら舞台の袖とか他にもあったがあそこでは外に拡散しにくい。

「せっかくだからこういう村での防疫についてお話しましょうか」

 金朱が「勉強させてください」と目を輝かせ、銀朱が「また始まった」という感じになり、俺はというとうちの田舎はここより立ち遅れてることもあって興味駸々に聞かせてもらった。

 いや、本当に参考になる話だった。帰れる日がきたら、是が非でも改善に取り組みたいね。

 素性はわからないが、誰か聞き耳たてていたが、彼女の独演会のおかげでいらない疑いは解消したようで時間がくるころには気配は消えていた。

「みんな、時間だよ」

 一番興味のない銀朱がタイムキーパーみたいな役になっていた。

 窓口に口をあけた瓶を置き、金朱はじっとそれを見つめる。魔力の動きを感じ取れば確かにそこからなにかがふわっと流れ出している。効果を高めたかったのだろうか、彼女は静かに子守唄を口ずさんでいた。

 銀朱がその魔力の流れを見ながらおいやるような仕草をして空気を動かす。これも効果を高めたいのかそこらで拾った団扇をもっていた。

 外の薄くだいたい百メートル半径の大きな結界と、ここの仲間たちが術にかからないようはってるやや堅牢な結界の維持をしている俺と、この場合は何もできない鏡医師はふたりの仕草を見ているだけ。後ろからみると、変な歌にあわせて変な踊りをしているように見える。金朱の歌はちょっと調子がずれているし、銀朱も優雅さにほどとおい踊りにしか見えなかった。

 開始するや門の見張りが意識を失って倒れる音が聞こえた。それでも二人は術を中断せず、ひたすら続ける。十分ほどしてから、二人ほぼ同時に膝をついた。

「終わったと思います」

 銀朱の額にびっしり汗が浮かんでいる。金朱は何もいわずに鏡医師のところににじりよった。

「はいはい」

 いつものことなのだろう、彼女は年若い従妹を抱き寄せ撫でた。

「少し見てくる」

 俺は自分用の薄い結界をはって通用口から靴脱ぎ場、そして集会場の外に出てみた。

 見張りの兵士二名が柱にもたれてぐったりしている。村の中を見ても動く気配はなかった。

 少なくとも、この近くの者は全員意識を失った。

 集会場のほうもちらっと見たがこちらも寝静まってるとしか思えない。

「うまくいったようだ」

 俺が報告すると金朱の肩から力が抜けるのがはっきりわかった。

「よかった」

「後はまつだけだ。鏡先生、さっきの続き聞かせてもらっていいかな」


 特戦隊の兵士は左手に盾がわりの丈夫な手甲をつけ、銃剣をつけた頑丈そうな自動小銃を手にしていた。もちろん全員、暗視装置つきのヘルメットにボディアーマーつきである。顔は黒くぬってるので人種まではわからないが、しゃべってるのはたぶん英語だろう。

 整列したりしたわけではないので人数の正確なところはわからないが、ライフルマンの他にマシンガン手などもいて総勢はおそらく五十人程度。伯爵領の兵士の倍以上いるから正面衝突してもあっさり制圧できただろう。その場合、伯爵領の兵士の大半は死ぬことになったろう。それほど圧倒的な差を持ちながら、彼らは微塵も油断している様子はなかった。

 金朱の魔法で無力化され、武装解除して拘束された兵士は十七名。これに隊長の騎士も加わっている。村人も家に押し込められ、出ないよう命じられた。集会場の患者たちはそれぞれの家に戻され、かわりに拘束された兵士たちがここに収容される。

 伯爵領の兵士の犠牲は三名、巡回で術の外側を歩いていて、言葉の通じず銃を知らないことが仇となって抜き身を手に射殺されてしまった。

 俺たちも身体検査の上、一時監禁されたが、夜明けに土師君と予想通り松葉づえの伍堂を連れてクソ上司がやってきて解放された。

「みんな、お疲れ様」

 銀朱はありもしないしっぽをちぎれんばかりにふっていたし、金朱はあんまりクソ上司と折り合いがよくないのか、鏡医師をこんな危ないところに送りこんでと文句を言い、その鏡医師はその様子を困ったように見ているし、で俺は伍堂とむかいあっていた。

「中にあっちの兵たちがいる。話をするか? 」

「その前にひとことだけ言わせてくれ。一回しかいわないぞ」

 伍堂は拱手してお辞儀をした。

「楯野殿。俺の故郷をよくぞ見つけてくれた。感謝する」

 いつもと違う。礼儀正しい武人がそこにいた。

「何してはいない。いつも通り四天王崩れでいいぞ。さあ、確かめてこられよ」

「では、失礼して」

 伍堂が奥に消えると、待ち構えてたクソ上司が手招きをした。

「里長にあいにいきます。つきあって」

 へえい。

 考えると、この村に来てから里長の家に行くのは初めてだった。いきなり集会所に放り込まれたし村の他の施設も全然めぐっていない。

 里長の家は集会所のはす向かいにある思ったよりこじんまりした一戸建てだった。

 この家も他の建物と同じでアルミサッシがはいっているし、家屋の仕切りに模様入りすりガラスをつかった障子がはいっているし、面会した広めの部屋には古めかしい応接セットが鎮座していた。そして装飾過剰なシャンデリア電灯がさがっている。

 クソ上司、鏡医師がならんで長椅子に座り、向かい側の椅子二つには里長と特戦隊の隊長だという金髪碧眼の白人将校が座った。その背後には通訳の日系らしい隊員が立ったまま控えている。俺も座る余地がないからそうしようかと思ったが、雑誌一冊のっけたスツールが一つあったのでこれを引っ張ってクソ上司の斜め後ろに座った。

「では、話し合いを始めましょう。もう少し穏便にまとめたかったのですが、やむをえません。この里のある穴は閉ざすことになります」

 クソ上司の声が頭の中に響いた。魔力がびんびんこもっていて、ちょっと煩わしいくらいだ。これはこの場の全員そうだろう。鏡医師はちょっと顔をしかめている。

 そしてこれは決定事項の伝達にすぎない。

「里長、閉鎖時に穴の中にあったものの安全は保証できません。どちら側でもよいです。住人と貴重品を退避させてください。時間はそうですね、明日の夕方までではせかしすぎになりますか」

 里長の目がぎらっとしたように思う。だが、口を開いて出てきたのは責めの言葉ではなかった。

「まず、最初にお礼を言わせていただきたい。里の者の多数が疫病より救われもうした。かたじけのうござる」

 頭を下げる相手は鏡医師。そしてクソ上司には鋭い目を向けた。

「その条件として千年以上にわたって先祖代々安寧に住み続けたこの里を捨てることになってまことに残念であります。そんな心配のないほうの話をつぶしたことについては今更恨んでもいたしかたありますまい」

 愚痴だ。やっぱり未練たらたらじゃないか。

「里長、前にも申した通り、疫病の生まれたところには確かに対処法はありますが、生存率はあまり高くありません。後遺症もきびしいものです」

「わかっております。愚痴と聞き流してくだされ。それで、退避ですがまずは村人全員に話をする機会をくだされ。大半はそちらを選ぶでしょう。持っていきたい家財も多い。それらをあきらめさせるのは難しい。時間がかかりましょう。それがなんとかなってもさらに物理的な問題があります」

「なるほど」

 クソ上司は里長のいいたいことを理解した。

「それはなんとかしましょう。明日には準備をすませて、明後日の夕刻までの退去ということでよろしいでしょうか」

「急いでおられるようですが、理由が? 」

「イスフェリア伯でしたっけ、あちらの地元領主がどう動くかわかりませんし、さらにその背後の国も動き出す前になんとかしたいのです。ここを戦場にしたいですか? 」

「なるほど、なんとかしましょう」

 里長は折れた。

「スミス隊長、それまで駐屯可能ですか」

 隊長は英語で答えた。鏡医師とクソ上司はわかるようだが、俺はこの国の言葉しかわからん。

「大丈夫だ、とのことです」

 通訳の言葉は俺と里長むけだった。




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