第3話 八百比丘尼②

 余計な情報も多かったし、『社長』と水道の仕事にでてた五虎将崩れの伍堂が社用一号車の片付けをすませてあがってきて余計な茶々をいれまくってくれたので要点だけまとめてみるとこうだった。

 手伝いの新人は土師道雄という名前の男子大学生。一見ほっそりした優男だが、鞭のようにしなやかな筋肉がついていてなかなかの身体。そしてだいぶ毒気は抜けているが昔は修羅場にいたと思われる目つきの鋭さ。

「こいつは『魔王』でも『四天王』でもねぇ」

 社長の言葉の意味するところは察することができた。無理矢理呼び出された仲間ではないということだ。ならなんだ?

「徘徊型の穴からの帰還者でな」

 帰還者ってなんだ? 聞いてみるとまれにこっちの普通の人間が穴の向こうにまよいこんでしまうことがあって、それがさらにまれに帰ってくることがあるそうな。

「無関係な穴の向こうっていけるものなのか」

「先祖にあっちのもんがいるとかじゃねぇか? 俺らでも似たようなところの穴なら飛び込めるっていうぜ。それで帰ってこれなくなったやつもいるって話だぁ。そいつはそいつでおもしれぇかも知れねえがな」

 社長こと『魔王』は本気で言っていると思った。この人、とにかく酔狂が好きだ。

「で、だ。説明続けるぜ」

 この青年はある徘徊型の穴をふさぎにいったときに見つけたそうだ。この時は社長と五虎将の伍堂で行ったそうで、アンカーの魔法少女を送り込んだらかわりにでてきたのが彼だったという。穴は見えなくなったが、消失は確認ができていない。

 穴が消えなかった原因はこの青年の迷いにあるというのがクソ上司の判断だ。先例はあるらしい。完全にあちらの者になる覚悟を決めて穴の向こうに行くか、すっぱり未練を捨てれば消えるそうだ。

「だから俺らの手伝いをすることになってな。まぁ、未練を捨ててくれれば実に簡単なんだが、まぁ、なんてぇかよくある話がいくつもあってな。なんせ行方不明になって六年だ。つきあいのほとんどが疎遠になっちまってるし。親は離婚しちゃってるし帰るところがねぇ」

「つまり、この小僧は穴の向こうに帰りたいと」

 それならアンカーのはっきりしてる今回の仕事とあんまり関係はないはずなんだが。

「そこでこの依頼人、と言うか依頼人代表だ」

 隠し撮りらしい写真がすっと出てきた。派手さはないがキツネ顔のクールな感じの美少女がうつっている。制服を着ているから高校生くらいだろう。

「桃山沙織ちゃん。アンカーの婆さんの孫ってふれこみだが、俺ぁ何代かしらねぇが子孫だと思うね。俺の好みじゃあねぇが、でも悪くないだろ? 」

 何かわからないがすごく下世話なものを感じる。

「で? 」

 塩まく感じに言ったんだが、社長ったらカエルのつらになんとかだ。

「おめえ、この娘と小僧のキューピッドやってくんねぇか」

 思わずむせた。

「待て待て、人を見て物を言え」

「うちの伍堂じゃもっと無理だ。なぁ、頼むよ。ダメ元でいいからサ」

「やだよ、あんたがやれよ。魔王様だろ、人心掌握くらいできるだろ」

「いやぁ、おいら根っからの軍人で、しかもおじさんだろ。若者は苦手なんだよ」

「俺だって軍人だ。ずーっと戦争と魔物狩りと会計との喧嘩だ」

「それだよ。おいら輜重はできのいい副官任せだったんでな。交渉の経験のあるおめぇのほうが絶対むいてらぁ」

 ひどい押し付け合いだ。下世話なたくらみの出元は社長じゃない気がしてたが、この低レベルな争いで確信した。あのクソ上司だ。

 なら、このおっさんと押し問答しても無駄だな。

「ああ、もうめんどくせぇ。わかった。なるべく二人の時間を作るよう配慮する。そんくらいでいいよな? 」

「やってくれるか。ありがてぇありがてぇ」

 この『魔王』、すっかりあのクソ上司に逆らえなくなってるな。ほんとあの女なにもんだよ。

 まぁ、俺も逆らえないんだけどさ。

「で、だ」

 塩まく感じはどうしてもぬぐえない。今回の仕事は面倒くさそうだ。

「依頼そのものはどんなんだ? 」

「婆さんをかわいいお孫さんが説得するから、納得してもらったら必要な片付け手伝って荷物ごと用意したマンションまで運んでくれってよ」

「俺の仕事は婆さんに引導渡してあっちに帰らせるんだよな」

 ひどいな。裏切りじゃないか。

「すまねぇな。報酬ははずむよ」

 いいけど、キューピッドは絶対無理になったからな、俺はそう思った。


 用意された社用車2号はワンボックスのミニバンだった。帰りに四人のるとなると荷物のスペースが少なくなるが、せいぜい仏壇とアルバムくらいだろうし、もし多くなったら再度荷物に応じた車両を借りてくればいいということにした。

 翌朝はいつもの恰好じゃなくネクタイに何でも屋網干の作業着はおったスタイルでまずは依頼人を迎えに行った。メタリックな外見の魔法具は大事にしまってもっておく。どうせここじゃあんまり役には立たない。そうなるとただの冴えない三十男のできあがりってわけだ。

 指定された住所は古い団地区画で、一部はきれいなマンションに建て替わっている。たぶんこの新しいほうだろうな。古いほうはうちのアパートより少し広いくらいの間取りだと思う。そんなとこに婆さんを迎えるとは考えにくい。

 指定された場所には社長と写真でみた少女、それに親族と思われる似た雰囲気の老若男女がいた。親と思われる二人、祖父くらいの一人。身なりはみんないい。少女はさすがに制服姿ではなく、ジーンズとTシャツに黒いメッシュ生地のサマーカーディガン姿だった。

 年頃の娘を預けるせいだろう、じろじろ見られる。これなら淫魔につきあってもらってもよかったかも知れないな。あれでも一応女だし、猫くらいかぶれるだろうし。

 そう思っても後の祭りなのでなるべく穏やかを装った。

 だいぶ胡散臭かったらしい。

 彼女に後部座席にのってもらうまで、社長が必死にフォローしてた。

 あとでなんか言われそうだなぁ。

 車を出しても少女は無言だった。緊張してるのは伝わってくる。うん、こんなのでごめんね。前の職場じゃ名前が売れてたせいか人気はそこそこあったんだけど、他の三人ほどもてなかった気もする。思い出したら少し悲しくなってきた。

 クソ上司の言葉を信じれば、拉致られ穴ふさぎにこきつかわれるのは実力がトップクラスの誰からしい。つまり戦いにゃ勝てるが勝負には負けてたわけだ。悲しい。

 緊張に耐えられないのも困るし、この子もこわいだろうから、と話しかけることにした。

「今日の仕事の確認だけど、俺たちの仕事はあんたを送り届けること、おばあさんの説得はあんた。説得できたら片付けと荷物の引揚げを俺たち。それで間違いないな」

 話しかけるったって、女子高生相手にふれる話題なんかない。いや、じつは流行りの少女漫画とか好きでよんでんだけど、同じものを好むとは限らないし、感性の違いからすべりまくって悲惨なことになりそうなのでもうそうなると事務的な話しかできないじゃないか。

「はい。だいたいの場所は知ってますよね」

「ナビにいれてあるので、ナビでいけるとこまでは大丈夫です。そこから先はさすがに間違えそうですね」

 段取りの説明もしておかないといけないな。

「途中、休憩を除くと二か所よります。駅とコンビニです。駅でもう一人手伝いをひろってコンビニで食事を買い出します。気分が悪くなったりして休憩が必要そうな場合は遠慮なくいってください」

 これでも組織人だったのだから、これくらいの配慮はできる。いや、五虎将崩れの伍堂にゃむりか。あいつは最後の戦いで討ち取った突撃トニーに似ててどちらかといえば猪武者だ。あんなの『社長』はよくこきつかうな。やっぱり王の器なのか。

「ありがとうございます。あの、お名前を教えてくれますか」

 あのおっさん、俺のことはすっぽ抜けてたのか。

「楯野です。社長の麻黄が紹介してくれなかったんですか。ひどいな」

 こっちで使ってる書類上の名前だ。いや、今ではこっちの名乗りが普通か。

 名前の由来は、語るまでもない。俺の得意な魔法に基づいている。社長の名字にいたっては前職そのまんまだ。ひどいセンスである。

 自分たちに対応する穴をふさげば帰れる。召喚を行うと遠くない場所にある穴のトップクラスの住人が出てくる。クソ上司はそう説明した。

 近く、といってもこの国のどこか、程度の近さだ。社長にいたってはもう三十年はこっちで過ごしていて、前の地位に戻ることはすっかりあきらめている。

 ただただ、なじんだ世界で隠居生活を送りたいらしい。伍堂のやつは仕えた主の元に戻りたい一心だそうだ。

 俺はあっちの生活のほうが豊かにくらせるから帰りたい。こっちには便利なものが多いが、貧乏人はしょせん貧乏人だ。あっちなら隠し財産があちこちにある。

 元の地位にはまぁ戻れなくてもいいか。

「楯野さんですか。あの、よろしくお願いしますね」

 彼女は微笑んだ。仏頂面の時はわからなかったが、笑うと少し華がでるな。

 女好きで夜のお店の常連の伍堂をあてなかったのは社長らしい判断だ。

「はい、よろしくお願いします」

 なるべく、怪しくないように言ったつもりだが、少し引く感じがあってまたやっちまったかなと思った。

 なので、話題を変えた。

「もう一人を拾いに行くまでの間、おばあさんのこととか、村のことを教えてもらっていいですか」

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