第17話 昔日

 昔、泣き虫な馬鹿がひとりいた。


 馬鹿にはいっちょ前に、好きな女の子がいた。取り立てて噂にはならない女の子だったが、馬鹿にとってはドストライクだった。


 とはいえその馬鹿は引っ込み思案で、内気で、人見知りで。彼女を遠くから眺めているばかりで、なにかアプローチを仕掛けようということはしなかった。


 それで満足だったのだ。


 けれどある日、偶然にも馬鹿は見かけてしまう――放課後の教室。


 女の子は、ひとりで泣いていた。


 なにがあったのかはわからない。いじめられていたのか、それともなにか他のことがあったのか。とにかく彼女は、確かに泣いていた。


 そしてその日から、一度も笑わなくなった。


 馬鹿は――どうにかしたいと願った。


 馬鹿は彼女が好きだった。彼女の笑っている顔が好きだった。闊達かったつに笑う彼女が好きだった。だから、また笑ってもらいたいと思った。


 けれど馬鹿は、どうしようもなく馬鹿だった。


 ようやくアプローチを仕掛けるも、どうしたって慣れないことだ、あれもこれも功を奏することはない。全ては徒労に終わり、周囲からは意図を解されず遠巻きにされ、結局彼女の笑顔を見ることは叶わなかった。


 馬鹿は自分の無力さに、泣いた。あまりにも弱い自分に、失望した。

 そして、馬鹿は悟った。


 ああ、そうか。ダメなんだ。自分じゃあ、足りないんだ。

 自分が主人公じゃないから。道化にすらなりきれないから、彼女を笑わせられない。


 主人公ならきっと、颯爽さっそうとかっこうよく立ち回って彼女の笑顔を取り戻すんだろう。愉快に剽軽ひょうきんな道化なら、多彩に笑いを咲かせられるのだろう。


 でも、自分はそのどちらでもないから。

 どちらにもなれないから。

 だから、俺は、彼女を助けられない。


 そうやって、俯いて。二度と舞台に立とうとするまいと、諦めた。

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