第23話 桃の里⑨

 追加の薬をもってきた二人、銀朱と金朱はクソ上司と同じ魔法使い一族で、先々同じような仕事につくことを約束させられているらしい。

 そんな貴重人材を二人もここに放り込むのにはなにか理由があるに間違いはない。

「あの二人は何ができるんですか」

 鏡医師に聞くと、銀朱は召喚と穴の開閉関係。「すず」と同じタイプの魔法使いで、こういう魔力の使える場所なら迷宮の賢者がよくはいってるあの隙間の空間に住まわせている「鬼」を呼び出すことができるという。金朱はちょっと違う傾向の魔法使いで、幻惑を得意とする。尋問や誘惑で話を聞きだすのが得意で、薬品の助けをえれば集団を眠らせたり、恐慌に陥らせたりできるらしい。魔力の制限された娑婆では心理誘導にとどまるが、ここだとどうなるかわからんというし、拮抗薬に紛れて誘眠効果のあるエキスの瓶がはいっていたそうだ。

 どう見てもただ薬を届けに来たとは思えない。そんなはずはぜったいにない。

「そういうわけで、何たくらんでるか話しなさい」

 仕切ったのは彼らの従姉で、クソ上司含めみんなの気性を熟知してい鏡医師だった。

「弥子さんも知ってるでしょ。特戦隊」

 口を開きかけた銀朱に先んじて金朱が言った。

「知ってる。でもあいつら本来の所属は米軍じゃない」

 鏡医師の表情が曇った。

「そりゃなんだい」

 思わず質問してしまう。ここで聞いとかないと知ってる前提で話が進んでおいてけぼりになってしまう。

「穴の向こうから軍隊でも野盗でも武装した連中が侵入してくる時がある。そういうのを排除する特殊部隊で、対魔法戦と、銃の使えないところでも戦えるよう白兵戦の訓練もみっしり積んだ連中。増援をつれてこさせないという理由で基本的に侵入者は皆殺し」

 物騒な連中だな。

「特戦隊は横田経由で移動中。日付がかわるあたりで襲撃の予定です」

 爆弾発言は銀朱からだった。

「まって、あいつらが村人と伯爵の兵の区別つけてくれると思えない」

「どういうことです? 」

「それくらいやばいやつらってこと」

 穴の存在を知る向こうの住人は原則処分、という恐ろしい方針を持っているらしい。この集落の住人はほとんどこっち側の生活をしているが、穴の中の住人でどっちかなどはっきり言えない。

「弥子を守って」

 クソ上司はそういった。あれはそういうことか。俺たちも巻き添えになりかねない。そして、そんなやばい奴らを呼び込まなければいいという簡単な話じゃないのだろう。

「で、あんたたたちは何をするの? 」

 金朱は麻酔薬の瓶を手にした。

「可能なかぎり、無力化する。特戦隊には抵抗するもの、逃げる者以外は手を出さないよう申し入れてあるから」

 だが、村は家屋が散在している。全部の兵士を無力化することはできないだろう。それに、村人がうかつな反応をしないとも限らないが、これも先んじて眠らせることは難しい。金朱が本気を出せばかなり広い範囲に影響を与えられそうな気がするが、さすがに無理だと思う。

 作戦会議の結果、俺がうっすい膜を村の中核部分で覆い、その中を銀朱が起こした風ですみずみまで金朱の幻惑の魔力をのせた麻酔薬のミストをとばすということになった。普通ならそんなもので眠るわけはないが、肌に触れれば量を何十倍にも拡張した効果が現れるそうだ。

 当初、彼女たちは瓶をもって駆け回りであった敵兵にかたっぱしからその魔術をかけるつもりだったらしい。

「それはさすがに危ないな。後ろから切り付けられたり、矢を放たれたり、不意をつかれたら危険だ。相手が何もしない木偶だと思ってるのかい」

 前に似たような成功体験があるのだろうか。村にはいっている伯の兵士は二十人ほどだからなんとかなると甘く見てたのだろうか。一か八かにならないかぎりとるべき手ではないよね。もしかすると、実際に状況を見て気持ち的に追い詰められてしまったのかも知れない。肉薄してのきったはったの経験を持つ兵士たちの気迫に圧倒されたんだろうか。いずれにしろ、経験の浅い彼らはどこかでミスをやってしまう可能性のほうが大きい。

「このバカ」

 一応いくつか対策を、とぶつぶついってた二人は鏡医師ににらまれてしゅんとなった。

 まあ、今の作戦も効果が薄くて動く兵がいるかも知れないから効果を見てまわるわけにはいかない。薄くても広くに結界を広げるから一人づつに厳重な防壁をかける余力はない。四人で固まって堅牢な結界の内側にこもるのが精いっぱいだ。

 追加の薬もあって、患者全員に処方したおかげで程度に差こそあれ、ぐったりしていた彼らはだいぶ元気になっていた。元気になってみると、気のいい田舎の人たちで、ほったらかしの家族や畑を心配してぼそぼそ話をしている。今の日本の田舎と違うのは若い年齢の者もいるということ。二十人のうち青年といえる年頃の男性が四人、女性が二人いるが、男性の一人は元気になった女性二人になじられ、あとの三人がとりなしては側杖をくらっている。若いっていいね。ぐったりはかなげだった子供は七人いたが、こいつらは元気になったもんだから奇声をあげて走り回ってる。女の子四人がスカートをめくった悪ガキを締めあげていて他の二人がすくみあがってるのは大変よろしい。他は三十の農家のおかみさんから七十の猟師まで大人勢で彼らはお礼にごちそうをふるまうといって数人が集会所の広い厨房で醤油のいい香りをさせている。村で魔力込めて醸造した自慢の醤油だそうだ。特に、あの若い兵士は任務にもどしてほしいと見張りの仲間に訴えているよう。

 そのおかげか、里長との対面もできた。うまそうなにおいが立ち込める中、大声で呼び出されていけば彼らがいたのだ。

 鵺野老人はまだまだ油っけのある元気な老人だったが、こちらの里長は枯れた仙人のような老人だった。きているものがジャージなので今一つ威厳はないが。

 里長とひげの隊長とがそろってやってきて、相変わらず距離を保ったまま鏡医師に質問を投げてきた。通訳には孫らしく顔立ちの似た少年がついてきていた。

 里親はこちらの言葉でぼそぼそと時代がかった礼を述べた。よぼよぼの爺さんに見えるが、俺は彼の眼光が今でもかなり鋭いのを見てとった。

「迎えの者がもどっておりませんが」

「彼なら外の村で監禁されてますよ。あちらの里長に何やら無礼があったようで」

 鏡医師は隠す気皆無だった。

「ほう」

 里長の目が光った。これだけでたぶん彼はことの全貌について直観しただろう。

 肝心の感染の話をしろと隊長が里長をつついた。少年がそこまで律儀に翻訳するものだから、全員ちょっと困った顔になる。ただ、彼が一生懸命やってるのを見て何かたしなめるようなことを言ったものはいなかった。

 鏡医師はこの病気は魔力を介して感染する異世界の病であること、したがって感染者が魔力を動かす行為、魔法や、感知などを行って別の魔力もちと接触することに留意すれば今からなら一日くらいで感染の可能性は消えると説明した。

「と、いうことは村の者も家に返せると」

 里長はやりとりの翻訳が隊長につたわるまでじっと見てた。隊長は苦笑した。

 返事は明日にはみんな帰ってよし、だった。兵士も一日我慢してもらうことになった。

 面談が終わると夕食の支度ができていた。

 主菜は何かの獣肉の塊肉をトマト缶を含む何種類かの野菜と煮込んだ料理で、料理長を務めた禿頭の村人がコック帽だけかぶってこれを切り分けた。七十になる村の猟師だ。老いてなおたくましい肉体の持ち主。病気で死にそうだったとは思えない。

 肉は何の肉かわからなかったがとろっとして脂が香ばしく、ちょっと猪っぽい風味だった。後できくと穴の向こうでとってきたあちらの魔猪だという。宴会用に冷凍庫に保存していたのを快癒祝いに景気よく放出したそうだ。

「なるほど」

 銀朱が納得するのでなんだときくと、この肉は魔力の回復増強の効果が少しあるのだそうだ。

 それ、この疫病的に大丈夫なのかと鏡医師にきくと、これくらいなら問題ないという。なら遠慮する必要はないだろう。副菜のごまのきいた和え物もあんまり馴染みのない風味だと思ったら穴のあちらのハーブだという。生育に魔力は関係がないため、外の里で栽培を試しているそうだ。だが、大半の食材はそうはいかないという。

 穴を閉じればこういう珍味にも無縁になる。議員のほうの鵺野氏が迷う気持ちも少しはわかった。だが、里長には迷いはないように見えた。彼は取引を申し出た張本人で、これから何がおきるかはよく知っている。

 彼に未練はないのだろうか。

 だが、本当に根拠なく俺に確信がふってきていた。里長に未練はある。だが、あの老人は覚悟を決めたのだ。

 鵺野老人なぞ、大物ぶりたがってる小者にしか思えなくなってくる。

 それなら、その覚悟にきちんと応えないといけない。

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