第12話 骨②(終)

「手数を増やすぜ」

 社長が言い出した。

「手数、ですか」

 誰か呼びつけるにはさすがに辺鄙な場所だが。

「しもべを呼ぶ。頭は悪いし大して強くないが索敵ならいけんだろ。こうすんだ」

 やおら社長は髪の毛を手櫛で梳いて白髪交じりの髪の毛数本をぬいた

「こんだけ穴に近ければ三匹はいけるだろう。ここでいいかな」

 ぱらぱらと髪の毛を室内池の泥の上にまき、手をかざして何やら魔力を注ぐ。

 めきめきとなにかが急速に育ち始めた。泥が減っていくし、巻き添えで鯉ゾンビも肉を奪われて動かなくなった。

 育ったのは一体だけ。全身をドブ色の肌で包んだすっぱだかの小さな人型生物。

 鋭い牙と鋭い爪、血走った凶悪そうな大きな目。幼稚園児くらいの大きさなのにもりあがった筋肉。小鬼の類のなにかだ。

「ああくそ、貴重な髪の毛を使ってこれだけかよ」

 嘆く社長。社長はまんなかハゲだ。言いたいことはよくわかる。

「いや、一匹でも魔物だせるってすごいよ」

「こいつは本当なら群れでよぶもんなんだよ」

 ぶつぶついいながら社長は小鬼に地下を調べるよう命じた。めぼしいもの、何かいたら報告すること。襲わないこと。襲われたら逃げること。追い詰められたときだけ戦うこと。小鬼には武器として一階のキャンプ跡から拾った狩猟刀が渡された。これだけでかなり凶悪な見た目になる。地下は暗く、小鬼は夜目がきくので目立たず調べるにはむいているだろう。

 俺たちは二階をまず調べることにした。なんとなく本命はてっぺんにいそうな気はするのだけど、もしさっきみたような奴がいっぱいいたら退路を断たれるのは困る。

 二階には宴会場、食堂、ゲームセンター、少しの客室がある。二階までは吹き抜けになってる部分もあるので面積は狭い。小鬼から報告がなければ今回で三階まで調べる段取りになっている。

 ゲームセンターだったところは隅っこに二台テーブル型の筐体が寄せられているほかはがらんとしていた。椅子は壁際によせられていたらしいが積み上げたせいか崩れて床に散らばっていた。宴会場も食堂もにたような状況だった。何かものを引きずった跡はあったが、それがなんだかは今となってはわからない。

 客室は窓が破れたものがおおく、中はぼろぼろだった。ただ、日当たりの悪い部屋の中央にうっすらした人影のようなものが浮いていた。話しかけるとそいつはまがまがしい魔力の色を見せてこちらに敵意を向けた。ゴーストは憑依して精気を盗む。体の一部でもあれにふれたら復帰まで時間のかかるダメージを負う。おまけに物理攻撃はきかない。少なくとも俺のとこのゴーストはそうだ。

「シールド頼むぜ」

 社長のリクエストにこたえると、なんと彼は守られているとはいえその手をゴーストの腹に突っ込んだ。

「よっこいせっと」

 何か引き抜く仕草を見せるとゴーストが苦悶してずるっと何かに吸い込まれるように社長の手の中に消えた。

 すごいことをさらっとやるな、と思ったらその手を腐った畳につっこんでそこから畳色の小鬼を生み出してしまった。今回は二匹だ。

「せっかく吸い取った魔力だ。霧散する前に活用せんとな」

 二階を調べ終わったあと、三階にあがる階段で小鬼二匹とは別れた。彼らは四階を組んで調べるよう社長が指示した。指示内容は地下のと同じだ。

「地下のほうは大丈夫かな」

 社長はちょっとまてよ、とこめかみをおさえてから一つうなずいた。

「地下の大浴場の浴槽にでっかいスライムいたってよ。そのほかはコウモリばかりだとさ。次は機械室だそうだ」

 スライムは何を食ってるのだろう。コウモリの糞だろうか。

 三階はシングルを中心とした客室階だった。一室づつ確認するのは不意打ちに注意しなければならないなかなか気のはる作業で、最後にリネン室を確認した時にはちょっと気がぬけていた。

 だから、リネン室でだいぶ黄ばんだシーツにくるまってぶつぶついってる死者の顔をしたそいつにぶつかりそうになって心底びっくりした。

「わああああ」

 大きな声をあげたのは相手のほう。ただ、発声器官がおかしいらしくえらくくぐもった不気味な声だ。

 なんでアンデッドのほうがびびるんだよ。

「伍堂みたいなやつだな」

 社長もなんだその生暖かい反応は。というか、伍堂のやつホラーものにはこういう反応するのか。それは是非一度見てみたいものだ。

「なあ、おまいさん」

 社長がそいつの前にうずくまる。ああ、にやにやしちゃってるよ。

「もしかして生者がこわいのかい? 」

 ずいっとせまるとそいつは体を引きずってにげようとした。

「おっと逃がさんよ」

 社長に腕をつかまれ、相変わらず焦点のない目でそいつはぷるぷる震えている。

「やめて、死んじゃうよ。物言わない死者になっちゃうよ」

「普通はな。どっこいここにいる二人は普通じゃないんだ。まぁ安心しな」

 少し落ち着きを取り戻した様子でそいつは社長のほうをたぶん見た。干からびかけた目玉がどっち見てるかなんてわかるわけがない。

「ほ、本当みたい」

「だろ? んじゃ話をしようか。まずは自己紹介からやってくれ」

 自己紹介って言いだしたほうからするものじゃなかったかな。

 だが、そいつはパニック状態らしく気づきもしなかった。

 名前はサンデル、穴の向こうの住人らしい。種族は矮人。初歩的な魔法が使え、非力だが知能は高いほうの種族であちらの世界の一般市民の大部分をしめているという。つまり彼は一般市民というわけだ。

 あちらの世界は千年以上前に死の魔力とよばれるものに満たされ、いまや生けるものはいないという。このサンデルもそれまでは普通の人間だった。さすがにそのころのことは長く退屈な日々の積み重ねに埋もれてあまり思い出せないそうだが、楽しかったことだけは覚えていたという。

 封印されていた穴が開通したとき、彼は死者の大魔法使いにして支配階層であるリッチ族のインヤンという者につかえていたが、これが穴をあけたものと取引してこちらに渡るときに頼み込んでついてきたらしい。

 スマホで路地裏の賢者の写真をいくつか見せたが、彼は生者のおそろしい顔なんか区別ができないとなかなかのご挨拶を返してくれた。

 キャンプに来た四人についてきくと、いわば第一村人に遭遇したようなものだからインヤン含め総出で出迎えたところ、パニック状態になるわ暴力的な反応をしめした結果、うっかりゴーストや彼にふれて死ぬわでこのまま逃げ帰らせるのはまずいというボスの判断で結局全員死なせたのだという。

「死体はどうしたんだ? 」

「死なせた以上、責任もって蘇生しなきゃなってことでインヤンさまが矮人に対する蘇生術をやったんですが、失敗しちゃって。残り三人は穴経由であちらに送ってあちらで処置してもらいました。上位種族になったそうで、今は元気にやってるそうです」

 失敗したってのが一階の厨房の骨か。気の毒だな。

 それで生きた人間が怖くてしかたなくなったものの、窓から生命あふれた世界を見るのは好きだという彼は、ここで穴を守る上司の世話をしてるのだという。

「そうか。一つ頼まれちゃもらえないか」

 社長はにこにこと語り掛けた。生者の顔がわからんというのにもかまう気もない。

「な、なんです」

「あんたの上司と話がしてぇ。取次を願えねえかな」


 上に上がっていったサンデルが戻ってくるまで十分ほどだった。

 下に戻らずそこで休憩をとっているうちに命令を果たした小鬼たちが戻ってきたが、四階にいった二匹が一匹減っている。サンデルいわく、四階と二階には番犬がわりに低級霊を放っているのだけど、どうやら一匹は相打ちになったようだ。

「おまたせしました。インヤンさまがお会いになります」

 予想通りというか五階のスイートがインヤンのいる部屋だった。

 縁もぼろぼろの天涯付きベッドのどまんなかに仄かに赤い光を中から放つ真っ黒などくろが鎮座している。ベッドの脇には女性らしい矮人、つまり腐ってはいないが少し乾いた動く死体が控え、どくろの向こうにはコンピュータグラフィックのような渦巻が浮かんでいた。あれが穴だ。そして両側の壁に動く骨と思われるのが骨格標本のように二つづつ四つならんでいた。

「ようこそ、生けるものよ。わしが大魔導師インヤンだ。話と言うのは何かな」

 どくろがかたかた動いて言葉を発した。なんともまがまがしく強い魔力がこもっている。うすくはっておいたシールドがみしみし音をたてるような気がした。

「そうだねぇ、何から、というのが悩ましいが、穴の危険性について楯野、いっちょおまえさんから説明してやってくんねえか。こちらさんがどれくらいご存じでやってなさるか知りたい」

 いきなりこっちに話をふらんでくれ。

「頼まれておくれ。その間にちょっとする話を整理しておくからさ」

 整理する時間ならいくらでもあったろう、俺はため息をついた。

ですかい。しょうがないな」

 このとっつぁんが整理するのは状況だろう。相手が可能なかぎりの布陣で待ち受けているとしたら、それを打破する算段といったところだ。

「それでは大魔導師様。僭越ながら銀の魔王軍で四天王の一角をつとめておりましたこの楯野が穴について説明いたします。ご存じのことばかりかもしれませんが、それを確かめる意味も含めましてしばしお時間をいただければ」

「ほう、しかしおぬしがわしらよりくわしいとは思えぬのだが」

「では、こちらの世界にもまだ魔法使いがおるということはご存じですかな」

「もちろん知っておる」

 嘘つけ、俺は直感した。この骸骨、いまちょっと動揺したぞ。

「そちらの穴を再開した者は、その魔法使いの知識のほんの一部を盗んだということももちろんご存じでしょうな」

 嘘、でもない。路地裏の賢者が穴の封印した場所の情報をクソ上司の管理する書庫から盗み取ったのは間違いがない。おそらく協力者がいたはずだ、と内偵がすすんでいるはずだ。俺も社長も実は協力している。

「そのようだな。では、おぬしが語るのはその魔法使い殿より授かった知識か」

「いかにもいかにも、傾聴にあたいしませぬか? 」

「いや、聞かせてほしい」

 急に素直になったな。

「それでは、失礼して」

 とりあえず、穴についての説明を少しもったいぶってぶつことにした。

 穴があいていると、こちらの世界の封印された魔力が穴の先の世界に流れる。この魔力は穴の先の世界の性質により異なるものになるのだが、一つだけ共通しているのは、腐敗をもたらすこと。腐敗の形は相手の世界の魔力性質によるが、共通して、良いものがだめになり、無用の争いが増えること。穴の先の腐敗が取返しのつかないことになった場合、こちらに逆流してくること。ゆえに穴をふさぐのはおたがいのためになることであるということ。

「近頃、あちらで不穏なことはおきてませんか」

 矮人の二人、先にいたサンデルいわく「美女」とサンデルがものいいたげに顔を見合わせた。うん、おきてるね。

「特にないな。では、われらの世界が死で満たされたのはその腐敗のしわざかな」

 ほんとこの骸骨嘘つきだな。

「でしょうね。こちらの魔法使いは無慈悲ですからあなたがたを見捨てたのでしょう。その後、アンデッドだらけながらあなたがたはそれなりの在り方を作り上げた。腐敗が及ぶとしたら今度はそこでしょう」

「他人事のように言うな。お前らの先祖の仕業ではないのか」

「私も、別の世界からここの魔法使いに呼びつけられ、こきつかわれているのです。ですから、日ごろ彼女のことをこう呼んでいます。『クソ上司』と」

 矮人の女性のほうが少し身をおってぷるぷるしだした。笑ってるらしい。サンデルがあわてて仕草でたしなめようとしてるのが可笑しい。

「その穴の封印をといたものはそのへん何かいうてましたか」

「いや、死の世界なら人は減るばかりで増えないだろう。補充したくないかと言われたな。こちらの人間の死んだのを連れていけばいいと。穴があいていれば自然に、ほどよい人数が吸い込まれるといわれたが、年に三人もいればいいほうだ」

 浮遊霊ほいほいかいな。でも、こんな辺地じゃ…。

 骸骨は少し光を暗くして、それから再び明るく輝いた。

「だが、それでもただ消えていくだけよりましだ。おぬしらの言いたいことはだいたい察した。だが応じるわけにはいかん。力づくというならしもべたちをもっと呼び寄せ対処するぞ」

「いや、それにはおよばねぇ」

 それまでじっと考え事をしていた社長がのしのしと壁際に歩み寄るとたちっぱなしの骨を一体わしづかみにした。

「こいつを穴の向こうに投げ返せばあとはそっとしとくよ」

「麻黄さん、それただのゴーレムですよ」

 びっくりするサンデル。

「なに、こいつがやつの仕掛けでね」

「やめろ! 」

 黒い骸骨が叫んだ。同時にたぶん魔法なんだろう、真っ黒でまがまがしいドリル状の何かのうずまきが社長にむかって飛ぶ。どうみてもやばい魔法だよなあれ。

 手首からさきの一振りで社長はそれをはたきおとした。そして動かぬ骨をはずみをつけて渦の中に投げ込む。

 その瞬間、渦はきえてはがれた壁紙のたれさがった壁になってしまった。

 室内にはもう他に誰もいない。俺と社長だけ。連れてきた小鬼たちも消えた。

 もう魔力は感じられない。穴は閉じたのだ。


 蝉の声が急にうるさく聞こえ始めた中、俺たちは片付けて引き揚げた。今からなら少し遅くなるが十分に帰れる。一日で片付くとは実際思ってはいなかった。

「あんな軽くけとばしゃ穴が閉じちまうような場所にアンカー本人がいるわけねえじゃねえか」

 社長はまず、そこがおかしいと感じたらしい。

「あの配置だと、そのまま俺たちもあっちに押し込んぢまうつもりだったんじゃねえかな」

 なので、俺にしゃべらせてる間に隠れているはずのアンカー本人、つまりインヤンがどこにいるか探ってみたそうだ。

「それでも話が通じるならよ、そのほうがよかったんだが、予想通りの反応だろ。遠慮はいらねぇよな」

 つまり、あの時社長がぶんなげた骨は骨ゴーレムに偽装したインヤン本人。だけど、言葉も魔法もあの黒骸骨からきたよね。

「集中してたんだろ。他の骨は時々動いていたが、あれは微動だにしなかった。意識はあの黒いのに入り込んでたんだろうな」

 で、だましうちと。

「さっさとすませたかったしな。肉くいてぇんだろ? 」

 はい。

 自然を眺めてるだけで幸せだったサンデルには気の毒なことになったけど。

 それと、あちらに吸い込まれた死者たちの今後もちょっと気になるがもうどうしようもない。


 肉は社長の会社の近くにあるお勧めの店で食べた。うまかった。 

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