第10話 団結の呼応
選手決めの会議から、二週間。体育祭までの二週間だ。
その間に、俺は体育祭実行委員として、数回の会議に召集を掛けられたが、恐れていたほど大したことはなかった。選手名簿を提出した他は、体育祭当日の流れの確認と、役割決めくらいだ。俺は少し考えて、早朝の会場設営に納まった。仕事はさっさと終えていた方が、そわそわしないからな。
それから、クラスの雰囲気。
相変わらず、俺は教室後方から漠然と眺めていたが、変化は明らかに見て取れた。
一週間に、体育の授業は二回。二週で四回だ。この四回、全て特別に体育祭に向けての自主練に開放されている。
そうともなれば、従来のこのクラスならば誰もが喜んで遊んで過ごすところ、そうしていない顔が存外多かった。
短距離に組み込まれた奴は、堂島に走り方のレクチャーを受けている。走り幅跳びや走り高跳びの連中も、熱心に練習しているようだ。女子も女子で、神子島が教官になっている。八瀬さんも輪の中に加わっているのが見えた。
神子島の演説は、想像以上にみんなの意識を変えたようだ。
勝てるかもしれない。
そんな可能性を、大なり小なり植え付けた。
やっぱり凄いな、と素直に感心しつつ、砲丸を持ち上げる――神子島のアドリブで長距離にエントリーすることになったが、初めから登録していた俺の種目は砲丸投げだ。長距離の練習だって必要だが、そちらに関してはあまり心配していないし、アイテムがないと練習できない砲丸投げを優先した方がいいだろう、と思って体育の授業時間はもっぱらこちらを練習している。ちなみに、砲丸投げには俺しかいない。男子の投擲種目が砲丸投げのみだし、女子の投擲種目はハンドボール投げだから、砲丸投げを練習しているのは俺だけだ。グラウンドの片隅を地味に往復している。
中学の頃、砲丸投げを二年弱やっていた。とはいえ高校に入ってから二年以上のブランクがあって、一体どうなんだろうと不安はあったが、いざやってみれば昔取ったなんとやら、助走はできなくなっているが立ち投げであれば恐れていたほど崩れてはいなかった。これなら、昨年一昨年も砲丸投げに出ていればよかったかも、と微量の後悔がよぎる。両方とも、百メートルで濁していたからな。やり直したいとは思わないが。
そして、体育祭を目前に控えた最後の体育の授業。
投げて、ごろごろと勢いよく転がっていく砲丸を追っているところで、ふと誰もいなくなっていることに気が付いた。ついさっきまでは走っている奴や幅跳び、高跳びの練習に精を出している奴らがいたのだが、いつの間にか姿が見えない。授業終了まではまだ時間があるはずだときょろきょろ探すと、向こう、百メートルゴールライン付近で男子たちが円陣を組んでいるのが見えた。
おいおい、マジか。ようやく止まった砲丸を拾い上げながら、苦笑する。士気が高まっているのはいいことだが、まさか円陣を組むほどとは。俺が一声もかけられていないのは存在を忘れられているからだろうな。先日のことを根に持った堂島のいやがらせだとは、さすがに思いたくはない。そこまで根暗な奴ではないだろう。
その堂島の発声が、この距離にあっても明朗と響いてくる。
『――勝って笑うぞ!』
野球部張りの腹に入った
……しかし。
「勝って笑うぞ、ねえ」
フライ・ド・チキン、だったら今ここで笑うところだったが。
よ、と弾みをつけて右手に提げた鉄球を頭上にまで高く掲げ、首元に載せる。
勝って笑うぞ。その文言を発したのが堂島だというのが、なんというか皮肉だけれども。
堂島にそれを言わせる流れを作ったことに、自分が一枚噛んでいるという事実へ、少なくない手応えを感じることくらいは、許してもいいだろうか。
身を沈め、身構える。かつてどうやって投げていたかを
投げるのは腕の力ではない、足の力だ。たわめた右脚の力を、
イメージはシンプルに、大砲だ。
最後に、ふっと息を詰めて、六キロの砲丸を押し出す。
斜め上空へ飛んでいく鉄球を、見送る。
お、いい手応え。
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