第18話 桃の里④

 診察は往診の形を取ることになった。そうなると大勢でぞろぞろいくのは目立つ。

 目立つと思われた俺は穴の中の里の分の番をするよういわれて居残りになった。残りの二人がかばん持ちと医者として出かけていく。

「盗まれるかもしれないから注意して」

「誰が盗むんです? 」

「反対派の誰かさん。もめてるっていってたでしょ」

 話くらいまとめてからもってきてほしいものだな。

 そういうわけで、まずは昼まで、かばんをかたわらにぼけっとテレビなどみながら過ごした。

「お暇そうですね」

 家の人が気にかけてそう声をかけてきて、やれどこかの風景がきれいだとか、こういうものを見に行かないかと入れ替わりで誘ってきたが好意半分だが、どのお誘いもかばんをおいていくしかないのでお断りした。彼らがどこまでその意図をもっていたか知らないが、かばんをおいていかせようとたくらんだ誰かがいたように思う。

 昼食の時間には二人が戻ってくるかと思ったが、どうも往診先で供応されているとのことで、俺は一人でぽつんと膳を据えてたべることになった。ひきぐるみの山菜蕎麦に少しどろっとした味噌のたれをつけて食べるそうだ。薬味もあまり知らないのが四種類くらい。ぷちぷちした実山椒のようなのは少し魔力回復効果があった。たぶん穴の中にあるという里で取れたものだろう。

 こういうのを出したのは純粋にもてなしの心だったんじゃないかと思う。美味かった。魔力も横溢してきて、これはひさびさにまともな術が使えそう。

 というわけで使った。鞄をシールドで覆って守ってしまったのだ。もっと強い魔力でぶん殴るか、時間が来るまで誰も動かせなくなった。

 ちょうどその後に今度は昨日のお手伝いの娘さんが俺をひっぺがしにきた。彼女以外はみんな二回くらいきているので、面倒を押し付けられたらしい。

 ただ、彼女の手管は少し違った。いや、手管でさえなかった。

「うちのアニさと話をしてくれる? 」

 そりゃ誰だ。

「アニさはあたしの従兄でカナの弟子だ。カナは里の恵みの司で、神主のようなもんだ。アニさはカナの使いであんたがたと里のつなぎをやってる。たぶん、鏡先生と面識がある。ここであんたらに会うはずだったんだけど、大旦那様がいいがかりをつけて閉じ込めちゃった。今ならあんたにならこっそりあわせることができると思うよ」

 ほう。つまりここから里へはそのアニさが案内してくれるはずだったのか。

 俺はちょっとかばんを見て少し迷ってから決断した。

「案内してくれ」


 屋敷の真裏、厳重に閉ざされた重そうな鉄扉の向こう、そこにある少し崩れかけた古い土蔵が目的地だった。鉄扉は厳重に錠がおろされていたし、あけたてすれば確実にきしむので少女は俺を一度、正面の門から連れ出し、見晴らしの悪いほうの塀の横から回り込む道を先導してここまで連れてきた。塀にそって溝がきってあり、ちょろちょろと山の水が流れている。この溝は掃除をまめにやるらしく、傍らの人一人通れるくらいの幅に刈り込まれた道があった。塀には大きなむかでがはっていて、ここがやぶで踏み込むことになったらぞっとしない目にあいそうだとわかる。少女も手に棒きれをもって前をさっさと薙ぎながら歩いているのは蛇かなんかよけなんだろう。

 土蔵の元の扉は腐食して傍らに投げ捨てられ、かわりにプレハブ小屋かなにかにつかうサッシ戸がはめられていた。中からはテレビものらしい音が聞こえている。

 あらいざらしのシャツにジーンズの、少し少女に似た感じの青年が鉄格子の向こうでマットレスの上に横たわってお古らしい液晶テレビをつけっぱなしにしてスマートフォンをいじっていた。

「どうしたの? 今日は早いじゃないか」

 こちらを見る様子もなくなげやりな彼は、俺の気配を感じとったようだ。

 きっとこちらを見て、目を丸くしている。

「政府の人よ。時間はあんまりないから急いで」

 しょうがない。俺がうさんくさいのはしょうがないが、ちゃんとなのろう。

「俺は楯野という。穴ふさぎの仕事をやってるもんだ。ここには拮抗薬をもった鏡医師とあと一人と一緒に来た。目的は里にはいって治療と閉鎖についてきちんと交渉することだ」

 クソ上司に呼び出されてこきつかわれていることも、貧乏が最大の敵なことも、故郷はそれなりの実力者扱いだったこともこの際はどうでもいい。

「あんたが里への案内人なら、どういけばいいのか教えてほしい」

 こいつも一種の魔法使いだってことは、こうやって話している間にもなんとなく感じ取れてきた。こいつもそう感じ取ったに違いない。

「出入りができるのは、子供とある程度の魔力をもった人です。あなたがたなら入れるでしょう。ただ、出入りにうちの師匠のかいた符が必要で…」

 もちろん、そんなもの彼は取り上げられた後だった。

 ただ、里のほうでは俺たちの来訪を受け入れるつもりで、外の村のトップである鵺野老人が反対しているという状況らしい。

「何者かわかりませんが、応援をまってるらしいです」

 ああ、うん、そいつらについては心当たりがある。

「里でその符をもってるのは? 」

「里長の大旦那と、若旦那です」

 絶対貸してくれそうもないのと、迷ってるが日和見もきめてるやつか。

「ありがとう、なんとかしてみるよ」

「お願いします。招いておいてお力になれずもうしわけない」

 ほんとうにもうしわけなさそうに彼は言った。


 戻ってみると、片付けを忘れたらしいハンマーが土間にころがっていた。工事で杭なんか打ち込むやつで、結構重く頑丈なやつだ。こんなものどこにあったんだろう。

 そしてかばんは当たり前のように置いたところから動いていなかった。

 力任せじゃ破れない。これはそういう結界だ。

 やりかたを知ってればこう、ちょいと触るだけで簡単に動くんだけどな。

  ひょいっとかばんを持ち上げたのを見て、薪を運んでいた中年の男が目を丸くしていた。この男はたぶん、あの少女の父親で元中居のハウスキーパーの夫だろう。

 かばんを置きなおしてトイレに立つと、かばんのほうに誰か近づく気配があった。

 まあ、動かないんだけどね。

 ところが、トイレから戻るとかばんがない。

 さあっと血の気が引いたよ。

 やばい。やられた。誰だかしらないがなめてた。大慌てで奪ったやつの姿を求めてどたどたしてると、のんきな声が俺を呼び止めた。

「楯野さん、なにかあった? 」

 声の主は土師君だった。鏡医師もびっくりしてこっちを見てる。終わってもどってきたのだな。

「いや、それどころじゃない。薬のかばんが」

「これ? 」

 彼の手には見覚えのあるかばん。同じかばんが鏡医師の手にもある。

「不用心だからあずかったんですがまずかった? 」

「いや、うん、その、まあありがとう」

 不用心だったのはまちがいない。土師君がちょっと見ただけで動かし方を理解してしまったのだからホント何もいえない。

「トイレ行ってる間になくなったものだから焦ってしまった」

「待てばよかったんですが、二人ともくたくたで」

「診察は終わった? 」

「終わりました。移動が大変だった」

 村の患者は一通り診たという。もっていった薬が少し足りないので、取りに戻ったそうだ。処方はしてあるので、不足分をこれから土師君がもっていくという。

 鏡医師は書き込んだカルテを診療所に戻しに行くそうだ。

 一応、診療所での診察という体裁らしい。

「その前に少しいいか」

 俺は結界の要領で三人の周囲二メートルくらいを覆うように空気を固定した。このままほっておくと流れない空気の酸素を使い切って窒息だが、必要な時間はそんなにない。空気が動かないから当然、音は外にもれない。

 裏に監禁されていた青年と彼から聞いたことを本当にかいつまんで俺は伝達した。

「まずいわね」

 鏡医師が顔をしかめた。

「今朝、若くないけど若旦那のほうが車ででかけていくのを見たわ。しばらく県の仕事で帰ってこれないって挨拶されたけど、あのときなんですまなそうな感じだったのか全然感づかなかった」

 つまり、反対派の惣領である鵺野老人しか里にはいる手立てをもっていないということか。

「鵺野老人のさしがねでしょうね。タイミングからして」

 何が何でも俺たちを里にいれる気はない。そのためには里にはいる手段を預けている息子が不安要素だ。そういうことらしい。そんなに思うなら取り上げればいいのに、と思うがそれはそれで鵺野老人には不都合な事情があったのだろう。

 だが、里の連中の分は鏡医師ががんばっているので薬が処方できない。それは鵺野老人の立場を悪化させることに間違いはない。彼は里長だが、あくまでこちらがわのこの集落での長にすぎない。桃の里と呼ばれる穴の中の集落のトップからすれば幹部の一人でしかないのだ。

 だから、このにらみ合いは俺たちに分があるはずだった。

 だから、彼のいっていた「応援」がいつ、どんな形で来るのか気になってしかたなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る