ココア

ただの、いちどくしゃ

ココア

窓の外を見ると昨日の雨とはうってかわって青空が広がっていた。

「まだ寝てるの?晴れてるよ。」

だけどキミはすっぽりと布団をかぶってぴくりともしない。


そっと布団をずらして見える握りしめたスマホと乾いた涙の跡で全てを察知する。


「まだ寝る?」

「うん。ダイジョウブ。」

ダイジョウブってキミが言う時は大抵大丈夫じゃない時だ。

だけどこういう時はそっとしておくのが一番だと僕はすでに知っている。




ほとんど太陽が真上に上がった頃にようやく起きてきたキミ。

「またダメだった。今度は行けるかなと思ったんだけどな。えへ。」

「あ。うん。」

一生懸命平静を装うキミに本当はいろいろ声をかけてあげたいんだけど、不器用な僕はなんて答えていいかわからない。




今度の会社もキミを採用してくれなかったけど、だけど僕はキミが世界一素晴らしいことを知ってるよ。


キミは本当に笑えるぐらい何にでも一生懸命だし。ピュアすぎて傷つくことも多いけど、だけどその分いろんな人に親切にできるし、気配りだってピカイチだし。


ほら、この前だってドトールで小さい女の子がドリンクを倒しちゃった時、咄嗟にティッシュをカバンから出して拭いてあげたり、店員さんにウエスを借りに行ったり。そんなことできる人はなかなかいないよ。


せっかく楽しみにしてた映画を見に行ったはずなのに、

「駅の階段でうずくまってる人がいて駅員さん呼びに行ったりしてたらもう映画始まちゃってたんだ。だから前のカフェでお茶して帰ってきた。」

って平然と言ったり。


他にもそんなエピソードは山のように知ってるよ。


だけどそんなことはキミはすぐに忘れてしまって、自分の至らなさばかりにフォーカスをあてて自分で自分を傷つけるんだ。


確かにキミはおっちょこちょいでいろんな小さなミスをあちらこちらに振りまく。

そしてその都度キミは必要以上に落ち込む。

だけどそれはいろんなところに気がまわり過ぎて注意が定まらないだけだってお医者さんも言ってたじゃないか。


ほら、この前作ってくれたチーズケーキも絶品だったよ。

バースディのサプライズだってカッコ悪いぐらいにうるうるきちゃったの、どうせバレてたんだろ。


少なくとも僕にとってはキミは世界一素晴らしい人なんだよ。

僕はキミの笑顔のためならキミの応援団長にでも広報宣伝大使にでも立候補するよ。

だってキミの笑顔は僕を元気にすることだってできるんだよ。

僕は。僕は。。。。




心の中では翁弁な僕だけど、心ここに在らずのキミを目の前にしては何もいえなくなってしまう。


そうして「何か飲む?」と返事も聞かずに立ち上がる。


そういえばこの前マスターに美味しいココアの作り方を教えてもらったんだっけ。


最初にココアパウダーと砂糖をしっかり混ぜて乾煎りする。

そして静かに少しずつ少しずつミルクを加えて弱火でじっくり温める。


それだけのことだけど、そこに僕は美味しくなあれ元気になあれと真剣に真剣に念じる。


キミのお気に入りのマグになみなみとココアを注いで「ちょっと熱いよ」って言いながらキミの前の差し出す。


「あ、ココアなんだ」とキミはうつろな目のまま意外そうに呟く。


そして一口飲むキミを僕は見て見ぬふりをしながらかたずをのんで見守るんだ。


「うわぁなにこれ。美味しい!」


うっすらとほほに赤みがもどったキミの笑顔を見て僕は心の中でガッツポーズをたかだかと上げる。


「そういえば昨日面白そうな動画見つけたんだったよ。一緒に見よっか?」


「うん。あっ!でもちょっと待って。その前にシャワー浴びてくる!」

元気に部屋から出て行くキミ。


「ココアあとで飲むんだから絶対飲んじゃわないでよぉ〜」

キミの心のエンジンが動き始めたを確信して心底安心した僕は、残りの週末をどう過ごすか考え始める。




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