第10話 鬼族③(終)

  コンクリートを流して滑り止めの溝を刻んだけの道路。それも古びて割れて草生しているのを水を飲み飲み三十分くらいのぼったところが集落跡だった。

 目的の廃寺はすぐにわかった。立派な瓦屋根の本堂の屋根が抜けているのがわかるし、崩れた土塀がめぐらされて存在の主張が強かったから。

 そこの門前というところにこれも立派な家が一軒、そして倒壊したもう少し小ぶりの家が一軒とだいぶ傾いているがまだなんとか家の形を保ってる一軒。他にも崩れた塀など家のあった痕跡はあるが、とうに建物は撤去されて雑木林になっている。

 新人と沙織の二人が先行し、老人たちを大きいほうの家に足止めするのを俺と伍堂は待った。木陰で蝉の声を聴きながら、よってくる虫をおいはらいながら。

「よし、行くか」

 二人が小さいほうの家の独居老人と大きいほうの家に入っていくのを見届けて伍堂がしきった。まあ、今回はこいつが主役だしむかつくがさせておくか。

 廃寺の門の外まで中の教練の声が聞こえた。この暑いのに集団でトレーニングやってるらしい。元気なもんだな。

「魔力はどうだ」

 俺はともかく肝心の伍堂のコンディションが気になる。

「まあ、半分くらいかな。穴がだいぶ近いぞ」

 それは何よりだ。

「じゃあ、後は勝つだけだな」

「おう、まかしとけ」

 そう請け合うと伍堂は間延びした声で「たのもー」と道場やぶりみたいに乗り込んでいった。

 で、冒頭につながるかといえばそうではなかった。

 外見はでぶオタにしょぼいロックンローラーである。あんまり強そうに見えないことが災いした。

 隊列組んで号令にあわせて今では少し時代遅れの腹筋をやってた半裸スキンヘッド集団十人以上が俺たちを見て、そして間違いなく目と口元だけであざけるように笑った。

 穴が近いということは、魔力が少し戻っただけでなく魔力に対する感度があがるということでもある。俺の場合、それは主に目にでる。伍堂は肌らしい。至近距離で殴り合いしたら俺は伍堂に勝てないのはそのへんだ。あいつは目が届かなくても全身の肌で感じ取って反応できるが、俺は見えないところはてんでだめだ。

 魔力の見え方は種族で特徴がある。こっちの人間は体の芯、脊柱で胸から頭頂にかけて強さが一本太い線となっている。クソ上司のなどまぶしいくらいだ。誰がいつどのような方法でやったのかしらないが、魔法封じがかけられていなければ手ごわい魔法兵だらけになるだろう。かつては穴をあけ、圧倒的な魔法の力でいろんな世界を侵していた時代があったというのはあながち嘘ではないんじゃないかな。

 だが、目の前のスキンヘッド集団はこっちの人間とだいぶ違う。芯の魔力はしょぼいものだが、全身の皮膚に強さが均等に分布している。穴の近くなら、豆鉄砲で撃たれても平気なんじゃないかな。

 こういう分布を持つものを俺は知ってる。鬼族だ。身体的強靭さに特化した種族、強さにおごるが心の弱さゆえにしばしば討伐の対象にされるようなだらしないことをやってしまう連中の総称だ。

 鬼族なら強さを示せば従うというのは理解できる。恃む己の強さが通じない相手の前では彼らはてんで臆病なんだ。

 だが、なぜかこいつらは老人たちにはずいぶん親切だった。長生きしたものには敬意を払う。そういう文化なのかも知れない。うちの軍にいた短命な部族にそういうのがいた。

 もちろん俺も伍堂も年寄りではない。

「何か御用かな」

 感じとしては一番下っ端の一人が仕方なくという感じで応対に出てきた。

 伍堂はふん、と鼻で笑った。

「三下に用事はねぇ、一番強いのは誰だ。相手してやるから出てこい」

 そいつの魔力の強度があがった。怒ったようだ。

「てめえなんか、この俺で十分だ」

「俺たちふくめて、ここにいる中で一番弱いのお前だろう。いいからボスを連れてこい」

 その「俺たち」に俺もはいってんの? そいつ、かちんときたようだ。

「こいつより弱いってのか」

 ああ、俺を指さしやがった。巻き込まないでくれよ。

「ああ、間違いねえ。こいつはむかつく軟弱野郎だがあんたよりずいぶん強いぞ。ここにいる中じゃ上位じゃないかな」

 やめろ、あおるな。必死にアイコンタクトを送るが伍堂の野郎完全無視だ。

 俺のその態度をみてそいつはにんやり笑った。

「ようし、じゃあ俺がこいつとやって勝ったらお前ら土下座な」

 やめろぉお。

 ぞくっと殺気がした。これは忘れていた戦場の感覚。刃がふいにひらめいて首をはねられてもおかしくないレベルのものだ。

「面白そうな話してんじゃねえの」

 掘っ立て小屋のドアがわりのブルーシートをもちあげて他の誰よりも存在感のある男が出てきた。あの猪担いでたあいつだ。

 スキンヘッド集団が一斉に彼のほうを向いて最敬礼するのはなかなかの迫力だ。こんだけ畏敬されてるのに伍堂のあれはそら怒りかうよなぁ。

「コザック、いや小坂。いつからおめえは仕切れる立場になった? 」

「押忍、もうしわけありません」

 あの下っ端は恐懼してひれ伏さんばかりだった。いいわけがないのは、したら半殺しにされかねないからだろうな。こいつの強さは別格だ。

 伍堂をちらっと見るとむしろうれしそうにしてやがる。これだからバトルジャンキーは嫌いだ。

「兄さんら、悪かったな。でもこうなったらあれだ、そこの兄さん嫌そうだがすまねえ、こいつと武器なしで一戦やってもらえねえか。で、あんたが勝ったら俺がそっちのよさそうなあんたとやろう。負けたら今日のところは帰ってくれ」

 え、そうなるの?

 伍堂の手がばんと俺の背中を叩いた。

「頼むぜ。四天王さんよ」

 こいつらやっぱ嫌いだ。

 ルールは魔法については飛ばす系以外ならよしとなった。勝負は負けを認める、失神する、一定範囲から押し出されるで決着。一応、あとで文句言われないようシールド系と言う自分の能力は申告しておく。

「ほお。ってことはこれもいいんだよな」

 相手のコザック、小坂はそういって手に魔力で鉄爪のようなものを出して見せた。一見やばそうだが、俺はいいよと答えた。こいつの考えがだいたい読めたからだ。

 こいつのこれはブラフだ。見かけは派手だが、威力は全くない。となると、反対の拳が本命だろう。実際、彼はそっちに魔力を集めて強化してる。こいつなりに工夫してきたな。そこまで馬鹿ではないようだ。だが、そこ以外はお留守ということだね。

 詳細は面白くもないので省こう。勝負はほぼ一瞬だった。

 ブラフの拳をあえてうけ、本命の拳をがちがちに固めたとげつきシールドで受け止め、痛みに一瞬怯む隙に足になけなしの魔力を集めて撃たれたブラフの拳ごと全身で押し込んで場外に押し飛ばす。

 決するまで一秒あったかなかったか。

「兄さん、いい目してるな」

 ボスには全部わかったようだ。こいつはやっぱり別格だ。

 何か言いたそうにしてるコザック、小坂をボスはにらむだけで黙らせる。

「おめえら、この兄さんは魔法使いタイプだが、護身術はきっちりしている。戦いにもかなり慣れてらっしゃるようだ。参考になっただろう? 」

 全員声をそろえてはいっと答えるのはちょっと怖いぞ。あとこいつら今のどこまでわかってたんだ? コザックはたぶん絶対わかってない。

 そしてやっと冒頭に戻る。

 一見、足をとめての頭の悪い打ち合いのように見えて高度な応酬は延々続いている。ボクシングの試合に似ているが、おたがい素手だしラウンドの概念はない。体力がきれて一発まともにもらったほうが負ける。そうならないようにダメージコントロールし、相手には逆に自分より多くのダメージを与えようとする。

 伍堂は馬鹿だが、肉弾戦についてはあいつの肌感覚がいい仕事をしている。

 かれこれ連続五ラウンドは戦ってる。二人とも肩で息していてつらそうだ。

 このままいつまで続くのかと思ったが、変化を最初にもたらしたのは伍堂だった。

 強めの牽制をうって少し距離を稼いだかれは人間としての偽装を「一つ」はいだ。

 肌の色が金属めいた赤銅にかわり、眉毛がひょうっと長くうしろにたなびく。

 偽装用の魔力を戦闘につっこむためなのだろう。

 ボスはにんやり笑うとこっちも偽装をはいだ。

 額に短く角がもりあがり、耳まで割けた口からは牙がこぼれ、顔から鼻が消え、複眼のような大きな目が二つという異形。複眼のような目は奥に大きな黒目がぎょろぎょろ動いているので保護用のなにからしい。

「こっから本番だ」

 変身をといたあとはボスが押し気味になった。手下どもは固唾をのんで拳をふるわせ興奮してみている。ここぞとボスはラッシュにはいる。伍堂はかなりダメージを受けたが、それでも二ラウンドくらいの間はしのぎきっていた。カウンターで相手の体力をわずかづつだが削ってさえいる。

「そろそろ、決着つけるぜ」

 変身、ラッシュはボスにもきつかったらしい。ここぞとばかりにその肩に筋肉がもりあがる。

「そうだな」

 伍堂をそういうと変身を「全部」解いた。波打つ蓬髪、肌に浮き上がる君主への忠誠を誓う力の紋、そしてこいつも牙がにゅっと。

「俺はあと変身を二つ残してる」

「なんだと」

 伍堂の渾身の拳、驚いたボスはカウンターをうとうとしてもろにくらってしまった。

「俺の、かちだ」

 ボスの体は場外にとばされていた。それだけでなくしばらく立ち上がれないようだ。

 俺はというと顔をそむけて必死に笑いをこらえていた。

 伍堂のあれははったりだが、ゲームかアニメか漫画だったかからのぱくりだ。今の総力ではボスのほうがかなりまさっていたが、消耗をさそい、はったりでひるませ見事にしとめた。

 ほめてやるべきだろう。

 手下どもを見ると、全員おびえて目をそらしている。

「負けちまったな」

 ボスがひょいと立ち上がった。鬼の姿はもう偽装にもどしている。伍堂のほうはまだ座り込んではあはあいっていて偽装がもどっていない。

「どこの御仁かしらんが、すごい戦士と戦えて光栄だ」

「それはどうも」

 ボスは伍堂と握手しながら立ち上がるのを助け、肩をばんばん叩く。

「だが、おまえさん、本来の力はもっとあるんじゃないのか? 」

「あー、うん。事情があってな」

 そういいながら伍堂のやつ俺に助けを求める目をしている。

 せわのやけるやつだ。

「そっちの兄さんが教えてくれるのかい? 」

 しょうがないので、簡単に説明してやる。基本的にクソ上司の受け売りだ。

 まず、大魔法結界について説明した。肉体強化系は少しわかりにくいが、古代の名も残らぬ偉大な魔法使いたちによって魔法そのものが封じられていること。

「なんでそんなことしたかは聞くなよ。俺もわからん」

「ああ、わかった。なんかそんなもんがあるんだな」

 ボスのやつはそういいながらどうやらなんとなく察し始めたようだ。バカではここまで強くなれないのだろう。伍堂は強いがバカだけど。

 その結界が魔法が当たり前の世界の住人には有害なのだと説明した。

「力の源を封印しておかないと、もって数年。生命そのものが吸い出されてしまうので、強いやつほど勢いがよく。早く死ぬことになる。穴の近くなら、魔力があるから半分くらいは力がもどるけどな」

「死ぬだけかい? 」

 鬼族はそこはあまり問題にしない連中だ。だから気にしてるのは弱くならないか、だろう。

「こっちにはいろんな穴からやってきた連中の子孫がいるけど、先祖の能力はほとんど持ってはいないな」

 ボスの顔がくすんだ。

「だまされたか。あの爺、そのことを黙ってたな」

「爺? 」

「そこの穴をあけて俺たちを呼び込んだ爺よ。こちらの世界には使われてない力があるから、取り込めばみんな強くなるとぬかしやがった」

 ははあ、で、取り込み口にいればもっと強くなれると踏んだか。

「強くなるかもしれないが、悪い影響もあるって話もある。信じるかどうかはあんたの勝手だが」

 ようやくここで偽装を取り戻した伍堂がそういった。まあクソ上司の受け売りだが、このことについては俺もやつも心当たりがないではない。俺たちの価値観的には堕落したとしか思えない連中が湧いてきて、これが邪悪な強さを誇っているのだ。

 あれは単に時代の変化で、俺や伍堂が時代遅れなだけかも知れないがクソ上司のこの豊かだが残忍な世界の影響というのは信じたい一面がある。

 それは過去の魔法的悪行の限りの結果なのだとクソ上司は言った。

「で、俺たちはどうすればいい? 帰れというなら帰るが」

「それで願えるか。だが、あんたが戻ると穴はふさがってしまう。そこんとこは知っといてくれ」

「承知した。おい、野郎ども、聞いた通りだ。みんなで帰るぞ」

 穴は本堂の瓦礫をとりのけたところ、かなり大きな本尊の背中にあいていた。光背で隠していたらしいがそれはとりのけられている。

 つながった先は緑豊かな場所らしく、湿ったひんやりした空気があたりに流れていた。ボスが通るとふさがるはずなので、彼は一番最後だ。

 スキンヘッド集団は穴にはいると本来の鬼族の姿を取り戻し、消えていく。

「じゃあいくぜ。あの爺に会うことがあったらやつの言葉には気をつけろ。いつの間にかその気になっている」

 洗脳系の魔力だろうか。

 ボスが穴に飛び込むと、穴はきゅっと縮んで閉じた。同時に、何かすずやかな音を立てておちた。

 見覚えのある鈴が落ちていた。だまって拘束具をかけてみるとぎゅっと縮んでしめあげる。同じものだ。

「なんだそりゃあ」

 伍堂はのんきでいいな。

「我らのクソ上司への土産だ。たぶん喜ぶぞ」

 絶対顔をしかめるに違いない。

 すっかり生気のようなものを失った廃寺から戻る途中、沙織と新人と合流した。彼らが目をそらしていた老人たちは急に元気がなくなって、話が続かなくなって外で待つことになったそうだ。

 この小さな集落はもうすぐ消えてしまうのだろう、そんな気がした。


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