第4話 八百比丘尼③

 村が正式に廃村になったのはほんのおととしのことらしい。

 既にその時にはもう誰も住んではおらず行政上合併した先の町も道路等の維持の必然性を感じず道路の維持、配水と配電をやめたそうだ。

「待ってくださいよ。誰もすんでいないっておばあさんは? 」

「そうなんですよ。ちゃんといるのにひどい話でしょう? 」

 憤懣やるかたなし、彼女はぷんぷん怒っている。クールっぽいのは外見だけみたいだ。そして、かなりのおばあちゃんっこだ。これは説得要員に選ばれるわけだ。

「水も電気もなしでどうやって暮らしてるの? 」

 俺んとこみたいに魔法で水を集めたり、電池にあたる魔石がそこらの小さい魔物から取れるわけじゃないし。

「水は湧き水がたくさんあるから大丈夫。だから水洗トイレも使えるし、お風呂もこまらない。上水道はとめられたけど、煮炊きは薪と灯油を使ってる。あと、いとこのユウ君が太陽光パネルはったりいろいろしてくれたから冷蔵庫も動いてました」

 ユウ君有能だな。

「でもスマホはつながんないので困る」

 現代っこらしい悩みってやつか。

 廃村になって道も廃止になった以上、配達などは期待できない。なので親族でささえていたのだけど、それもそろそろ限界なので説得して町にくらしてもらおうという話になったそうだ。

 ま、そうだよな。冬なんかきつそうだ。

「おばあさんも心細かったり、寂しかったりするでしょうね」

「ううん、そうでもないのがちょっと心配で」

「どういうことです? 」

「わたしたちの知らない親戚もときどき来てるみたいで、ものが増えていたり、一人で直せないようなものが直ってたり」

 それは嫌な予感がする。穴には徘徊、固定のほかに大きさや通りやすさで種類があるが、もしかすると俺の見たこともないような大穴かもしれない。

 穴のむこうの住人が出入りしてるとなるとちと大問題だ。

「どんなものが増えてました? 」

「ジャムとか乾燥ハーブとか食べ物関係が多いですね。あとはどこか外国のらしい竪琴みたいな楽器」

「おばあさん、それ弾くの? 」

「ええ、聞いたこともない楽しそうな曲を。どこの国の? ってきいたらそのうち連れて行ってくれるっていうだけで答えてくれない。調べてもわかんなかったです」

「おばあさんは外国の人なんですか? 」

「違いますよ。といいたいけど最近、自信がなくなってきました。聞いても教えてくれないんですけど」

 後で、クソ上司に電話してきこう。あのアマ、こういうことについてはさすがに詳しいし、連絡しなかったらめちゃくちゃうるさい。

 そこからはあたりさわりなく、彼女が小さいころに見聞きした村のくらしなんか聞きながら小僧を拾う場所、もよりの駅を目指した。


 朽ちかけた古い木造駅舎の前で、そこだけ色鮮やかなコーラの自動販売機。その前のバスなんか何年も来てなさそうなバス停のベンチに小僧は腰かけてまってた。短い袖をまくったTシャツからは太くはないがよく引き締まった二の腕がでているし、ジーンズは少しだけダメージジーンズで足元にハイキング用のバックパックをおいている。そしてけだるそうにのけぞり気味に飲み物の缶を傾けていた。

 写真での目つきは鋭くくすんだものだったが、それから時間があったらしくぱっちりした目は何もかもに猜疑の視線を飛ばすスラムの若者みたいな感じはなくなっていた。

「土師君か? 楯野だ」

 なぜかすごくびっくりした目で見られた。人違いで声をかけたのかと思ったくらいだ。

「あ、はじめまして。土師です。今日はよろしくお願いします」

 乗れといったら少しまってくれという。

「これを飲み切ってから」

 彼の飲んでたものの正体がわかった。缶のぜんざいだ。それもあついやつ。

「間違って隣をおしたら出てきまして。もったいなくって」

 なんでそんなあるある話を引き当てるかな。

「拭け、そして貸せ」

 汗だらだらの彼にタオルを投げて缶ぜんざいを奪った俺は一気にあおった。

 熱々とはもう言えない甘い液体が喉をとおっていくが全然平気だ。ついでに甘いものは結構すきなので問題ない。飲み終えたら缶を投げてゴミ箱にシュート。

 集まるじと目に車をおりてちゃんと捨てなおしにいくことになったがドントマインドだ。

「熱くないんですか」

 まあ、少々熱いけどこんなもので音をあげるようなら四天王は勤まらない。

「じゃあまずはコンビニで買いだしするよ。欲しいものはない? 」

「あの、いいですか」

 車を出そうとすると、見るに見かねた感じで桃山沙織が俺に声をかけてきた。

「買い出しならコンビニじゃなく、うちがいつも使ってるホームセンターとスーパーはどう? ほんの少しだけ回り道だけどそっちのほうからも行けるし。あそこなら冷房もきいてるし、座れるよ」

 すごい汗、と指摘されて面目を失った気持ちだ。

 結局彼女の言う通りにした。

 移動途中で土師に彼女を紹介し、土師には自己紹介してもらった。

 土師道雄は少しとうのたった大学生、と自己紹介した。普通なら卒業の年齢で一年生をやってるかららしい。どうしてそうなったか、ははっきり言わなかったが依頼人は自身にもあるリスクとして「浪人」と一人合点していた。大学の名前を彼がいうと、ちょっと尊敬のこもった目をしたのだからきっといい大学なんだろう。

 俺んちでは大学は二つしかない。でかい帝国の首都にあるお抱え大学と、独自の経済と軍事力をもった都市国家の形の大学だ。どっちも敵だったのでこっちの大学生の存在になれるのには少しかかった。

 教えてもらった大型スーパーとホームセンターのある広々とした駐車場に車をいれるころには、後部座席の二人はある程度うちとけていた。残念なことに大変礼儀ただしい関係で下世話なクソ上司の期待のようには運びようもなかったが。

 たぶんこれが終わっても連絡先の交換までいかないだろう。縁があったらまた、程度で終わる。四天王は人間関係の機微にはうといがそれくらいはわかる。

 小さなフードコートがあったので、そこで涼んでから食べ物といくつかの小物を買った。行ってすぐ解決しない可能性はある。おそらく一泊、最大二泊は考えてそれ以上になりそうなら一度引き揚げる。このことを説明して不足の準備をするよう指示した。二人ともあんまり多くは買わなかった。爪切りなどの小物、それから自分なりの嗜好品。

 二人に買い物に行かせてる間に、クソ上司に電話をいれた。

「何か注意することは? 」

 聞いた話を説明し、助言をもとめると、予想通りの答えがかえってきた。

「あっちの人間をみかけるかも知れないから注意して」

 迂闊に接触すると引き込まれてしまう可能性がある。そういうことだ。

 新人もおそらくそうやってむこうにいったのだろう。

「特に、依頼人が危ない。連れていかれないようにね。拘束具はもってる? 」

 もちろん。だが、これは普通の人間には効果がないはずだ。

「そのときには、いいから試してみて」

「あー、わかりました。ところで」

 俺はふと思い至ったことを質問してみた。

「この仕事、『社長』にやらせなかったのはそういうわけですか」

「あら、さすがね。その通りよ」

 ということは今から向かう穴がどんなものか、クソ上司はだいたい知ってたってことか。

 四天王はある程度察しがきかないとなれない。ため息がでた。

「拘束具は三つもってきてます。依頼人と新人の分はあります。アンカーには使うつもりはありません」

「素敵ね。よい報告を待ってるわ」

 つもりはない、という言葉の言外の意味にクソ上司が微笑むのが目に浮かぶようだ。

 電話をきると、少し寒気がした。

 あったかい汁粉でも飲むか。


 


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