第22話 桃の里⑧
集会場の事務室に俺はいた。
クソ上司に連絡したいが、集会場は兵士数名に監視されていて脱出することができない。せめて待機中の土師君と接触したかったんだが、それも無理そうだ。
困っていると、患者の一人が教えてくれた。里長と、ここの事務室に電話があると。里で入り用のものがあったときに連絡するためのもので、かける先は神社の神主の家らしい。家の普請など外から人をいれる必要があるときは里長があちらの里長である鵺野老人に自宅からかけるのだが、もののやりとりだけの場合はこっちで神主に連絡するらしい。
教えてくれた患者は単一の番号にしかかけられないと思っていたが、メモされた番号を見るとこれはどうも一般回線っぽい。だから神主を説得してというのはしなくてよさそうだ。こっちの状況があっちでは知られてる様子がなかったのだから、神主は鵺野老人に忠実な人物だろう。
鵺野老人がこのことを知っていて伏せた理由はわからない。騒ぎになるのを恐れたのか、そもそも彼がかかわっていたのか。たぶん、後者だ。こっちの里長より立場の低い彼が、自分の意見を通すための手段としては十分あり得る。
計算外だったのは、イスフェリア伯の兵が符を手にいれて斥候を出してきたことだろう。
クソ上司の携帯番号をダイヤルしてみると、はたして呼び出し音がなった。
見慣れない番号からの通話に警戒心あらわなクソ上司の声が聞こえたところで俺は名前を名乗り、状況を簡単に説明した。
「愚かな」
クソ上司はひとこと、呪いの言葉をはく。たぶん鵺野老人に対してだろう。
「穏便に、と思ったけどそうはいかなくなったわ。楯野君、お願いがあります」
いつも通り命令じゃないのか。
「弥子を守って」
む、これは本当にやばいことになるんじゃないだろうか。
「それともう一つ、彼らの言葉を採取したいから音声データを」
「これ、固定電話の黒電話だから電話口でスマホに録音したの聞かせるくらいしかできないぞ」
「それでいいわ。記録があるところか調べるだけだから」
里の時間経過は外と同じだった。日照があるようではないのに夕方になると夕焼けの光に里は包まれ、やがてだんだんに夜のとばりに包まれていった。
俺と鏡医師は集会場から出ることは許されなかった。出ようとすると見張り二人が武器を交差して首をふるのだ。幸い、食事ははこびこまれるし、水洗トイレもあって致命的な不便はなかった。
彼らはこの疫病を恐れているらしい。患者と、世話をするものはここから出さないつもりのようだ。
食べ物は素朴だが、あちらで食べつけたものなのは幸いだった。味噌汁に白米に焼いた魚の干物と菜っ葉のつけもの。里のくらしはほとんど穴のこちら側だった。
一度、俺だけ入口まで呼び出され、たっぷり二メートルは距離をおいてあの髭の隊長に尋問された。通訳はあの最初の村人だ。
尋問の内容は二つほど。斥候の三人はどうなったか、そしてあちらの軍事力はどんなものか。
三人が捕まった事実は「やっぱり」という顔で迎えられた。軍事力については、まあ俺の知ってることはしれていたせいもあるんだろうが、信じてもらえなかった。自分たちの国を守るための荒唐無稽な嘘だと取られたようだ。
「イスフェリア伯領の軍事力はそんなに強いのかい? 」
通訳を通じで帰った来た答えは「もちろんだ」というものだった。
「現伯爵は十二狼将のおひとり、リ・ゴドー様だ。親征のあかつきにはお前たちには慈悲を乞う以上のことはできない、といってます」
通訳の村人もそんなわけないだろうという顔で伝えてきた。
まあ、彼らは制圧されるのはまちがいないが、大騒ぎになるし穴のことが公になりかねない。こういうケースってきっと初めてじゃないと思うのだけどクソ上司たちとその前任者たちはどう対処してきたんだろう。
尋問の後、だいぶ薄暗くなったころに、見たようなかばんをもった若い男女二人が集会所にほうりこまれてきた。
男のほうは知っている。西口青年の一件のときに会ったクソ上司の若い従弟の銀朱、女のほうは初めてみる顔だが、暗い赤毛の美女とはいえないが、どこか愛嬌のある顔立ち。ファニーフェイスというやつかな。そして鏡医師、クソ上司、銀朱とどこか似た感じがある。魔力は女のほうが強そうだ。
「おまたせ薬もってきたよ」
「なんで君たち兄妹がくるのかな」
「だって、兄貴には荷が重くない? 」
きょうだいだったのか。そしてなんか口悪いなこの少女。
「すみません、弥子姉さん。余計なおまけがついて」
あのお高くとまってた銀朱がすまなそうにしている。こいつはこいつで年上の女にに弱いようで難儀なやつだ。
「それはいいけど、あんたたち、状況わかってる? 」
「はーい。兄貴よりわかってまーす」
「金朱、ちょっとだまって」
銀朱がかばんをあけると、追加の薬のほかにパソコンと襟止めするタイプの小さなマイクが入っていた。
それで何をするのかと思うと、穴の向こうの住人の話ことばをマイクで読み取らせることだった。通訳してくれる患者でもいいが、幸いここには彼らの兵士も一人隔離されている。
兵士はへそをまげることもなく、機嫌よく応じてくれた。若い女性ににこにこ手を握られながらわからない言葉とはいえ話しかけられてうれしかったのだろう。
「楯野さん、電話はどこですか? 」
パソコンの画面を睨んでいた銀朱が眉間に皺をよせたままなのが若い兵士をたぶらかしている妹と好対照だ。
彼はクソ上司に電話をかけ、一致した、とか間違いないとか連絡していた。
「どういうことだい? 」
受話器をおいた彼に俺はきいた。
「楯野さんはこっちの言葉を普通に話せるの不思議に思いませんか? 」
思う。
「あれ、召喚体を構成するときに仕掛けをしているんです。そのために時間をかけて言語データを分析します。召喚にかかる時間はだいたいそれで、一人呼び出すのに一か月から半年かかってるんです。穴が違っても、みなこっちから移住した人なので同系統の言語があるので、この言語データは蓄積し、世界中で共有しています」
どういうことだ? 閉じる予定の穴から誰か召喚するわけではないだろうに。
「イスフェリア伯領の兵士の言葉ですが、完全に一致するものがありました」
待った。まさかと思うがそれって。
「誰か召喚者がいるってことか」
「そうです。それに気づくとはさすが姉さまですよ」
「誰だ? 」
「そこまではさすがに。東京本部の人とは限りませんよ。姉さまが呼んだ人は日本全国で二十人はいるので」
けっこういるな。
それならあいつってことはないかも知れない。だが、あいつって気がどうしてもするんだ。何故そう思ったかはこのときは思い出しもしなかったが。
そう、俺の直感は告げているのだ。これは伍堂の故郷だと。
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