第14話 罠②(終)
ところでなんで佐奈子も来るのか。
同じことは彼女も思ってるようだが、手当に目がくらんでいる。
質問の答えは背中の人形から聞こえた。
「あーあー、テステス、聞こえるね。じゃあ答えよう。相手が若い男性なら、女性なら心を許すかもしれないからだよ」
そんな、あからさまな理由かい。
「じゃあ、佐奈子だけでもいいんじゃないか」
「佐奈子くんは君や伍堂君みたいな軍人じゃない。か弱い女の子を守る騎士が必要じゃないか」
か弱い女の子、ねえ。
スライム型の淫魔が女子高生みたいな皮かぶって人間のふりしてるの、か弱い女の子といっていいんだろうか。
なんてことを思っていたら脇腹を肘で小突かれた。こいつ、中身スライムなのにしっかり骨格っぽいもの再現してるな。ほんとに痛かった。
「失礼なこと考えているでしょ」
「なんでわかった」
「そのくらいの読心ができなくって淫魔ができるもんですか」
そうですか。たぶん顔に出てたんだろう。
「んじゃいくか」
「手、つないで」
「え? 」
「なによ」
嫌そうな顔をしちゃったのか、口を尖らされた。こいつ、人間の真似がめちゃくちゃうまくなったな。
「はぐれないようによ、決まってるでしょ」
片手がふさがってるのはいやだな。いざとなったら振り切って対処するしかないか。
それからしばらく、俺たちはゴミ屋敷を徘徊した。残念だが、閉じてつながった空間をただぐるぐるしている。それはわかった。
「埒が明かないわね」
同感だ。これまでにトイレのドアは七回、襖は十一回開けたが押し入れにもトイレにもお目にかかれていない。
「そういえば、窓は見つからないのね」
クソ上司の指摘に、俺もあれ、と思った。ゴミ屋敷の部分だけでこの狭い部屋の全部が見えているわけではない。押し入れ、トイレの向こう側、それに家具類もベッドなどあって当然のものがない。
「一度出て、窓を試して」
一階なのをいいことに、俺たちは裏に回った。隣家の塀がせまっていて人一人横向きにしか通れない広さだ。当然のように蜘蛛の巣だらけ。
「ここはレディファーストで」
「心にもないこといわずに行けよ」
膝を蹴られた。右手にはクソ上司にわたされたガラス切り。なんでそんなものもってきてんだよ。
顔にべとべとつきそうなのを払いながら、目的の窓までいけば、曇りガラスの向こうは真っ暗な様子。
鍵が開いてると世話がないなと思って押してみたら少しひっかかるものの窓は素直に開いてくれた。
「はぁ」
ガラス切りをポケットに放り込んで中をのぞくと、何もない普通のアパートの部屋でしんと静まり返っている。
隣と間違えたかなと思ったが三部屋ならびの真ん中なので間違えようもない。ホラーあたりにありそうな、表と裏で部屋数が違うなんてこともない。
押し入れの中に気配を感じる。だが、寝ているのか窓があいたことに反応した様子はない。
反対の塀に足をかけるようにしてひょいと中に飛び込む。押し入れの気配はやはり動かない。室内には本当になにもなく、暗くしんと静まり返っていた。
なのに窓の外でぴょんぴょんとんで助けろといってる女のようなやつに少しいらっとしてしまった。
まあ、中にはいるの助けたけどさ。
押し入れをあけるのは最後にして、トイレと風呂場をあけてみた。
真っ暗な中に古びた便器や浴槽がある。灯りのスイッチも普通についた。
「開けるぞ」
親指をたてる佐奈子。こいつわかってんのかな。
押し入れをあけるとシーツの国があった。
明らかにおかしな広さの中にどこもかしこも布団やクッションで隙間なく覆われ、中にいる人間を保護するような感じにできている。白く明るいその中心には白い襦袢姿の若い男が一人、胎児のような姿勢でふかふかの布団にくるまっていた。
なんとなく、ここに踏み込んではいけない気がした。真っ白なシーツを汚すとよくないことが起きそうだ。
なぜなら、その部屋は強い魔力で満たされていたから。
穴を通じて彼方の世界と行き来すべき魔力がここに滞留してる。卑近なたとえだと、漏れたガスが充満して爆発の危険のあるような、そんな感じだ。
爆発したら、ここにいるのは家主も含めて誰一人無事ではすまないだろう。
「連れ出して」
クソ上司が人型経由で指示してきた。
何度か声をかけると、彼はようやく顔をあげた。
「あらまぁ」
佐奈子が食欲むき出しの声をあげた。まぁつまり嬌声だ。
彼、こと西口は白皙の美男子だった。表情に翳りがあるのがまたやたらな色気になっている。これはさぞもてるだろうな。
だが、彼の俺を見た反応は恐怖だった。
表情のこわばりとともに充満した魔力が共鳴しはじめる。反射的に俺は彼の視界外に逃げた。
いまにも爆発しそうな緊張はそれで少し緩んだが、まだまだ少し危ない状況だ。
「楯野君、君が怖いみたいね」
なんですと。失敬な。と、いいたいがバイトの面接に落ちまくったこともあって、俺の気持ちはへこんだ。
「佐奈子ちゃん、お願いしていいかな」
「食べていいってこと? 」
「おいしそう? 」
「うん、とっても」
「じゃ、ぺろっとやっちゃって」
なんつうやりとりだろうなこれ。
邪魔をしないよう風呂場にでもこもってまってろといわれた。
終わるまで三十分くらいかかっただろうか。
風呂場のドアをノックして終わったと教えてくれたのはクソ上司だった。
押し入れのほうからは話し声が聞こえる。西口と佐奈子がピロートークでもやってるんだろうか。
「じゃ、帰ろうか」
「いや、俺まだバイトが」
「そういう意味じゃない」
そういうとクソ上司は玄関のドアを圧した。
魔力がこもった掌底だった。みしりとドアが音をたてたような気がする。
次の瞬間、ばあんと勢いよく扉が開かれ、外の光がさしこんできた。
背後のしじまが消え去り、ゴミの触れ合う音、人の身じろぐ気配がする。
振り向くとゴミ屋敷だった。ただし、迷宮化していないし、奥にはちゃんとあけたままの窓が見えている。
そして崩れゴミの中に汚いジーンズ、シャツ姿の西口がこの上なくつやっつやの顔で襟元を直している佐奈子とこっちを見ていた。
先ほどのような恐怖の表情はないが、やっぱり俺が苦手なようだ。
悪かったな、こんな顔で。
「大丈夫、この人は違うから」
佐奈子が何を聞いたのか訳知り顔でなだめてくれるのはいいが、やっぱちょっといらっとする。しかもなんかごにょごにょ耳打ちすると西口のやつ、急に晴れやかな顔になって俺とクソ上司を交互に見た。
なにを適当なこと吹き込んでんだ。
締め上げたかったが、さっきの危ない様子を思い出して思いとどまった。
そもそも腹が減る。またクソ上司にたかるのはいやだ。
とりあえず、バイト仕事を完遂して俺はバイト代をもらうんだ。
「少しだけ話できるか。倉庫整理の仕事の件なんだが」
あの梱包の内容明細がこの混沌の中からすっと出てきたのはびっくりだ。
だが、もっと驚かされたことがある。
「主任も知ってるはずだよ」
なんですと。じゃあ彼はなんで俺をここまで。
その謎は、結局解明されなかった。
現場に戻ると、主任は姿を消していたからだ。あれから戻ってすらいないらしい。
その後、バイトの期間が終わって、給料をもらうまでにいろいろなことがわかった。
俺の採用は主任の判断だったこと。その主任も務めて二、三年で履歴書によれば前は福祉課の公務員だったということ、その後実家にも戻っていないこと。
放浪癖があるから、と家族は気にしていなかったそうだ。
そして西口青年のことだが、彼はクソ上司が保護したそうだ。
最近は滅多にいない人への封印というもので、これを解除しきちんと閉じるために雇用と職業訓練ということでどこかで保護して研究しているらしい。
もともと人への封印は、穴を移動させるための一時的な措置だそうで、長くなるとリスクが大きくなるそうだ。主に感情的な爆発、それで本人含めて魔力爆発を起こし、あとにはふっとんだ爆心と完全に開放された穴が残る。
そして彼は非常に不安定だった。
男性にレイプされたそうだ。相手はクマみたいなごつい男だったそうで、抵抗できず心に深い傷を負った。それがあの反応だったと。
あぶねぇ。ほんとに爆発するところだったんだ。
あっけないが、この件はこれで終わりとなった。
この一件の背景と、黒幕についてはこの二か月くらいあとにおきた事件をまたないといけない。
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