第13話 罠①

「かねが、ない」

 本当に金欠だった。

 本業はここのところご無沙汰だ。社長のところも伍堂一人飼うのもきついらしい。

 クソ上司はこういうときもある、と生温かいお言葉。

 ぼやいても仕方ない。このままでは家賃と光熱費もはらえず路地裏の賢者の仲間入りになる。つまりホームレスだ。

 賢者のやつは、ホームレスといいながら隠し財産とか隠れ家とかもってそうだが俺のほうは正真正銘のホームレスになってしまう。

 なりふりかまってはいられない。売って大した値段になりそうな家財もない。土下座も覚悟でクソ上司に借金を申し込んだ。

「とにかく何か食わないと働く体力もないんですよ」

 ほんとぎりぎり。

 クソ上司のクソなところは、お金は貸してくれなかったところだ。そのかわり食事に付き合えと言われた。

「おごってあげる」

 クソ上司のイメージからすれば、派手で豪華レストランに行くのかと思ったら、年配のご夫婦でやってる洋食屋で料理はうまかったし、デカンタで出してもらったワインもうまかった。酒のはいったクソ上司は妙に饒舌になって、これまでのいろいろの話、故郷の話、そんな話をいくつもしたように思う。

 思う、というのはうまく飲まされて、最後にはつぶれてしまったからだ。ひさしぶりにお腹が満たされ、油断してしまった。

 目がさめると自分の安アパートで毛布だけかけられ、床に転がっていた。服はちゃんときてるし、恐ろしいことにはなってなくて安心した。

 喉がかわいたので冷水をのもうと冷蔵庫をあけると見慣れない紙箱が二段に渡ってはいっている。あけてみると、ラップをかけたハンバーグやラザニア、ピラフなど三食分ほどがはいっていた。あの洋食屋のらしい。

 何かメッセージでも残っているかと思ったが、何もない。

 ぞっとした。これは絶対後が怖い。

 が、まあまずは金だ。

 気を取り直して、シャワーと着替えをすませて俺はバイトの面接に出かけて行った。


 そんなにうさんくさいか?

 わかってはいたけどへこむ。泣くぞ。

 うっとおしいとクソ上司に蹴られそうだが。

 接客系はレジ担当含めて全滅。やっと決まったのが倉庫の整理の短期バイト。

 それだって、以前から働いている契約社員だかなんだかの兄さんに

「楯野さんって、見かけとちがってまじめで丁寧ですね」

 とびっくりされる始末。

 泣くぞ。

 整理しているのは長らく放置されていた古い倉庫の中身で、仕事は仕分け担当の社員さんの指示にしたがって中身をしかるべき新しい倉庫に運ぶこと。そのためのパレット積み上げと固定作業の補助。重いものを持ち上げるための補助具を初めてつかった。これけっこういいな。

 仕分けはぱっぱっとできるものじゃなく中の状態見たり、場合によっては上に確認が必要であったりしてわりと暇な時間とせわしい時間がはっきりわかれている。悪くない仕事だ。

 だが、その日は朝から暇だった。荷物の一つの仕分けが決まらず、上からは今日中になんとかしろといわれた現場は朝から困り果てていた。

 整理するとこうらしい。封印付きの梱包を運ばないといけないのだけど、中身がわからない。送り状は封印の中らしい。そして、この荷物を担当した作業員と連絡がつかない。最終手段としては荷主に連絡して立ち合いのもと内容確認をお願いすることになるのだけど、送り状の問題で荷主もわからん。

「事後承諾しかないんじゃないっすか」

 このまま待機でもバイト代貰えるのかな、とちと心配になってきた。

「よし、呼びに行こう」

 うなってた主任がそういってなぜか俺を手招く。

「楯野さん、すまんがつきあってくれ」

「これもバイトのうちですよね」

「もちろんだ。むしろちゃんとバイト代だしたいから来てほしい」

 そういわれるとちょっと拒絶もできない。

 向かったところは古いぼろいアパートの一階の部屋。他に住人の気配がないのが気になる。大家はいっそ出て行ってもらって売るなり立て直したいんじゃないだろうかと思う。

「西口くん、いるかい」

 呼び鈴はあるが、主任は無視してドアを叩いた。呼び鈴のボタンを押してみて理由がわかった。壊れててならないのだ。

 そして、この部屋に近づいてぞわぞわと首筋あたりに感じるものがある。

 魔力だ。

 この部屋に穴がある。

 これは、できればそっとしといて後でクソ上司巻き込んで再訪しないといけないな。

 中から返事はない。住人の顔くらいみておきたかったが、これはこれでいい。場所を速報してクソ上司に仕事をしてもらうことができる。もちろん俺はバイトが終わってからゆっくりだ。

 だが、主任はびっくりするような行動に出た。

 鍵を取り出すとがちゃがちゃやってドアを開けてしまったのだ。

 その鍵どうした? あと、これ犯罪になんないか。

「楯野さん、一緒に来て。証人になってもらうよ」

 なんの?

「もちろん、本人の無事を確認するだけのことしかしなかった証人さ。ご家族、大家さん公認で鍵預かってるけど、ほんとはよくない」

 よくないとわかってるならしないでほしい。やってもいいけど俺を巻き込むな。お願い。

「西口くーん、いるかーい」

 人の気も知らず、主任は堂々と他人ちにふみこんでいく。ちゃんと俺を忘れず手招きするのが小憎らしい。そしてさからえない自分が憎い。

 饐えたにおいのただようアパートはまさにゴミ屋敷だった。

 通れないわけではないがそこら中にものがあってよけていくだけで精いっぱい。

 いつのものかわからない食べ物だったものとか、もう使ってないストーブだの扇風機だのを避けて主任についていくこと数分。気づくのが遅かった。

 ここ、ワンルームのアパートのはずだぞ。

 一瞬、穴に足を踏み込んでしまったのかと思ったが、魔力は確かに高まっているが穴ならこんなものではない。だから油断したともいえる。

「わぁ」

 情けない声をあげて主任の姿が消えた。ゴミの中に落とし穴があったらしい。

 助けられるなら、と主任の消えたあたりをかき分けるが、半分腐った畳が見えただけで何かあった気配はない。どうやら閉じてしまったようだ。

 ならば仕方ない。ここはとにかく脱出するのが最優先だ。

 俺は引き返そうとして襖にぶつかった。

 こんなところにこんなものあったか?

「やばい」

 思わず声が出た。これは迷宮だ。しかもマップが変わるやつ。

 だが、穴でもなく、穴の気配を湛えた迷宮ってこれはなんだ?

 襖をあけると、ゴミだらけの室内が延々続いている。見通しが悪すぎて出口らしいものは見えない。途中の壁一か所に、今開けたのと同じ襖が見えた。

 汚れ具合まで、同じだ。

 ということはさっきはあそこにいたことになるのか。

 この迷宮はたぶんあの汚部屋が方向も何もかも無茶苦茶に接続されているだけで絶対的な広さはない。

 と、すると主任も見えないだけでどこか近くにいるはずだ。

「主任、聞こえますか」

 声を出して呼びかけてみた。

 かすかなうめき声が聞こえた。助けを求めているようだ。

 声の聞こえるあたのゴミをどけてみると、頭からゴミ箱を中身ごとかぶった主任が尻もちをついていた。

「助かったよ、なんでか自分じゃ抜け出せなくなってて」

「この部屋っていつもこうなんですか? 」

「とんでもない。何回もきてるし、相変わらず散らかってるけどこんな目にあうのは初めてだ」

 何回もきてるのか。

 この迷宮は実際はせまい。なら、入り口近くと思われるのを目指していればきっと。

 というわけで、主任に見覚えのあるゴミで玄関に近いのはないか聞いてみた。

「なんとか一度外に出ましょう」

 あれはトイレの前あたりだった、あれは玄関入ってすぐ。二回の移動で外に通じる扉の前。いや、一回やりなおしになったので四回だ。トイレのドアをあけるとまた移動して今度は部屋の手前、トイレ、そして玄関と移動して俺たちは何とか外にでられた。

「今日はこれ、無理じゃないですかね」

 主任は頭をかいた。

「まいったなぁ。今日中になんとかしないといけないんだよね」

「これ、家主いませんよ」

「西口君、居留守使うからね」

 いやいやいや、この状態で居留守とかありえないでしょう。

「楯野さん、悪いけど彼が本当にいないか確かめてくんない? 俺は戻ってとりあえず別の作業の面倒見てるから。時間前にまたくるけど、時間すぎたらかえっていいよ。日当だすから」

 よろしくねーといって返事も待たず、おしつけるだけおしつけて逃げていきやがった。

 とりあえず、クソ上司に連絡するか。


 てっきり社長あたりやってくるのかと思ったが、まさかクソ上司が自分で足を運んでくるとは思わなかった。

 あたりの場末感の中で浮いてること浮いてること。

 彼女一人だけではない。淫魔の佐奈子とあったことのないぴしっとした背広姿の若い男も連れている。二十歳そこそこくらいか。いかにもエリートでございという感じで伍堂あたりつばをはきそうな相手だ。こういう気ぐらいの高そうなのは俺も苦手だけどな。

「やはりね。これは珍しい」

 彼女は若い男のほうを振り返った。

「わかる? 」

「シール、で正解ですか。姉さま」

 この男もどうも魔法使いっぽいな。池袋の事務所でまったく見かけないということはいつもは違うところにいるのをわざわざ呼び出したか。

「そう、これは破綻しかけた封印よ。でも、普通の封印じゃないことは知ってるね」

「はい、術具ではなく、人でほどこす封印です。術のほどこしかたなどは不勉強でわかりませんが」

 ありゃあ、誰だい? 本人にぶしつけに聞くのもなんなんで、俺は佐奈子にそっと聞いた。

「ボスの従弟だって。どっかで修行してるの呼び出したそうよ」

 それで「姉さま」とよんでるのか。気があいそうにはないな。

「ああ、楯野くん。彼はわたしの従弟。本名は言えないから銀朱とでもよんでおいて。そのうち、彼か今日はきてない従妹があなたの上司になるかもね」

「どうも」

 ぶっきらぼうな挨拶。お互い気に入らないのは一緒らしい。

「で、これどうします。穴の気配はすんだけど、穴じゃないみたいですが」

「これは穴じゃないわ。封印よ。ただし、壊れかけてて中身がこぼれて迷宮みたいになってるだけ」

 へーとしか言いようがない。

「さっき、人でほどこす封印と聞こえたけど」

「そうよ。これ、人よ」

 まじですか。

「で、ほっとくと封印が崩壊して死体が一つとまったく制限を受けてない穴のできあがり、なんとかしないとね」

「なんとかですか」

 嫌な予感がする。

「この中にいるはずの本人引きずり出してきて」

 俺はゴミ屋敷の中を指さした。ものすごく何か言いたげな顔をしていたと思う。

「佐奈子ちゃんもつれていって。銀朱、あたしたちはこいつらをナビるからね」

 クソ上司は紙を切って作った人型を出した。これを背中に貼れといわれる。

 クソ上司が一筆いれたのが俺、若いのがいれたのが佐奈子。

「時間外でるんですよね」

 のんきだな佐奈子。

「危険手当つけるわよ」

 がぜんやる気の彼女は俺の手をぐいとつかむと勇躍ゴミ屋敷の中へと踏み込んでいった。

「そんな情けない顔をしない」

 いや、するでしょ。


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