第20話 桃の里⑥

「なんなのあれ」

 結界を説くと、少女の文句が飛んできた。

「それは後で、何かあったの? 」

「怪我人が。いまここにいるお医者さんは鏡先生だけだから呼びにきたの」

 鏡医師の反応は早かった。

「すぐ行くわ。患者はどこ? 状態はわかる? 救急車は呼んだ? 」

 そう言いながら彼女は上着を羽織り、自分の診察かばんを肩にかけた。

「楯野さん、土師くん、ちょっと行ってくる」

「待った。俺も行く」

 これが罠じゃないってなんで言えるのか。彼女には人質の価値がある。

「僕もいきます」

 そういう土師君はかばんの番をしてもらわないと。

 怪我人は屋敷からさに山のほうに少しあがった農家の爺さんだった。連れ合いをなくした一人暮らしで娘さんが集落に嫁ぎ、息子さんはかなり若いころに反対を押し切って逃げるように都会にでてしまったという。そして例の病気の患者でもあった。

 処方された拮抗薬で少し元気になったところでほったらかしにしていた畑を見に出て怪我をしたという。

 本人に意識があったのと、携帯電話をもっていたのが幸いした。彼は助けを求め、はずした雨戸で運ばれて自宅の縁側で唸っていた。

 怪我は太ももだった。長い刃物でさされた傷で、大動脈ははずれていて致命傷にはなってなかった。救急車は呼んでなかったので、俺が家の固定電話を借りて呼んだ。

 爺さんは畑にひそんでる数人に気付いて怒鳴りつけたところを刺されたそうだ。

「わけのわからん言葉を話す三人くらいじゃった。どこぞから逃げた外国人じゃないかな」

 そんなのがうろついているのは危険じゃないか。

 この集落にもいるはずの駐在の姿がなかったので、俺はもう一回電話を借りて警察も呼んだ。

 詮索されると俺たちも不都合なんだけどね。

 と、思ったら鏡医師がいとこのクソ上司に携帯をかけて、なんとかしてもらえるよう手を回してくれることになった。やってることはなんだか悪党みたいだ。

 戸田執事がやってきて、大騒ぎにするなと慇懃に文句を言ってきたが、鏡医師はふたつの事実をつきつけて黙らせた。

 致命傷ではないが、深い傷でありきちんとした手当ができるところに運ぶべき。

 明らかに銃刀法違反の刃物を持った暴漢が集落に侵入しており、警察に任せないと今度は死人がでるかもしれない。

 不安な集落の人々はこぞって彼女の言葉を支持した。

 爺さんは町の病院に運ばれていき、村人は家から出ないよういわれた。

 警察は最初パトカー一台だけだったが、爺さんから事情をきくと応援を呼んだ。盾をもった眠そうな警官が全部で十名ほどやってきて警備についた。夜に暴漢を探しても危険なだけなので、翌日きちんと動員して山狩りをやるらしい。

 屋敷に戻った俺たちは、鵺野老人にやんわり文句を言われた。

「相手はためらいもなく人をさす凶悪犯ですよ。野放しにしろと? 」

「わかっておる、ありがとう」

 強い。気圧された鵺野老人はぶつぶついいながらしぶしぶといった感じ感謝の言葉を述べた。

「警察に事情聴取に呼び出されています。行ってきます」

「すまんが、その」

「余計なことは言いませんよ。わたしも余計な面倒はごめんです」

 今回は土師君につきそってもらって鏡医師は出かけて行った。怪獣の足音でも聞こえそうな歩き方だった。彼女は普段は滅多なことでは怒らない人間なんだろうなとなんとなく思った。

 気づくと鵺野老人が俺をじっと見ていた。

「あんたを知っておる。写真を見せられた」

「誰にです」

「賢者殿だ。あんたらが来る二日前までここにおった」

 これはびっくりだ。そして俺にもぴんときた。あのカメレオン野郎と間違えているに違いない。

「あの医者を追い返すためなら協力する。わしらはどうすればよいかね? 」

 これが罠じゃないという保証はないけど、爺さんのこれは演技には見えなかった。

 俺は一芝居うつことにした。

「あんな連中が入り込んでくるなんて聞いてない。計画の修正に情報と時間がほしい。あの爺さん刺したやつらについて心当たりは? 」

 でまかせだ。もちろん計画なんかない。ないが見直しってことならこれでいいだろう。

「できて一度きりと聞いておる。あれこれ余計なことを指図するなとな」

 さすが路地裏の賢者、このワンマンな爺さんにもしっかり釘をさしてるな。

「それで、連中の正体に心当たりは? それがわからんとどこで破綻するかわからないので、あるなら教えてほしい」

「一つあることはあるが、確かめる時間がほしい」

 ほう、あるのか。

「わかった」

 訳知り顔をしながら、俺は混乱していた。

 鵺野老人と路地裏の賢者につながりがあるのはわかった。じゃあ、あの騒ぎを起こしたのは誰だ? 賢者の手の者が鵺野老人に連絡なしに侵入したのか。関係が破綻しているとは鵺野老人は思っていない。彼もまた賢者にはめられているのか?

 爺さんの傷については一点疑問もある。あれはおそらく長い刃物、両刃の細身だがしなやかな鋼のもので突かれたものに見えた。そういう貴族なんかの携帯武器にむいた剣は製鋼技術がそれなりに高く、こっちのように火器が主体となってないところのものだ。俺んとこも作れる国は召喚された時点ではなかった。昔はその技術もあったらしく、遺跡などで古代のそれが見つかって高値がついている。持てるのは厳重な警備ができる大領主など有力者だけ。

 こっちでも製造は可能だが法律の関係で気軽に持ち歩けない。隠しやすい小型拳銃のほうがまだましだろう。

 といっても映画なんかでみたがやくざ者には剣を好むものもいる。

 ただ、一つの考えがもっともそれらしいと俺には思えた。

 犯人は、穴の向こうからやってきた。見慣れぬ村に警戒し様子を探っていたところで爺さんに見つかった。

 だが、三人という人数が気になった。迷い込んだにしては少し多くないか?

 そして、その通りだとすると鵺野老人に心当たりがあることが気になった。

 もしかしたら。鵺野老人のいう応援とは賢者の手の者ではなく、穴の向こうの何者かだったのではないだろうか。

 俺は遮音結界を張って、クソ上司に連絡した。

「そう、連絡してくれてありがとう。すぐにでも誰か派遣するわ」

 淡々と答えるその声は平静を装っていたが確かに動揺が隠されていた。


 翌朝、夜明けとともに警察車両がはいってきて機動隊やら防刃ベストをきた警官やらが集まって山狩りが始まった。その面子を遠く見てた鏡医師が顔をしかめた。

「いるわ。見覚えのある顔」

 どういうやつかきくと、「いやなやつ」という答えだった。一応、本物の警官でここだと所轄が違うのだが、応援と称してはいりこんでいるのだろうという話。

「とにかく鼻のきくやつよ。話題の賢者殿も彼が追ってたはず」

 追ってなくっていいのかね。

「すずの考えることはわかるわ。さっさと済ませてしまいたんでしょう」

 すずって誰だろうと思ったらクソ上司のことだった。彼女の本名の一部を初めてしった。仕事用の名前はもちろん知っている。だいたい四つくらい。

「このへんにいたら確実に見つけるよ。あいつ」

 この山狩りは思わぬ影響があった。

 捜索が落ち着くまで、家を出ないように言われたのだ。一応スーパーに買い物にいくなどは大丈夫なのだが、俺たちの場合は見つかると面倒ということで鵺野家の面々に禁足をくらった。

 昼食を終え、暇つぶしのトランプも飽きてきたころに来訪者があった。

「土橋さん…」

 苦い顔の鏡医師、そしてこぎれいな背広の日に焼けたにやけ顔の猛犬のような顔の男。年齢は四十前くらいに見える。

「どうも、鏡さん。済みましたよ」

 どや顔ってこういうのなんだな、という顔で彼は鏡医師に報告した。

「早いですね」

「あっちから迷い込んできた人間の行動パターンはいくつも見てますからね。今回は三人もいたので、見つけてから制圧まで少し手こずりました」

「怪我人は? 」

「出すようなヘマはしませんよ。たんこぶができたかできなかったかくらいです」

 ほっとする鏡医師。俺としてはそれ以上が聞きたい。

「ええと失礼。楯野です。どんな三人でしたか? 」

 土橋はあんまり好印象を得ない笑顔のまま俺に会釈した。まぶたの隙間からのぞく目がおそろしく鋭い。魔力はわずかに感じるが鏡医師と同じくらいでたぶん魔法は使えない。ただ、その分感知能力がやたら高そうに思えた。

「どうも、お噂はかねがね。土橋です。社長とは結構長いつきあいでしてね」

「俺はあなたのことは全然聞いてないんですが」

「一応、なんかあったときのために名前、特徴、人となりを聞いてあります。あなたがたが警察に捕まったときに手をまわせるようにね」

 それはどうも。

「それで捕まえた三人のことですな。まあ、どこのかはわかりませんがどっかの穴の向こうから来た連中ですな。シンプルな鋼の突剣をもったのと、大型ナイフ一本で魔法の発動具らしい札を束ねたのをもったのが一人と、身の短い幅広剣と半弓と箙をもったのが一人。お揃いの服に蔓を荒く編んだ肩掛け、おそらく隠蔽の魔法具をつけていろいろぶら下げた背嚢を背負っていました」

 それはどう見ても斥候の一隊じゃないだろうか。魔法担当、直衛、そして追跡と観測担当。

「言葉は? 」

「さっぱり通じないので、国籍不明の不逞外国人ということで拘留しています。とりあえず山狩り体制解除ですので、夕方近くになれば動ける、それを言いに来ました」

「さっさとやれってことね」

 鏡医師の言葉に土橋はにーっと笑った。

「これを渡しておきます。証拠品なんですけどね」

 差し出されたのは、繊細な線刻のほどこされたカード型の銅板だった。土師君が代表して受け取り、うなずいた。

「たぶんこれです」

 里への入口をあけるキーだった。

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