(12)船内の攻防

順調な航行であったが、上手くいかないとジリジリしている男がいた。

この船を雇い入れた貴族の男である。


“神殿の上層部にいる貴人に近づける絶好の機会だ”


船の上という場所でなら、上手く行く。

その勝算から、男は商会から半ば強引に権利を奪った。その分、金を積むが船員達は商会に指名された者達だ。別にそれくらいは許そう。


しかし実際は男の私兵が少ないため、数での利に押されている。早速船を出した男は、貴族同士であるから御目通りが叶うと思うも躱された。船が着くまでには、顔と名前を売れるとたかを括っていたのに。


(ガードが固い。)


男は上手くいかない状況に、焦れている。

乗せたのは6人。目の前にいるのは商人と獣人の男…狼だと聞いている。


誘導や宥めすかしに引っかからず、うまく躱されていた。

男は苛々を隠して、交渉を続ける。


「ご挨拶をしたい」

「馴れない船旅なのでご機嫌伺いに」

「学者の話を聞いてみたいと思っていまして」


手を替え品を替えしたが、2人の壁は厚い。あの部屋にも入れない状態で出て来ない。


金も賄賂も通じず、女は連れてきていないので手段が他に打てない。


強行突破は悪手。船員達もこの商人の味方らしい。

(くそ、なんで上手くいかないんだ!)


危険に合わせてれば咎められるのはこちらだ。

なら、子供は?


もう1人の男がべったり付いているが、機会が得られれば簡単に懐柔できる筈だ。そう思うもまだ機会は訪れない。


子供1人、飽きて甲板にくらい出てきそうなものだが?


その時は、船員達の計らいで貴族の男に気付かれないようにしたのも気づいていなかった。



狙いはキースだが2人はセリにこそ近づけないために、強固な守りを敷いているのだ。氷の竜人の番に軽々しく近づかれれば、氷で船が沈没するかもしれない。


「セリちゃんがいるから、船は壊さないんじゃ無いか?」

「寒いのもイヤよ。」


カナンの予想に、シュルトはその事態を考えたくなくて否定した。


そうならないための布石に、商会を通して準備したシュルトの味方をする料理人や船員達。


貴族の男、その浅はかな企みさえ利用する。金を出させて、叶わない希望を夢みるだけ。


キースは気にも留めていないし、興味も引かれていない。

ちょっと巻き込まれそうなグスタフは、実害さえなければ協力してくれる。


一番避けなければいけない事態は、セリとの接触。馴れ馴れしい態度だが、その予防策にキースさえ使っている。


無事な航海は、貴族の男の思惑とは別な進路を指しているがありえない機会に足掻いているのだった。


その分、一等良い部屋では暇を持て余し平穏な時間が過ぎるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る