第11話 骨①
「あー、今回はわしが仕切る」
社長の麻黄が言いにくそうに切り出した。
「伍堂は? 」
本人は裏で車を洗っててここにはいない。
「あいつは今回留守番だ。まぁその、あいつには向かない現場なんでな」
あの武闘派に向かないって、なんだ。女社会にってのなら俺だってだめだぞ。佐奈子か沙織をバイトに雇えよ。
「それも含めて、仁さん、説明たのめるかい? 」
「あいよ」
知らんぷりでタバコふかして老眼鏡いじってた仁さんが競馬新聞をたたんで席をたった。
会議コーナーのホワイトボードをぐるんと回すと裏に結構びっしりいろんな情報が書き込まれている。気負ってるなおい。
ざっとみたところ、要注意人物、路地裏の賢者の足取りに関するもののようだ。
「こいつの足取りを追ってて、穴を一か所見っけた。今回の現場はそこになるんだがね。伍堂に向かない理由はこれだ」
手を前にだしてだらりと手首から垂らす仕草は、あれだ。
「ゴーストでも出るんですか」
「いわゆる心霊スポットってやつな。あいつはこっちはからきしだから邪魔だ。かわりに社長が行くからおいらもいけねぇ。留守番の伍堂のケツもちだ」
ホワイトボードにはいろんな地名とそこでの調査結果がこまごまかきこまれている。どれがそれだ?
「現場はここな。長野県の県境近くの山の中の廃ホテルだ。二十年以上は廃墟のままで、取り壊されてもいねぇ。道も地図にものってない非舗装の抜け道しかない。一応公道だからのっけてないといけねぇんだが存在そのものを忘れ去られたか、抹消されてしまったかだと思うが」
パソコンをいじって彼はぼろぼろの建物の写真を見せてくれた。ホテル名をしめす看板は真っ赤にさびていて「ル」一文字以外読めないし、建物には樹木が覆いかぶさりかかっていた。
「こいつは十五年くらい前に廃墟マニアのとった写真だ。現地にはあんたと社長が一番のりになるから、こんなもんしかなくって申し訳ないね。ここには小さな温泉があって、江戸時代から一軒宿があったんだがバブルで当時の社長がいけいけでこんなのたてたところではじけてこのざまだ。この時、この廃墟マニアに同行したのがこいつだよ」
ブログから拾ってきたらしい古い写真が表示された。
カメラを吊るした学生らしい青年の横に、動きやすいゴルフウェアを着た背の高い男盛りがすっと立っている。
「ホテルの経営者の親戚で、このマニア氏にここを紹介したらしい。金庫室に忘れ物があるので親族代表で取りに行くのを手伝うかわりに写真をとったりネットにあげるのを許可してもらった、そうだ」
その言い方だと。
「もちろん真っ赤な嘘だったんだな」
「当時のこいつの身分は商社の海外駐在員の管理職。趣味は旅行、国内外とわずあちこち行ってる。その後商社は吸収合併されてこいつはフリーになった。これが路地裏の賢者の前歴だよ。もちろんこのホテルにもその前の一軒宿にも関係はない」
するとつまり…。
「路地裏の賢者は十五年より前には穴の情報をどこかから手にいれていた? 」
「うん、それを探しているんだがなかなかしっぽがねぇ」
「ここに穴が開いてるってなんでわかったんだ? たぶんこいつの立ち回り先って穴関係ばかりだと思うのだけど」
「じゃあこれを見てくんな」
別の写真がまたでてきた。手振れがひどく、夜の写真なのでわかりにくい。白い人影のようなものがうつりこんでいる。そしてなぜか高い位置に「ル」の文字がわかるくらいに映っていた。
「最近の心霊写真なんだが、これがさっきの十五年前のホテルと一致した。つまりここには『出る』んだよ」
この白い人影がそうなのか。
「作り物ということは? 」
その検証はやってるはずだ。だから答えはわかっていた。
「ねえな。穴があればこっちにいないがあっちにはいる幽霊くらい出んだろ。それに、こいつの回った場所の半分くれえはこの十年くらい各支所でふせいで回った穴に一致している。ほぼ間違いはねえ」
「と、いうことは他も」
「それがはずれもあってな」
社長が頭をかいた。
「近場を二か所ほど伍堂とあたってみたんだが、どっちも穴は完全にふさがっていた。封印しただけのはずの場所でもだ。ま、なんでってのを考えるのはボスに任せておくけどな」
それでやみくもにつっこまず、疑わしいのがあればそこから調べようというわけか。
「今回は俺と社長だけ? 」
「いやかい? 」
「いやというか、初めてだなと思ったので」
社長と二人での仕事は経験がない。
「ま、俺はふんぞりかえってただけで点で弱いからよ、楯野、頼りにしてるぜ」
不安になるようなことを言ってにんやりするこのおっさんが弱いわけはないだろうに。
とりあえず別の心配をしとこう。
「仁さん」
「なんだい」
「ホテルの本来の持ち主とは話がついてるのかい? 」
「死人と話はできねぇよ。相続人の同意も全員とるのはちょっと無理だね。とりあえず息子さんに『全壊させなきゃOK』って許可はもらっといたよ」
なんとも頼りない許可だが、無断でもなくなるからいいか。
「そいじゃ、準備していきますかね」
翌日の昼過ぎには俺と社長は現地にいた。
快晴の空の下、写真でみた通りの建物が大き目の池のふちにたたずんでいる。
池の水はすんでいて、ここから下の渓流にむかって流れ出しているので淀みはない。ただ、沈んだ木の葉などがすんだ水のそこで泥に覆われかけているだけだ。
「いいとこだな、おい」
お化け屋敷となったホテルはともかく風情はよい。夏をすごすには涼しそうだ。そこにたってるのが鉄筋のホテルなどでなく古い日本式旅館だったらもっとよかったに違いない。日本式よりうちの田舎の斧いっちょうで作った飾り彫刻たっぷりの館ならもっといい。
「そうっすね」
そう答えた俺を社長がぽんと軽くたたいて注意を促した。
「あっこの窓、なんかこっちをのぞいてたぞ」
「またまた、おどしっこなしですよ」
社長が見ているのは五階建てのホテルの三階か四階あたりの窓。たぶん客室のだと思うが、ガラスは破れ、ずたずたになったカーテンのきれっぱしが風になびいている。
「あれは骨じゃねえな。ゾンビでもねぇ。たぶんワイトの類だ。うちだと死体を材料に魔法植物を寄生させて作ったハイブリッドモンスターで学習能力もあってかなり強いやつだが、楯野んとこにはいたかい」
なんだそのホラーな生きものは。
「うちのはネクロマンサーが支配下の霊魂一ダースくらいつっこんでその魔力で無理矢理うごかしてるゾンビの強化版で、社長んとこのより弱そうですよ」
そのうち魔力を消費してゾンビになり、肉体の名残も食い尽くして骨になり、負の魔力を吸いこんで動く動力外部供給型のデバイスになるから、聖職者にその場の負の魔力をはらわれるとひとたまりもなく滅びる終わりだけがある存在。
「弱いほうがいいねぇ。まぁ、つまりあれだ。ここはビンゴってことだぁな」
そこは同意だ。そして、不自然な存在なら元の世界の影響のあるところでないと動けない。
「ああゆうのがいるってことは穴はあの建物のどっかかな」
「じゃあ、とっととすませて帰ろうか。うまくいったら肉くわしてやるぜ」
それはがぜんやる気が出るな。もやし主体の食事に飽きてたんだ。
「じゃあ、うすくだけどシールドかけときますね。不意打ち一回くらいはたぶんなんとかなります」
「はりきるのはいいが、その前に装備のほうきちんとしていこうぜ」
装備といっても、安全靴に使い捨てタイプの防護服を使いまわしたもの、その上に防刃ベストとライト付きヘルメット。工具ベルトをまいて俺がぐるぐるにまいたロープ、社長が水や携行食、救急キットをいれたリュックを持ち、二人ともピッケルを手にするというもので結構重いし季節柄暑い。
建物に電気が通じてないことはわかってた。外の配電盤まではきてるのでつなぐのは可能だろうがどこが漏電するかわからないのでは危なくてできない。全焼してしまったらさすがにこの物件の相続人たちが黙ってはいないだろう。
「水はたっぷりのんどけ。一回一時間で行って戻る。休憩五分打合せ五分で回す。四回回して埒があかなかったら、途中で見た小さい温泉町に戻って投宿だ」
「その場合、肉は? 」
「予算が宿泊で消えちまうからな。まあ飯付きなら刺身くらいちょこっとでると思うぜ」
それはなんとしても今日中になんとかしたいものだ。
ホテルのロビーには豪華なシャンデリアでもあったらしく、床一面にきらきらとガラスの破片が散らかっていた。
それに交じって日付の古い新聞や雑誌も散らかっている。
植木や家具は処分したらしく、全体にがらんとしていた。
「おい、あれ」
社長が懐中電灯の灯りを投げたのは干上がった室内池。最初は藻が、次に苔が、最後にカビでもはびこったという感じの生乾きのドブ泥色の泥のひび割れたところになにか動いている。
わき腹から骨の見えた鯉かなにか。もう水はないというのに鰓をひくひくさせ、泳ぐように体をゆっくりうねらせて無目的にはい回っている。
「魚のゾンビなんて初めてみた」
「おれもさ」
相談して、写真だけとってそっとしておくことにした。近づくとかなり臭い。下手なつぶしかたをして飛び散ったものがかかったら大変だ。
「魔力のほうはどうだ」
「ほぼ半分。穴は近いですね」
「そのようだ、注意していこう」
アンデッドは社長のとこのも、俺のところのも知能は低い。下手な刺激をするとすぐに襲い掛かってくる可能性がある。
最初の探索プランは地上部分の念入りな調査だ。
穴は古い時代からあるものなので、もともとあった場所として高層階はありえない。まれにがけ崩れなどで崩落した結果、空中に空いていることもあるそうだがその可能性は最初は考えなくていい程度のものだった。
荒れ果てた一階で見つけたものは二つ。
一つは肝試しなのか四人分のリュック、寝袋、そしてこのホテルの備品をもってきたらしい冷え切った灯油ストーブを中心においた野営跡だ。結構前のものらしく、どれも古びているが引き揚げた様子はない。残ったかびかびの衣服を調べると、どうやら東京から遊びにきた大学生たちのようだ。男女二人づつ。
もうこうなると展開は見える。彼らが寝泊まりにつかったラウンジの少し離れたところにソファがよせてあって、どす黒い血の飛沫が残っていた。
「ここでよろしくやってるところを襲われたようだねぇ」
なんでそんなよくあるホラーみたいなことをするかな。
そのうちの一人らしいものは厨房で見つかった。
腰骨にぼろぼろのジーンズをひっかけた骸骨が、叩きすぎてすっかり刃のつぶれた包丁で千切りでもしてるようにまな板を叩き続けている。
頭蓋骨にしがみついている残った長い毛と、骨格から女性らしいとわかった。そのスケルトンは俺と社長をちらっと見るような仕草をしただけで無心にありもしないキャベツを刻み続けていた。
見たところ、俺のところの悪霊ネクロマンシーなどではなさそうだ。
「細い筋が骨をつなぎ、操作できるようにからみついてるな。うちのに近いが動力源は寄生先の養分じゃなく魔力の取り込みのようだ。一種のゴーレムだな、こりゃあ」
おぞましい見た目となった女性をしげしげながめて冷静に分析する社長はさすがに違う。俺もわりと平気だが、どっちかというと犠牲者の身の上を想像していたたまれない気持ちになる。悪ふざけをしたのは確かだが、こんなところで人知れず命を落として、いまごろ親御さんはあきらめきれず待っているのだろうなとか。
ホテルの裏手に出てみると、彼らのものらしい車が朽ちていた。ドアがあけっぱなしになっているのは逃げようとした痕跡なのかわからないが、風雨にさらされるここには一切の痕跡はなかった。
そして裏の山肌に二つ目の発見があった。
壊れて崩れた祠があって、山肌のほうに奥行きのほとんどない洞窟がぽっかとあいていたのだ。
洞窟は人の手で掘られたものらしくきちんと仕上げられ、突きあたりには岩肌に観音開きの扉のようなものが線刻されている。横の壁、天井には凡字がほられているが、それはダミーでよく見ると召喚陣に似た模様がいくつも入っていた。
穴の跡だった。
昔はここに穴があり、この封印用の陣で封印されていたのだろう。今ではどっちもただの無意味な文様になっているが。
「ってことは上かな」
見上げた俺は、窓からこちらを見下ろしていた青白い顔と目があった。
いや、そいつの目は視点が定まっておらず、光もなかったのだから目があったとは言いにくいのだけど、こちらを見ていることだけはなぜかわかった。ひどくやつれ、髪の毛もぼさぼさで性別もわからない顔だがたぶん男だろう。そして生きている人間とは思えなかった。あるいはそういう不気味なかぶりものをかぶった生者かもしれないが。
ただ、生きた人間の魔力はまったくなかった。
「おう、待たせたな」
待ってはいないが、後ろから社長の声がしたのでふりむくと崩落の危険も顧みず中にはいって何かしてきたようだ。
「写真と、これを拾った」
見せられたのは小さな鈴。以前見たものより小さいし、少し形も違うが見覚えがあるといっていい程度に似た鈴だった。
「そいつはたぶん要注意人物、路地裏の賢者の使うやつだね。拘束具かけると締め上げて面白いっすよ」
後ろで「おお~おもしれぇ」とはしゃぐ社長をほっといてさっきのやつのいたところに目を戻したが、当たり前のようにいなくなっていた。
ここで休憩となり、俺と社長は車に戻って水をのみ、そこいらで用を足した。それからさっき拾ってきたホテルの館内案内図を広げて次の一時間の巡回プランをざっと決めた。
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