第15話 桃の里①
しばらく姿を見ないと思った伍堂が松葉杖に三角巾という非常にわかりやすい姿で戻ってきたのでさすがに俺も驚いた。
「ダンプカーにでも喧嘩売ったのか」
「お前は俺をなんだと思ってんだ」
いや、主君ラブな脳筋だと思ってるが。
「社長の命令でな、穴の警備についてたんだよ。で、襲撃を受けた」
ゴルフクラブやバット、ナイフを持った五人組に襲われたそうだ。
「喧嘩馴れした連中だったが、銃はもってなかったから助かった。穴の近くだからこっちは魔力の助けもあったのがよかった。で、このざまだ」
「それで、畳まれてしまったのか」
「いや、全員倒した。手加減できなかったから半分以上は死んだと思う」
伍堂は銃はもちろん刃物はもってなかったらしい。使っていたのはクォータースタッフ。警察に引っ張られるのを警戒していたそうだ。
おだやかでない話だが、よくよく聞くと、守っていた穴はどうやら先日保護した西口青年らしい。暴漢の目的を伍堂は知らなかった。
「あとは社長とボスに任せて病院にいったから知らね」
で、ずたぼろの伍堂が俺んとこにきた理由は簡単だった。
「社長が呼んでる」
「もしかして、今度は俺か」
「いや、たぶん別件だよ」
そもそも病院と家であわせて一週間くらい静養したあとなので、かわりを頼むとすればあまりに遅すぎる話だという。
「まあ、行ってみなよ。俺はこれから静養にいってくる」
クソ上司が珍しく費用と紹介状を出してくれた、と伍堂はうきうきしていた。ただごろごろするだけでなく、リハビリ用のジムを備えた設備だそうで、そんなのあるなんて俺は初耳だった。
「楯野はでかい怪我しねぇからな」
う、防御特化だからな。ちょっと損した気分だが怪我はないほうがいいにきまっている。
何でも屋の事務所に行くと、くわえたばこに老眼鏡の仁さんに黙って会議室を指さされた。その目はスポーツ新聞からまったく離れていない。よく俺だとわかるもんだ。
まあ、この人もただものじゃないからな。俺や伍堂とは違うが、クソ上司のところから派遣された経歴不明のとっつぁん。
会議室には社長と土師がいた。
「おう、やっときたな」
「文句なら伍堂に言ってくれ。やつの伝言うけてまっすぐきたんだから」
「うん、怪我人に文句は言えねえな。そいじゃ用件にはいるとするかね。さっきまでの話はまたな」
異世界の魔王が異世界からの帰還者に何の話をしてたのだろう。
まあ、そのうちどっちかから聞こう。今はそれより仕事の話だ。
「で、今回はどんな話で? 」
「それよ、仕事はもの運びだ。ほいでもって護衛で偵察で交渉だ」
おなかいっぱいな話だな。
「護衛の対象は? 何を偵察すれば? 誰と交渉? 」
土師くん、負けてないな。
「それと運ぶものは? 」
「お、おう。順番にな」
社長が気圧されている。何を聞いたのかしらないが、土師くんやる気だ。
順を追って社長のしてくれた話を要約するとこうだ。
とある集落に疫病が流行っているので効果のある薬を処方、処置のできる医者ともども送り届ける。普通の疫病でも拮抗薬でもないし、医者も本物だが普通の医者じゃない。俺たちが行くのだからもちろん穴がらみだ。偵察するのは穴だし、交渉はまぁ穴をふさぐ同意を取るということらしい。そんなもの必要ないのかと思ったが、普通の穴ではないそうだ。
「人が住んでいるんだよ。彼らが退去しないとふさげないし、ふさぐのも時間と人手がかかる。何しろ、穴は出口と入口が細くなっているが真ん中は広々して村一つ生活していけるくらいあるからな」
桃の園、と呼ばれこれまでは中国のどこかにあると思われていた穴だそうだ。
なので、中国の魔法使いたちが俺たちみたいなのを使ってずっと探してきたのだが、この国では完全にノーマークだった。
「移動したのかさせたのか、最後に目撃されたところはたしかにあっちだったんだがね」
その桃の園で魔力由来の疫病がはやっているという。困り果て、とうとうクソ上司の属する政府組織に助けを求めた結果、薬、医者の派遣となった。
「ってことはどんな疫病かわかってるんだね」
「まだ、魔法が普通だった時代にどこかの穴の向こうからやってきた病気らしい。そのころの記録がかなり残ってるのと、魔法使いが時々罹患するので薬と処置は伝わっているんだとよ」
ときどき、ね。
「社長、もしかしてそ桃の園って外と交流が? 」
「冴えてるな。楯野の言う通り、やっこさんたちはこっち側の入口の近くに集落をつくってる。お前たちがまずいくのはそっちになる。これをもってけ。これから医者んとこにいく。一緒に行くんだ。そして桃の園にいれてもらえるよう交渉するんだ」
社長に薬の入ったケースを渡された。
「薬を受け取るってことは連中、退去に同意したんじゃ? 」
「もめてんだとよ」
面倒をさらっと押し付けられたぞ。
「そこ、くわしく」
「わりぃ、俺もそれ以上知らねぇんだ。現地で確認してくれ」
めんどくせぇな。
「まさか、交渉ってそれかい」
「交渉自体は医者とボスのほうから誰かいくから手伝いだな。そういうことになってる」
「やな予感しかしねぇ」
「俺がいければよかったんだが、伍堂があれだろう。こっちの仕事をやるやつがいねぇ。わりぃが頼むよ」
しかたねぇ、ということだ。
社長の車で連れていかれたのは池袋のクソ上司のいつもの事務所。そこで俺たちは医者と合流した。若く見える女だが、ちゃんと免許もっている一人前の医師ならまぁまぁのトシのはずだ。そしてクソ上司に似ていた。派手なファッションがじゃない。顔だけだ。黒髪をきちんとまとめ、動きやすそうなパンツスタイルに大きなカバンを下げている。化粧も最低限っぽい。地味だ。
「鏡弥子よ」
クソ上司に何人もいるいとこの一人らしい。家業の関係で穴については知ってるが、魔法はさっぱりだそうだ。
確かにクソ上司のように色気と魔力は振りまいていない。クソ上司とはあまり仲もよくなさそうだ。なんだかよそよそしく、無意識に距離を取ってる感じがある。
「で、楯野さんと土師さんにもっていってもらいたいのがこれね」
ごついスーツケースがどんと二つ。この中身が拮抗薬らしい。結構重い。
「手荷物料金は持つけどさすがにこれ私ひとりじゃ無理なんでよろしくお運び願いします。泊りがけの出張になると思います。準備ができたら明日の朝こちらで合流しましょう」
乗る予定の電車の時間を聞き、土師くんと少し話をして持ってくるものを調整した。大学は大丈夫なのか心配になったが、うまく都合をつけたらしい。一週間なら大丈夫とのことだった。鏡医師もそんなにならないという。なるようなら一度引きあげることになるはずとのこと。
鏡医師もそれまでにやっておくことがあるらしい。
「ひさびさの池袋だから、乙女ロードあたりいくんだと思うよ」
「こら。いうな」
訂正、クソ上司とは実は仲がいいのかも知れない。
そろそろ引っ越したい壁の薄いアパートに戻ると、隣の部屋の内見中だった。ここは淫魔の佐奈子にとりつかれていたサラリーマンが住んでいたのだが、いつの間にか引っ越したらしい。
「おや」
「ありゃ」
俺の時にもつきあってくれた、ちょっと作り笑顔の不気味な不動産屋に会釈したあと、内見していた人物と俺は思わず驚きの声で挨拶をかわすことになった。
妖艶な美青年、西口だった。確かクソ上司の保護を受けてどこか秘密の場所に囲われていたんじゃなかったか。男性恐怖症の男性である。
「もう、大丈夫なの? 」
「おかげ様で」
まだまだ男性は苦手らしく、不動産屋にも俺にもあまり近づこうとしない。
ま、仕方ないよな。
それに、さっきから魔力がまったく感じられない。
どうやら彼の中にあった穴は無事に処置できたようだ。どうやったかは、この世界の魔法使いたちではないのでわからんが。
他にわかりそうなのがいるとすれば路地裏の賢者か。あの爺さんが何者かわからないが、クソ上司と同等の知識と技術をもってるようだ。
「それはよかった。もしかしてここに入るの? 」
お隣が俺だと知った西口はそれほど驚いた様子はなかった。
「たぶん、短いいお付き合いになると思いますがよろしくお願いします」
「ここ、壁が薄いから騒音に配慮してね。用事があったら壁を叩いてくれればわかる」
家賃が安いわけだ、と西口は唖然としていた。だが、選ぶ余地がないのかやめるとはいわなかった。
彼らは契約書類を作るため、一度不動産屋に戻るらしい。じゃあ、またねと簡単に別れの挨拶をして俺は自分の部屋のドアをあけた。
何か糸の切れる気配がして、ちりんと足元で鈴がなった。
ぴりぴりとした危険な気配が俺の肌を焼く。あたりには魔力が満ちていた。
やられた。迷宮の賢者がなんでかしらないが俺に罠をはっていたようだ。
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