第8話 壇上に立つ先導者

 空隙くうげきに間断なく続けられたことで、クラスは神子島に注目せざるを得なくなる。

 そんな全員へ、神子島は明朗めいろうと言う。

「ここまで私たちは、このクラスの体育祭に対する心の態度を話し合ってきたのよね。遊楽を探求するか勝利に邁進まいしんするか――でも、ねえ、みんな」

 ちょっと考えてみて、と神子島は言った。


「そんなこと、いくら考えても不毛よね」


 え? という疑念が教室に満ちる。突然の話の腰を折るような発言に、神子島の顔をまじまじと見る。

 だが、誰ひとりとして即座に反駁はんばくすることはできない。

 神子島が言うのだから、なにか考えあっての発言だと、無意識に先を待ってしまっている。


「だって、どちらにしても楽しくなんてなれないものね」

 その静寂に、遠慮なく神子島は入り込んだ。

「考えてもみて。例えばこのクラスで勝ちに行ったとするわね。でもそれはとても難しいという話だった。――えっと、どうして難しいんだったかしら?」

 わざとらしく言いよどんでみせて、意味ありげな視線を送る。その視線を受けて応じるのは、堂島だ。

「それは……だから、俺たちのクラスには運動部が少ないし、頑張ったところで運動部の多い他のクラスに勝てるわけがないから」

「そうね、そんな話だった。私たちのクラスは、決してスポーツに秀でているとは言い難い。それなら、初めから勝負を捨てて、ただ楽しく盛り上がることだけを目的に参加しよう――でもね、みんな」

 神子島は溜めなくあっさりと言った。


「それじゃあ、絶対に楽しむことなんてできないわ」


 絶対に、とまで断言した神子島に、わずかにざわめく。

 ちょっと、と声を上げたのは堂島だ。既に一度発言したことで意思表明に抵抗が少なくなったのだろう。神子島と親しいという理由もあるかもしれない。眉根を寄せて、わずかな苛立ちを見せながら堂島は問う。

「どうしてそうまではっきりと言えるんだ? 楽しもうとしてるのに、楽しくならないわけがないだろう」

「あら、竜賢たつまさくんはわかると思ったんだけれど」

 軽んじられるような返しに、堂島はむっとした顔をするも答えない。わからないのだろう。

 黙り込んでしまった堂島に、当たり前のことよ、と神子島は言う。

 そう、それは至極当たり前なこと。

 なぜならば、



「負けたら絶対に悔しいもの」



 そうでしょう、とクラスを見渡す。ぐ、と言葉に詰まるものが多いが、否定できる奴はひとりもいない。


「八瀬さんも言っていたわね。例え初めから勝負を放棄していたって、本当に負けてしまえば悔しい。どんなに頑張って盛り上がったところで、敗北は何度でも水を差しに来るわ。そのたびに、私たちは空しくなっていくでしょう。でも他にどうしようもないから、ひたすらに高揚感を空回りさせ続けるしかない。純粋に勝利で喜びに沸く他のクラスの姿を見て、やるせなさに覆われる。後で我が身を振り返って、その痛々しさに悶えることになる」


「で、でも、絶対に負けるって決まってるわけじゃないでしょ? もしかしたら勝てるかもしれないし」

「無理よ」

 折角誰かが言った楽観は、即答で両断された。

 なぜなら、と神子島は言う。


「どんな勝負も、勝とうとしなければ勝てないもの。初めに勝利への欲を捨てているのに、どうして勝てるの? 実力で負けていて、心構えで負けていて、どうやって勝つの? というか、万が一そうやって奇跡のように勝ったとして、嬉しいかしらね?」


 努力なしに報酬を得ても、楽しくはならないでしょう、と。

 淡々と言う神子島に、提言した女子はぐっと詰まる。

 談話室で、陸上部の女子ふたりが八瀬さんに言っていたことだ。

 楽しくやると言っても、やっぱり勝てなければつまらない。

 負けてばかりではつまらないし、負けたけど楽しかった、だなんて、心の底から言うのは難しい。

 勝たなければ意味がないかどうかは、ともかく。


 それなら、と代わって声を上げたのは、堂島の取り巻きのひとりだ。

「全力で勝ちに行った方がいいっていうのか? でも負けるものは負けるだろ」

 ちらちらと、黙り込んでしまっている堂島を横目に見ながら言う。まあ確かに、今の状況は議題の発端である堂島を、神子島が論破しているようなものだからな。陸上部のエース同士、カリスマカップルの対立だ。見ている側としては、別の心配が浮かぶのだろう――俺は別段、悪い気はしないが。

「確かに負けるでしょうね」

 だが、神子島はそんな懸念など歯牙にもかけない。

「でも、ひとつだけ違いがあるわ。言い訳ができるということ――『私たちは勝敗なんて気にしてない。楽しみたいだけなんだ』ってね。負けるたびに、また負けるたびにそんな言い訳を繰り返す。ねえ、情けないとは思わない?」

 取り巻き男子も黙らされてしまった。まあ、男なんて見栄と矜持きょうじの生き物だからな。そんな言い方を、しかも神子島にされてしまっては、もうなにも言えまい。

 他に言いたいことのある人は? 神子島が悠々と教室を見渡すが、次々と論破された連中に続ける肝のある奴はもういない。

 しかし、反論はもうできないにしても、そろそろ言い出す誰かが現れてもいい頃だ。つまり、


「それなら」

 と。


「レーカちゃんは、どうしたらいいって考えてるの?」


 ……驚いた。

 誰かが言うだろうと思っていた問いではあったが、しかしそれをていしたのは、八瀬さんだった。

 ずっと俯かせていた顔を、まっすぐに壇上の神子島へ向けている。その表情には、けんも高揚も見られない。

 純粋な、聞きの姿勢。


 勝つことにこだわることができず、しかしただ楽しもうとすることに失敗して。

 それでも、もしもこの二択を打開できる方策があるのなら。


 八瀬さんの視線を受けた神子島は、にやっと笑った。

 例の底冷えするような笑みだ。

「単純なことよ。簡単ではないかもしれないけれど、とても単純なこと――その前にひとつ確認したいのだけれど、ここまで誰も出場種目の希望を出していないのだから、別にどの種目に出ることになっても構わない、適当に決めていいということよね?」

 え、と戸惑いがざわめきになるが、神子島は頓着とんちゃくしない。ちらっと一瞬だけこちらへ目配せして、また教室全体へ視線を向ける。俺は受けた合図に頷いて、ポケットから折りたたんだルーズリーフを取り出すと、チョークを握り直した――そこに書き連ねてあるのは、種目とクラスメートの一覧だ。俺はクラスメートの名前なんてほとんど覚えていないからな、カンペがないとほぼわからない。

 ようやく俺の出番だ。

「楽しむことだけを望んで空しくならず、勝つことだけを求めて悔しくならない方法――これは本当に、言葉にしてしまえば馬鹿みたいに単純なことなのよ」

 一心不乱に黒板へ名前を書き殴り始める俺の音を背景に、神子島は朗々と言った。



「楽しんで勝てばいい。それだけのことでしょう」



 一瞬、ほぼ全員があっけにとられたような顔になる。例外は提言した本人と、真剣な顔で聞き入っている八瀬さん、そしてそれどころでない俺くらいのものだ。ガッガッと俺がチョークを削る音だけが数秒を支配する。

 しかし今度の反発は早い。


「楽しんで勝てば……って、それができないからどっちかにしようって話だったじゃないか」


 俺は背中を向けているから誰が言ったのかはわからない。男子だな、と思ったくらいだ。そいつの名前を既に黒板へ書き入れたのか、まだなのかもわからない。そうよ、と追随する女子の声に対しても、同様だ。


神子島みこしまさんが、さっき自分で言ってたでしょ。うちのクラスじゃ勝てないって」


 そうだそうだ、と頷く音が聞こえる。まあ、そうなるわな。そんなことは、神子島だってわかっている――勿論、そもそもこれを提案した俺自身も。

「確かに言ったわ。そしてそこに、大きな齟齬そごがあるのよ。ここではっきりさせておきましょう。ねえ――みんなにとって、勝つとは、なに?」

 また持って回ったような言い方をする。みんなそろって歯痒はがゆい思いをしているだろうが、こういう単純なことは改めて聞かれると答えられないものだ。


 単純なこと――無意識に設定していた前提。

 勝つ、とは。

「それは一位になること、優勝することだ――そう思っているでしょう。違う?」


 否定の声は上がらない。

「優勝するのは、それは無理よ。無理無理。そうね……もう何人か運動部がいるか、竜賢たつまさくんがあと三人くらいいれば可能かもしれないけれど」

 堂島を引き合いに出したのは、実力の評価というよりは、陸上部でありながら体育祭にやる気を見せない堂島に対する嫌みだろうか。ようやく半分ほど埋めながら背中越しに神子島の表情を想像する。

 多分、今この教室の中で一番楽しそうな顔をしてるんだろうなあ。

 ……しかし、多いな名前。三十四人分だもんな。そろそろ疲れてきた。


「それじゃあ、レーカちゃんにとっては違うの?」

 再び問うたのは八瀬さんだ。その平静な声に、ええ、と神子島は軽く頷く。

「私にとって勝利とは、決して優勝することではない――特に、このクラスではね。みんな、体育祭は三年目だから知っていると思うけれど、閉祭式で表彰台に上がれるクラスがいくつあったか、覚えてる?」

 勿論、全員がわかり切っていることだ。だから神子島も誰かの回答を待たず、自答する。

「三クラスよ」

 つまり、

「一位だけではなく、三位までのクラスが、表彰台に上ることができる」

「……なにが言いたいんだ?」


 お、久し振りだな。ここまでしばらく黙っていた堂島の声だ。声色にはやや苦々しいものが混ざっているが。

 なにが言いたいのか。

 堂島の言葉を繰り返して、それはね、と神子島は言う。

「みんなは高望みをし過ぎているということよ。同時に、自分たちを過小評価してもいる」

 ねえ、と全体へ語り掛ける。


「確かに私たちは、優勝はできないでしょう。私たちにはそんな実力はない。だから勝つことがイコールで優勝だと思っているというのは、紛れもなく高望みよ。でも、三位に入ることなら、不可能ではないわ。それだけの地力じりきは、私たちには確かにある。優勝できないから最下位しかない、だなんて、自分たちを低く見過ぎよ。勝つことが決して優勝ではなく、表彰台へ上ることなのだと思うことができるなら、私たちにはそれが成し遂げられる――勿論、勝とうと思って勝ちに行けば、だけれど」


 想像してみて、と神子島は愉悦ゆえつで彩った声で言った。

「このクラスは、他の七クラスに比べて特に文化部の多いクラス。まさか私たちが上位に入って来るだなんて、他のどのクラスも考えてはいないでしょう。先生たちの中にも、いないでしょうね。言ってしまえば、最下位候補筆頭――このクラスにだけは、負けることはないだろう、なんて思われていることでしょう」


 そこで、だ。


「私たちのクラスが、あろうことか表彰台に乗っている――誰もが驚くでしょう。私たちは誰ひとり想像だにしていなかった、まさかのダークホースというわけ。絶対に負けないだろうと思っていた弱小クラスに出し抜かれた他のクラスの顔を、ちょっと想像してみて」


 ね?


「面白いでしょう?」


 ふふ、と神子島は笑った。普段から表情をほとんど動かさない神子島だ、声を出して笑うなんてことはまず滅多にあり得ない。その神子島が、笑った。

 ねえ、と。


「ゾクゾクするでしょう――してやったり、それ見たことか。足元をすくってやった。こんなに楽しいことなんてないわ」


 他人の不幸は蜜の味、というわけだ。

 案の雛形ひながたを立てたのは俺だが、しかし改めて思う――神子島みこしま

 ドSだな。

 だが、影響力はやはり大きいようだ。


 ごくり、と生唾を呑み込む音が聞こえた。

 ほう、と吐息する音も聞こえた。

 想像したのだろう――その情景を。

 見上げるだけだったはずの自分たちが、見下ろしている様を。

 しかし、


「……できるの?」

 問うのはやはり、八瀬さんだ。ずっと平静だった八瀬さんにも、ここまで来るとさすがに内心が現れてくる。


 期待。

 その思いに、神子島は実にあっさりと応えた。


「可能よ」

 いい? と神子島は全体へ言う。


「ルールを読んでもらえばわかるけれど――この体育祭、各種目の、一部を除いた各レースの順位ごとに、得点が配分されているの。例えば百メートルなら予選で二位が五点、一点ずつ下がっていって八位は零点。各組一位が決勝で、一位が十三点、八位が六点。他の競技の場合は一発決勝で、点数配分は百メートル予選とほぼ同点よ。難しいと思う?」

 でもね、とひるがえす。

「基本的に得点は七位まで与えられる。つまり最下位にさえならなければ一点は確実にもらえるの。――いくら文化部だからって、最下位にしかなれないということはないでしょう? だって、他のクラスにだって文化部はいるもの」


 一位になれとは言わない。運動部に勝てとは言わない。

 ただ、できる範囲での勝利を。


「下から二番目でも得点できる。それは小さく見えるでしょうけれど、確かな勝利よ。さらには、もうひとり抜けば二点。さらにもうひとり抜くと三点を得られる」

 少しずつ、得られる点数を吊り上げていく。

「地味かもしれない。目立たないでしょう。でも、このさりげなさの積み重ねが、予想外の結果をもたらすのよ。ヒーローは何人もいらない――まあ」

 少なくとも、と意味ありげに言う。

「うちのクラスには、ヒーローは少なくともひとり、いるわけだけれど。私たちの学年には陸上部が全部で七人。そのうちの短距離走者がこの五組にはふたりもいるわ。このふたりは、順当に優勝してくるから」

 言わずもがな、ヒーローとは堂島のことで、もうひとりとは神子島のことだ。体育祭を無難に通り過ぎようとしている、つまりやる気のない堂島を、暗に脅迫きょうはくしたことになる。手を抜いて適当に過ごそうものなら、みんなの期待を裏切ることになるぞと。

 しかしこいつ、さらっと自分も加えやがった。勿論実力に裏打ちされた自信なのだろうが……この場面でそれを言える胆力が凄いな。

 と、マズい。あと少し、急がないと。


「たった数人のエースだけでは、クラスが表彰台に乗ることはできない。全員が、ひとりも欠けることなく最善を尽くすことで成せる勝利よ。そしてこれが」

 そのためのオーダーよ、と。


 神子島が黒板を示すのと、俺が書き上げるのがほぼ同時だった。

 危ねえ、ギリギリだった。


 ずらっと書き連ねられた名前を示しながら、神子島は堂々と言い放つ。

「特に希望もなかったから、こちらで適当に決めさせてもらいました。ええ、適当に、ね。体育の授業や部活でのみんなの動きを見て、これなら少なくとも一点を確実に持って帰ることのできる割り当てよ」

 全員が、それぞれの振られた種目を探す。ちなみに俺はと言えば砲丸投げ――昔取ったナントカだ。神子島は勿論百メートルで、堂島もしっかり百メートルに名前を入れている。逃がさねえぞ。


 みんなが一通り確認の視線を彷徨わせている間に、神子島も振り返って黒板を眺める。と、やや半目になってぼそっと、

「汚い字ねえ……」

 うるせえ、ほっとけ。


「勿論、このオーダーだから確実、というわけではないわ。それぞれの自助努力は絶対に必要不可欠よ。ひとりでも手を抜けば、その分だけ表彰台が遠ざかっていく……勿論、これは私の側からのひとつの提案に過ぎないわ。このオーダーもね。だから、なにか異論があれば、言ってくれて構わない」

 どうかしら、と神子島はクラスを見渡す。俺もざっと見てみるが……ふむ。

 どうやら、思っていたより遥かに、いい雰囲気だ。


 目標を明らかにすること。

 ひとりひとりの必要を示すこと。

 それが、勝てるかもしれない、という思いを根付かせる。


「……ひとつ」

 と、手を上げたのは堂島だ。まさかこの期に及んでまだ反対する気か、と思わず身構えてしまうが、神子島は鷹揚おうようにどうぞ、と促す。

 堂島は、苦虫を噛み潰したような顔になってはいるが、

「その方針に、反対はしないよ。俺もそれでいいと思う……けど、それならそれで、抜けがあるんだ」

 そう言って、堂島はプリントの一枚を示す。体育祭のルールが列挙されたそれだ。

「体育祭の出場選手人数は基本数三十六人。クラスの人数が足りないときは、ひとり一度まで複数出場を認めるとルールにある。俺らのクラスは三十四人だ。でもそのオーダーには、その分がカウントされていない……勝つことにこだわるというのなら、そこも埋めた方がいいんじゃないのかな」

 え、と俺はルールのプリントをよく見てみる。すると確かに、そのような記述はあった。そして堂島の言う通り、うちのクラスは三十四人で、俺も黒板にはぴったりの人数しか書いていない――抜かった。その辺りの話は、神子島とは一切していない。

 どうするよ、と見るが、しかし神子島は全く動じていなかった。こちらを見もしない。


「ええ、大丈夫。抜かりはないわ」

 忘れていたことなど微塵も滲ませず、堂々と頷いて見せる。いや、でもそこまで打ち合わせはいなかったぞ。


 そこは、と言って、神子島は一度口を閉じる。この瞬間に考えているのだろう。そして不自然でない程度の空白だけで、再び言った。


「私たちのクラスは、他の多くのクラスに比べて男女ともにひとりずつ少ない。そして空いている枠は、男子千五百メートルと女子八百メートル。男女ともに長距離ね――この枠には、それぞれ私と御社みやしろくんが入るわ」


 え、と俺は一瞬神子島がなにを言ったのか理解しかねて視線を向けるが、神子島は一顧いっこだにしない。そして、そうか、と堂島も頷いて引き下がってしまう。


 え、俺?

 聞いてないよ?


 テンパる俺に、そこでようやく神子島がこちらを一瞥いちべつした。そこですかさず、無理ですって、と俺がなにかアクションをするより先に、

「できるでしょ」

 と一言だけ置いて視線を戻してしまった。


 く……おのれ。

 もう断れないじゃないか。


「他に、なにかある人は?」

 神子島は教室を一望する。もう、不平不満を言うものはひとりもいない。

 と、ひとりだけ、手が上がった。

「八瀬さん――どうぞ」

 神子島に促されて、八瀬さんは頷く。

 おずおずとした様子は変わりない。だがこの会議の初めに、楽しむだけではダメだと提言したあの姿とは、決定的に違う。


「レーカちゃんの言う通りに頑張ったら、私たちは、勝てるかな。楽しく……なれるかな」


 それは、問いではない。

 確認だ。


「さて……そこはみんなのやる気次第よね。そればかりは、私ではどうしようもないもの」

 さんざん焚き付けておいて、今さらそんなことを言う。おいおい、と俺は半目になるが、神子島の応じには続きがあった。

「勝つ気概きがいがあって、そのための努力をしても、やっぱりダメかもしれない。あと一歩で及ばないかもしれない――でも」

 これだけは言える。



「少なくとも、勝てば絶対に楽しい」



 それから、ついでに思い出したのだけれど、と悪戯いたずらっぽく笑う。

「私たちは三年生で、来年はもうないわ。ここで表彰台に上ることができれば、私たちを敵とすら思っていなかった他のクラスに、リベンジを許さない。つまり、勝ち逃げよ」

 面白いでしょう? と。


 確認は、取るまでもなかった。

 いちいち見なくても、わかる。

 つい一時間前とは、明らかに空気が違う。


「さて。私からのプレゼンテーションはこれで終わりよ。どうかしら――頑張れるかしら?」

 今更な問いかけに、うん、と強く頷いたのは八瀬さんだ。

 ずっと抱え込んでいたわだかまりを吹っ切ることのできたような顔で、笑う。


「頑張れる――みんなで勝って、楽しもう」

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