第14話 時には外れても、いいかもしれない
全体の競技開始は九時から。始まりは百メートルだ。しかしこれが長い。なにしろ選手数が一番多い種目だからな……学年と男女別で各八組。三年生が走るまでにすらかなりの時間がかかる。まずは一年生男子から。
スタンド席から見ているが、どうやら目立って速い奴はいないようだ。まあ、まだ一年生だしな。陸上部だって、これから伸びていくんだ。こんな時期からダントツに速かったのは堂島や神子島くらいのもので、特に堂島なんて予選のタイムからして当時の三年の優勝者より速かったからな。けっ、主人公め。
大きな滞りもなく、消化されていく。ようやく三年生が始まる頃になって、俺もウォーミングアップのためにスタンドから降りて行く。ジョギングペースで走りながら横目に見ていると、どうやら五組の面々は作戦通り、地味に点数を稼いでいるようだった。今のところ、最下位はいない。少なくとも八人中七位、ときには二位に入るという思わぬ大健闘をしている文化部もいた。
いやあ、負けてられないな。
堂島と神子島はと言えば――どちらも流していた。それでいて余裕の一位、予選通過だ。
ちょっと憎たらしいところではあるが、あれは決して手を抜いているわけではない。一流の選手というのは、決して予選で力を出しつくさない――温存する。
決勝でフルスピードを出すために。
いよいよ、俺も頑張らないと。
思いながら、着々とアップを消化し、一息ついてから時間を見て点呼場所へ向かう。砲丸投げ担当審判らしい五組の担任から選手点呼を受け、他の競技者とともにぞろぞろとフィールドに入っていく。
俺がこれから出るのは、砲丸投げだ。
一応、これが俺の本来の種目。昔取ったなんとやらで、まあ二、三点は稼げるだろうという算段。……正直それなりの自信はあるけれども。まあ期待しちゃあいけないよね。
なにせ、右を見ても左を見ても重量級。ひょろっとしているのは全学年二十四人の中で俺だけだ。相撲部はなかったはずだけれど、一年生ですら俺より重そうなのいるし。野球部、ラグビー部……三年生だと、毎年県大会に出場している柔道部の主将もいた。やはり巨漢だ。
いやあ、怖いねえ。ほら、投擲って、結構体重で飛距離が決まったりもするからさ。特に心得のないもの同士だとそれが顕著。こんな、走れないから砲丸投げに来ました、みたいな連中と並んじゃうと、やっぱりブルっちゃうねえ。砲丸を持っても小さく見えるからねえ。
フィールド競技はトラックと違ってかなりマイペースに進む。まずは練習一投、それから試技を三投。想像以上にゆっくりだ。
練習が一周する頃、そういえばと見れば、トラックは二百メートル、三年生女子だった。
八瀬さんがスタート位置に構えている。
「…………」
よくよく目を凝らす。ここからだと二百メートルのスタートラインは遠い。しかし辛うじて個人の判別はできる。
Get set 、とコールがかかる。
……八瀬さんは。
思えば人一倍、練習していたな。
体育の時間も、やる気になっている他の女子よりさらに熱心に練習していた。神子島にいろいろと訊いたりして、一点でも多く取るために走っていた。
昨年。楽しもうとして、しかし叶わず、それどころか裏目に出て。
そして今年。
示された、悲願を手にできる可能性。
少なくとも、勝てば楽しい。
神子島の言葉を、信じているのだ。
傍目に見ていても、八瀬さんは決して足の速い方ではない――陸上部をやめて、結局八瀬さんは帰宅部。中学の頃はどうだったか知らないが、二年もブランクがあればそんなものだ。
今は。
――号砲が鳴る。
一斉に、八人が飛び出した。
八瀬さんは三レーン。位置としてはなかなか運がいい。百メートルラインまで先頭に食いついている。思いのほかフォームが綺麗なのは、神子島によってみっちりと
その中に、八瀬さんがいる。
突出して速いものはいない。慣れていなければ二百メートルは地味に長い。全員が辛そうな顔で、もつれるようにしてゴールラインを割った。
絶対とは言えないが――恐らく八瀬さんは、三位だ。
最後まで、粘り切った。
「……やるじゃん」
先に走り終えてゴール横のテントにいたクラスメートと、飛び上がってはしゃいでいるのが見える。そりゃそうだ。七位どころか三位。一点どころか六点だ。大活躍と言える。
「次、三年五組、オヤシロくん――」
こりゃあ、俺も頑張らなきゃなあ。名前の訂正とかしてる場合じゃないよ。いや、さすがに担任に間違われたのはショックだけどさ。
俺は二十一人目。柔道部主将は俺の次だが……軽くプレッシャーでもかけてやろう。
砲丸を持って、サークルに入る。二百メートルはまだ続いている。スタンドからの声援が遠く聞こえる。砲丸投げなんて、競技場の隅で地味にやるだけだからな。誰も見ちゃいない。
だから、なにも気にならない。
弾みをつけて一度頭上にまで掲げ、そのまままっすぐ下して首元に据える。金属のひんやりとした肌触り。
懐かしい感覚。
――もし、まだ陸上を続けていたら。
この感覚を、リアルタイムで味わえたのだろうか。
そう自問するも、問うだけだ。
答えは決まっている。
ピットに背を向け、上体を倒す。バネとなる右脚に体重を乗せ、たわめる。
俺は今も昔も、決して主人公ではない――けれども。
ふ、と奥歯を噛んだ。溜めた力を、一点に当てる。
――たまには背景から出てみるのも、いいかもしれない。
あらよっと。
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