第21話 桃の里⑦
忘れられたように人けのない小さな神社だった。ただ、石段横の草がきちんと刈られ、途中にある地蔵にもまだ新しいお供えものが置かれていたり完全に忘れ去られているわけではないようだ。ただ、石の鳥居はもう何十年も風雨にさらされたままの様子でしめ縄などつけられた様子もないし、神社の前の手水鉢の屋根は失われていた。アルミの歪んだひしゃくがぽんとおかれているのがまだ使う人のいることを物語っている。
社殿はあざやかな朱でぬりなおされていた。ただ、補修せずに塗りなおしただけなのでひび割れ、ささくれがかえって目立つ。塗りもあまり上手には見えないので、専門家に依頼したのではなさそうだ。
そこまでいくと、三人ともにここが穴のある場所だとわかるくらい魔力が強まるのを感じた。
通常、神社は参拝、神前の各種誓いをたてるための拝殿と奥まった本殿からなる。だが、こういう穴を偽装する場合本殿の場所には穴に通じるなにかがおかれているものだ。この場合は、裏の崖に刻まれた彫刻の門。このむこうが本殿という体裁で拝殿の横を回り込んだ裏側にびしりと彫られている。後付けの縁起がありそうだが、今はそれを興味本位で確かめる余裕はない。
線刻の門の真ん中に通行符をあてるところがあった。やらせてくれというので土師君に任せる。
ただのレリーフにすぎなかった門が、視界が震えたかと思うと本物になった。
これを押し開ける土師君の体に魔力がみなぎるのが見えた。門の向こうには水のような界面がそびえ、その向こうにここではないどこかの山中の風景が広がる。
「魔力がある程度あるか、子供なら通れるそうです。これを持ってるものは最後でないと閉じてしまうそうですよ」
符を手にした彼がそう説明した。
一番魔力の少ない鏡医師が通れたのは幸運だった。
俺たちが全員里にはいると、後ろの門は神社のそれと同じ線刻になった。こっちから通るのも符が必要のようだ。
山林の道には不思議な香りが満ちていた。そして濃厚な魔力。俺と土師君は顔を見合わせた。これ、ひさびさに全力出せるんじゃないだろうか。
とりあえず、全員に防護被膜をはる。瘴気なんかは防げないが、ちょっとした防刃ベストなみに守る皮膚ぴったりの被膜だ。服まではまもらない。
撃たれても簡単には貫通しないが、衝撃までは消せないが、生存性は格段にあがる。四天王時代、俺は数百の部下全員にこれを張ってやることができた。
土師君も立ち木に歩みよると自分の指を食い破って血をなすりつけた。膨大な魔力が流し込まれるのが感じ取られる。
「少しまってください。十分くらい」
立ち木がぼこぼこと変形を始めた。俺も鏡医師もびっくりだ。彼女はたぶん初めてみるのだろうし、俺も四天王時代含めて二回目だ。
「トレント作成? 」
あれは森の民の禁術だったはずだ。トレントにした木は強力なゴーレムとして暴れ、そして力を使い果たして最後には朽ち果て崩れる。森の民との戦いになった時に決死の彼らが使ってうちの軍はひどい目にあった。
「いえ、ウッドゴーレム作成です」
変形は最終段階にはいり、両手がこん棒のようになった身の丈二メートルはある人型が出現した。
「一日一回魔力をいれれば動き続けてくれます。魔法使いの護身用ですよ」
いやいや、こんなのそう簡単に使えるもんじゃないぞ。
「聞いてたけど、君すごいのね」
「いえいえ、僕のいたところではまだまだでした」
そんなとこ、行きたくないぞ。もっとも、クソ上司の世界の戦場はもっともっといきたくない。魔法を封じられてなおあんな兵器作るなんてなんて恐ろしい。
準備ができたところで、俺たちは里に向かって道を歩いて行った。
そこがどうなっているかはもうだいたい検討がついている。
実は、出かける少し前にハウスキーパーさんが鵺野老人のメッセージをもってきたのだ。内容は端的にいって、今、里は危険ということ。俺はそれにメモ用紙走り書きで「了解、危険だがそれを利用してカタをつける」と返事した。
彼がどう解釈するも自由だ。符を入手したことはもしかしたら知ってるだろう。教える必要もない。だが、これだけで見当はつくはずだ。
「おそらく、里は占領されています。何者か知りませんが、あのとっ捕まった三人の本隊だと思います」
俺は二人にそう説明した。
「賢者とかの手先かしら」
「わかりません。どっちにしろ、このままじゃ交渉どころじゃないですよね」
「患者も助けられないわ」
順番にやりましょう。俺は提案した。まずは患者を助ける。それから交渉が再開できるようにする。そのためには増援が来ないと」
そもそも薬が足りない。相手の人数はわからないが、俺は守るのが専門だし、攻めるのが土師君の魔法とゴーレムだけだと少しこころもとない。
だから里まで行くのは俺と鏡医師だけになった。
あの馥郁とした空気は道を五分もすすむとどんどん濃くなってきた。山が開け、穏やかな様子の村と畑が見えてくる。
こういうところなら、かや葺きか板葺きの素朴な農家があると思っていたんだが、見た瞬間裏切られていた。
確かに古臭い家だったが、どの家も黒い古いタイプの和瓦だが瓦葺きの屋根で、板戸とかではなくガラス戸がはいっているようだった。なにより、どの家にも電信柱kら電線がのびている。仕事で何度も見かけた、数十年前の様子をとどめる日本の田舎町と同じ風景がそこにあった。
「電気、どうやってるんだろう」
鏡医師が素朴な疑問を呈す。同感だ。
村は隔離された里らしく、散村だった。つまり固まって家屋があるわけでもないし、村を守る柵などもない。攻め込まれたら占領は簡単にできてしまっただろう。
それでも、村の集会所や市場となる中心があってそこには共同の大きな倉庫や、たぶん醸造所なんだろうと思う煙突付きの大きな建物がある。
とりあえずそこを目指してのこのこ歩いていくと、予想通りというか、少し手前で数人の武装した男たちに囲まれた。
武装といっても、刺し子に薄い鉄板を急所にはりつけた簡単な鎧に木をくりぬいたらしい陣笠みたいな冑と顔を保護するのっぺりしたお面、そして手にしているのは派手な房のついた槍や剣。
口々になんか叫んでるが予想通りさっぱり何をいっているのかわからない。
「ええい、人間の言葉でしゃべれよ」
怒鳴ると相手もやっとわかったらしい、少し待ての仕草(これはわかった)の後、少しして野良着の初老の男がつれてこられた。
「あんたら、何だときいてるんだが」
わしも知りたいという様子で村人は聞いてきた。
鏡医師が医者で、疫病の拮抗薬を持ってきたと説明すると、彼はほっとした顔をした。
「助かるよ。なかなかこないなと思ってたらこんな有様でね」
「こいつらなんだい? 」
「イスフェリア伯の兵士だよ。今まで見つからなかったのに、急にきやがった」
「誰だい? 」
返事しようとした村人を兵士が小突いた。
「雑談がすぎたよ。ちょっとまってくんな」
村人が聞きなれない言語で説明すると、兵士たちは急に議論を始めた。一人が誰かに報告するため走り出し、金ぴかの立派な甲冑の口ひげ男を連れて戻ってきた。
彼はやっぱりよくわからん言葉で説明を受けて顔をしかめた。その目が鏡医師に向いているからなんとなく女性への偏見だろうなと思う。俺もこっちよばれてクソ上司の尻にしかれるまではまったく同感だった。
まあ、でも成功だったんだと思う。
集会所に連れてこられた俺たちはそこに集められ、横たえられた患者の群れをみたからだ。この村が二百人くらいとしてその一割、二十人が横たわってる。びっくりしたことに、大きなテレビがあって何かの番組が流れているのを暇そうに眺めている。電波が来るとは思えないし、ケーブルテレビのケーブルをなんとか通しているのかな? それなら電線があるのもわかると思った。
「先生、患者です。伯爵家の騎士様が治せるなら治せと」
あの通訳の村人が口ひげ男の捨てセリフを翻訳してくれた。
「多いわね」
薬は五人分くらいしか残っていない。とてもたりそうにない。
「追加の薬は今とりよせているところだけど、手持ちが足りません。これから診察して少し待てる人と待てない人を見分けます」
彼女は患者たちにそう宣言した。一人、異国の風貌の若者がきょとんとしている。
「もしかして、彼って」
「ああ、イスフェリア伯の兵士だよ。発症したのは彼一人だが、それでこんな隔離をすることになった」
鏡医師が困った顔になった。診察するにしても言葉が通じないのは不便だ。通訳してもらいながらということになる。
それでも彼女はなんとか一通り診察をしてのけた。その間に患者とのやりとりでいくつかのことがわかってきた。
イスフェリア伯というのは、穴の向こう側の領主らしい。ただし、世襲ではなく中央に任命される必要があり、問題なく治めている限りは世襲も可能。功罪によりより豊かな領地に封じられることもあるが、地位を取り上げられたり、小規模なところへの領地替えを命じられることもあるという。なので、イスフェリアとは家名ではなく治める領地の名前なのだという。
イスフェリア伯領との行き来は、皆無ではないがほぼ必要がなく、あちらに里の存在を知るものはないはずだった。だからこそ巧妙に隠されたあちら側の入口が見つかるはずはなかったのに、つい十日ほど前に不意に伯の兵士四十名が踏み込んできたそうだ。
里長ほか主だった者は今でも監禁されているらしい。
これは交渉どころじゃないな。
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