第4話 彼我の差を遠く見る

 翌日。

 三限の化学が、体育になっていた。どうやら昨日の時間割変更は、今日と昨日とで一コマ入れ替えられていたらしい。

 授業内容は、短距離走。

 始業前に学校周りのランニングコースを三周し、準備体操の後、体育教師から若干のレクチャーを受け、あとはひたすら実技。

 他のクラスだと二クラス合同だったりするのだが、五組だけは一クラスでの授業だ。短距離走に関してはさらに、男女も同じグラウンドで練習する。コースはグラウンドの反対側だが、なにげなく顔を向ければ女子の授業風景も見えるわけだ。


 ウォーミングアップ中。俺はひとりで最後尾を走りながら、なんの気なしにクラス全体を眺めていた。準備体操を終え、実技が始まってからも、なんとなくクラスメートたちを俯瞰ふかんしている。

 俺のクラスは、文系クラスだ。だからというわけでもないが、文化部所属の奴が多い――特にうちのクラスは、文系クラスの中でも一番、文化部が集まっている。

 けれど。

 ……だからと言って、別に運動が苦手なインドアクラスってわけでも、ないよな。

 特筆して運動音痴な人間は、いない。逆にスポーツ万能な奴というのも、ほとんどいないのだが――例外をひとつ除いて。



「次。用――意」



 パァン、と号砲が鳴る。その瞬間に、スタートラインに並んでいた四人が一斉に走り出し――五メートルも進まないうちに、既に先頭に出る奴がいる。

 もたもたとした走り方の他の連中とは明らかに一線を画した、洗練されたフォーム。姿勢、腕の振り、脚の回転まで、素人目でも常人でないことがはっきりとわかる。


 堂島・竜賢たつまさ


 神子島みこしまと同じく陸上部所属にして、これまた神子島と同じく、陸上部のエース。

 短距離種目で一年の頃から全国大会に出場している。中学の頃からその筋では名を知られていた。種目の違う俺ですら名前を聞いた覚えのあるくらいだ。それが県内トップクラスの進学校にいて、成績も常に上位をキープし、さらに極め付けには長身と爽やかなルックス、嫌みのない性格。稀に見る完璧人。

 俺なんかとは比べるべくもない才覚、天恵。

 あれこそまさに主人公だ。


 そんなだから、クールビューティと名高い神子島と並ぶと確かに絵になる。一年生の頃からずっと付き合っているんだろうともっぱらの噂だ。神子島本人に確認したことはないが、事実だとしても別に驚かない。なにせハイスペック美男美女の組み合わせだからな。文句の付けようもない。


 俺には関係ないけどな。


 あっという間にゴールラインを切り、既に一本を終えていたクラスメートの歓声を浴びる堂島の背を遠く眺めながら、考える――あれは例外として、堂島以外にもそこそこ早い奴は少なくない。運動部だけでなく、文化部にも、だ。一位にはなれなくても、三位までにも入れなくても、四位くらいなら、少なくとも最下位にはならないんじゃないかという程度の走力を持った連中が、このクラスには意外と多い気がする。

「……ふむ」

 自分のひとつ前の列がスタートするのを見ながら、腕を組む。


 ……楽しむか、勝つか、ねえ。


 次、とスタートライン横でピストルを持つ先生がこっちを見る。応じてラインに並んで、ふとあらぬ方向に視線を向けると、遠く、女子の百メートルの方でゴールライン横に突っ立つ神子島と目が合った。


 ような気がした。


 気がしただけだ。この距離でそんな細かいことがわかるはずもない――神子島が見ていたのが、堂島だったのか、それ以外だったのか、だなんて。

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