第9話 鬼族②
伍堂と沙織は意外や別の仕事ですでに顔見知りだった。紹介の手間は省けたのだが、あの傍若無人な伍堂がどうも苦手そうな様子なのはとても面白かった。そもそも最初に彼にだけ声をかけてないあたり、あんまり沙織は好感をもってないらしい。
やっぱり臭そうだから?
魂はともかく肉体は異界人の子孫とはいえこっちの人間の彼女が佐奈子みたいな正体スライムの淫魔のはずはないし、何があったのか。
「楯野さん運転お願いしていいですか。買い出しと休憩と説明のために途中のショッピングモールを一か所ナビにいれてるので、そこにいきましょう」
「では、私はもどりますな」
吉田氏とはここまでだった。考えたら沙織は免許もってないと思う。
ナビは便利なもので、初めての土地の初めての道でも従っていればなんとかなる。
最終目的地まではナビは設定できないそうだけど、すぐ近くというところまではルートが設定されていた。
「宿泊が必要になると思うのだけど、あてはつけてる? 」
前回もそうだったが、行き来だけで大変だ。できればあまり遠くないところに宿でもとっておきたい。金はないけどな。
「街道沿いの集落の空き家を二軒借りてます。電気もきていますし、ふとんもありますよ」
「二軒? 」
「お財布もってる関係で、あたしも泊まりますし、さすがに男性と一つ屋根の下はちょっとね」
ああ、なるほど。
でもなんでこんな若い女性一人をバイトにさしむけたのか。クソ上司め。
家主には借賃のほかに、今月のガス、上下水道、電気代をもつということで話がついているらしい。家の中に残っているものは捨てる予定なので気にしないでいいそうだ。
ゴミだけもちかえればいい、ということ。
この辺の手配はあの吉田と彼女と何人かの手伝いでやってくれたそうだ。
財布は彼女預かりだそうで、買い足すものは多くはなかった。おもに食材と衛生用品を少々。古くてぼろくてよければ鍋も包丁も食器も現地にあるというので不足があれば再度買い出しに出ればいいだろうということになった。
「なんなら、財布は俺か土師くんに預けて君だけ帰ってもいいんじゃないかな。夏休みとはいえ受験生があんまり長く家を離れるものじゃないと思うけど」
厄介払いのつもりではない。だが、その申し出は断られた。
「仮名池谷さんからあなた方にお金をあずけないよう言われてます。特に伍堂さんは絶対だめ。土師さんは大丈夫そうですが、楯野さんに逆らえないだろうから駄目らしいです」
それってさ、伍堂ほどじゃないけど俺も駄目ってことだよね。
「それに、勉強道具はもってきてます。むしろはかどりそう」
ああ、遊びにいく場所も誘ってくる友達もいないからか。元の彼女ではどうかわからないが、いまの活動的な彼女だとそういう誘惑には弱そうだ。
あとで新人と話をすると、気さくな分、いろんなお誘いが多くなってきて本人もやはり断り切れないことが多いらしい。
「なんでそんなにくわしいんだ」
「僕もたまにさそわれるからです。告白かわしに付き合わされたことも二回ほど」
彼氏既にいる演技につきあったらしい。
「そういう君はあの子をどう思ってるんだ」
「なんとも」
新人君は苦笑した。
「あっちの世界で世話になった姉ちゃん枠の人があんな感じでしてね。恩もあるし、嫌いでもないですけどとにかく世話の焼ける人で」
懐かしそうに、しかし少し苦々しい顔でそんなことをいう。かなり振り回されていたようだ。四天王の同僚に、どうしようもなくだらしない女格闘士がいたが、あいつを連想するのは失礼だろうなさすがに。ヤク中のゴブリンでももうちょっとましな生活してるぞってやつだ。
どうもクソ上司の思惑とは逆で未練を強めてしまってるんじゃないかと思うがね。
「その姉ちゃん枠にまたあいたいかい」
「そうですね。楽にしてあげたいです」
ぎょっとした。何がどうなのかわからないが、それ以上のことは間違いなく踏み込みすぎになる。こいつ、重い未練をかかえているな。彼女できたくらいじゃそれは消えないだろう。俺はそうか、としか言えなかった。
街道脇の、山にそった横長の建物が離れて四件。それが集落だった。人が住んでるのはこのうち駐車場をそなえた店舗一件で残りは竹屋だったらしく、朽ちた竹をたてかけたままの家とか昔は何かの事務所だったらしい間口の広い家とか、半壊した家。その裏にある小さな二階建て。
借りたのは間口の広い家と小さな二階建てで、二階建てのほうを沙織が使い、俺たちは車庫に使える広々とした空間のある間口の広い家を使うことになっていた。
家の中には二十年くらい前の日めくりカレンダーがそのままになっているし、工事かなにかの会社だったらしく黒板にわずかに工程表らしいものを書いた痕跡がこびりついている。準備にきた連中がつかったのか、鍋や古いデザインの食器が干してあったし少しかびくさいが布団も干してしまったもののようで隅っこにたたんでつまれていた。旧式のエアコンはまだ動いて、かび臭い冷気を放つ。
移動だけでもう夕方になっていた。それでも様子見くらいはしたいと思ったのだけど、よりによって伍堂なんかに慎重にいこうと言われてしまう。屈辱だ。
「それより、こっちの部屋をみてみろよ」
十人くらいまでならなんとか入れそうな小さな会議室が車庫にした広間から続く部屋にあった。マーカーの跡が汚いそれにいくつも写真がはってあり、コメントがはいっている。
「あの吉田っておっさんにもきてもらったほうがよかったかもな」
一枚の写真の中ではスキンヘッドのたくましい半裸の男がぐったりした大きな猪をかついでにいっと笑っている。どういうことをしたのか、牙がかすったような浅い傷があちこちにあるが猪の牙はそんなひっかくようなものではないはずだ。
そうかと思えば夜にとったらしく、正体はわからないが光る両目がいくつも残像を引いてどこかにむかっている写真もある。
「感じるか、すぐ近くじゃないが遠くないとこに『穴』がある。大きさとかわからんが、夜は何がいるかわからん」
猪武者のようでやっぱり軍人の彼は慎重な意見を吐いた。もっともだ。特にこの群れはやばそうだ。穴の近くでも、俺たちにはもともとの力の半分も出せない。
書かれているメモを見てみると、どれもごく最近の日付がはいっていた。
半裸のスキンヘッド男はリーダーのロクというらしい。群れで最強と書かれている。光る眼の群れには「?」しかなく、「危険! 夜間は定点カメラのみで」とかいてある。ほかに半裸のたくましい男たちが老人三人と一緒にとった集合写真もあった。その何人かが老人を手伝っている写真もある。コメントには「彼らは老人たちを大事にする」と書いてある。
「この爺さんたち、アンカーってことはないよな」
伍堂が珍しく考え深げだ。
みたところ、そういうコメントはない。普通の老人にしか見えない。半裸の男たちについてははっきり「変身した異界の種族」とコメントがはいっている。
「この判定は大阪支部の召喚者がやったのかな」
「かもな。ここには来て、手におえねえと判断したんじゃねえかな 」
伍堂のくせに冴えたこと言うな。
「で、俺の出番と」
そこでどや顔しなければいいのに。
「どうだ、勝てそうか? 」
「楽勝だぜ、といいたいとこだが」
戦場で何度も強者とまみえたことのある男は顔をしかめた。
「今の俺だと微妙だな」
じゃあ、俺にも無理だな。単純な肉弾戦ではこいつにはかなわない。
突撃トニーだって俺に負けるとは思わなかっただろう。そういう戦いにもちこめれば別だが、今回は誰か締めれば終わりというわけではなさそうだ。
光る眼のこいつらがいる。
「作戦会議だよ」
お盆をもった新人を従えて、一番若いはずの彼女がやってきた。財布を握ってるやつには逆らえないらしい。
同感だ。
写真についての説明は伍堂と話し合った通り。
これにホワイトボードにかいた略図で目的地のだいたいの状態の説明が追加された。
現地には廃屋二軒、そして独居老人、老夫婦の住む家が一軒づつある。
「学生の調査やってことでわたしと土師さんでお話を聞くという形でみなさんを引き留めるので、その間に伍堂さんおねがいします」
殴り倒せ、ということらしい。
「相手は何人もいるようだけど大丈夫かな」
「さしでボスと勝負となれば誰も邪魔はしません。そういう人たちです」
彼女は廃屋とかいた奥まった一軒をさした。
「ここは廃寺です。彼らはここにいます。人数は全部で十七人。楯野さんは伍堂さんの介添えをお願いしていいでしょうか」
面倒を見てやれと。まあしょうがないな。
「実行は明日の午前を考えています。夜はあの人たち、血が騒ぐのかあんまり話のできそうにない状態になってるので」
「この写真かい? 」
伍堂があの目の光る写真を指さした。
「ええ、吉田さんの話だと、危うくけが人がでるところだったそうです」
「これ、暴走状態に見えますね」
新人が首をひねった。
「始まりの巨人の毛穴といわれている迷宮の底から、創造の魔力の供給が過剰になると歪んだいきものが噴き出して近隣をあらす。迷宮で長くすごした人がそれにいきあうと同じく理性を失って暴れだすんですが、その状態の目にそっくりです」
彼のいた異界ではそういうことがあったらしい。俺の知ってる迷宮は龍脈に魔法使いが作った研究施設で生産設備で要塞だった。主が死んだやつなんかは自由に荒らしてよかったので見つかると有志で乗り込んだものだが。
「外の爺さんたちは異界人ではないんだよね」
「吉田さんの調査では違うそうです。どちらかというと吉田さんや仮名池谷さんの仲間の子孫だそう」
「どゆこと? 」
沙織はちょっとだけためらった。事情はいろいろ聞いてるらしいが今はなしていいかは彼女の判断に任されていたらしい。決心して彼女はうちあけてくれた。
「ここにあった穴は封印されてたそうです。お寺はその封印で、近くに守り人を住まわせたという古い記録があったそうです。平安時代にはここは鬼の住む山だったそうです」
鬼、か。伝説にある大江山のようなものかな。
「そんな記録、よく残ってたね」
「存在はすっかり忘れられてたそうです。完全に閉じてないけど、封印されてるから何も出入りしないはずなのに、あの人たちがいるということがどういうことか、他にもないのか、大阪支部はそちらの調査に全力だそうです」
「殴り倒しても穴が残ってると同じだろう。もしかしてこのリーダーはアンカーなのか? 」
「誰かがここの穴をあけて、彼らを呼び込んでリーダーをアンカーにして安定させたと東京本部からきたスタッフが言ってました」
「アンカーで、殴ればいうこときいてくれるなら話は早いな」
伍堂はやる気になったようだ。俺はそういうシンプルでないほうの話が気になる。
「誰かが、って誰だい」
「それはまだ話せないっていわれました」
おいおい、俺たちの仕事はもうほとんど残ってない穴の残りをつぶしてまわる単純なものと聞いていたんだが。
全部つぶせば最終的に俺も伍堂も社長も帰れる。そのはずなんだが穴をふやされると困るぞ。
しかめっ面になるのを抑えることはできなかった。
一方、伍堂はどこかご機嫌で、ずいぶん早い時間なのに寝るといって布団を敷いた部屋に引き上げてしまった。
沙織が新人に勉強をみてもらうのを俺一人ビール傾けながら眺めていることになった。テレビはつまらない。それにチャンネルもよくわからない。
「熱心だな」
「ちょっといい大学にいければ、公務員採用が決まってるんですよ。じゃあ、がんばってみようかなって」
彼女の魂は異界のもののはずなんだが、えらく現実的な計算をするものだな。よくわからないが、なぜかわくわくしているそうだ。女性が教養を身に着け、社会的に成功することを好まない社会は多い。俺んとこは実力主義でまだましだったが、たいていの国はそうだった。伍堂んとこもそんなにかわらないだろう。こっちの世界だって昔はそうで今でも名残がある。でも、それでも異界の魂には喜ばしいものがあるようだ。
新人は高校は出ていない。高校の間の時間を異界ですごしていたから。戻ってきてまず受験資格を得るため大検を受けて突破。行っている大学がどのくらいのものかわからないが、彼女の目指してる大学とそん色はないらしい。二人とも頑張り屋だ。
俺もがんばんなきゃな。元の世界に帰ってももう四天王の座はないだろうし、それなら何か生業にできるものをつかんでのんびり暮らしたいものだ。
やっぱこれかな。
ビールの金色を眺めて考える。酒なら陣営関係なく好まれるし、こいつはうまい。水と、炭酸と冷却。製法をただ知るだけではなく、この三つをクリアしないといけない。あそこは硬水が多いから硬水の多い国の製法も見たいし、そうなると金がいるよなぁ。
そんなことを思いながら飲んだくれているうちに眠くなって俺も先に寝た。伍堂がいびきをかいていたが、かまわずぐっすり寝られた。
二人は結構遅くまで勉強していたようだ。
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