【短編】雨女的な雪女だけどドラゴン討伐パーティに参加することになりました

ぐぅ先

本編 雨女的な雪女だけど(以下略)

 とある酒場の前。人通りの無い昼間の時間、四人の人間らしき姿があった。四人は待ち合わせをしていて、先ほど指定の時間になったらしい。

「それじゃ、まずは自己紹介から。ぼくは重夫(シゲオ)。よろしくね。」

「オレは力剛(リキゴウ)、鬼だ。よろしく。」

「ウチはカマイタチの千鶴(チヅル)。よろー。」


 ……冬子(トウコ)は人間である。そんな彼女が興味本位で「日雇いバイト」というものに手を出した結果、ドラゴン退治というよく分からない仕事を引き受けることになってしまった。


 重夫という人は冬子と同じ人間のようだったが、その隣にいる力剛、千鶴という人? は、それぞれ鬼とカマイタチらしい。二人とも人の形をしているが、おそらく、人ならざる力を持っているのだろうと冬子は察した。


「えっと、冬子って言います。……私、こんなところにいていいんでしょうか。」

「なにを言ってるのさ、冬子さん。雪女だって聞いてるけど、それだけで凄いじゃない。」

 フォローしたのは重夫。その名前とは裏腹に、こう……、ファンタジー的な勇者的な見た目の好青年であった。大きめのリュックを背負い、動きやすそうだが丈夫な服を着ている。一方で特に剣や盾といった武器は身に着けておらず、しいて目立つと言えそうなのは、右手人差し指にある指輪くらいのものであった。

「いや、その……、雪女というのは……。」

「トコピー、雪女ってマジ? ヤバそう。」

 続いて口を挟んだのは千鶴、軽いノリの女の子である。その服装やメイクも年頃の女子にしか見えないが、少し近づくだけで風に押されるような威圧感がある。だが、それでもおそらく力は抑えているのだろうという気配を冬子は感じていた。

「と、とこ……? え?」

「トウコ(冬子)だから、トコピー。簡単でしょ?」

「あ、はい……。千鶴、さん。」

「『チヅル』とか『チヅチヅ』でいいよー。」

 それを聞いた冬子は、流石に「チヅチヅ」は言いにくいなと思った。


「えっと。ですので、私は雪女と言っても……。」

「雪女は敵にすると面倒だが、味方なら心強い。よろしく頼むぞ、トウコ殿。」

「………………ハイ。」

 力剛という名の鬼は、立っているだけで相当な威圧感がある。やはり本物の鬼は怖いかも、と冬子は思った。それゆえに、彼の言う「雪女」とは違うと思いながらも、それを否定できなかった。

 ……その後もなんだかんだで、冬子は自身の「雪女」がどういうものか説明できず、自己紹介の時間がなんとなく終わってしまうのであった。


 さて、この物語のタイトルにもあるとおり、冬子は「雨女」や「晴れ女」と並ぶ意味での「雪女」である。つまり、極度に雪が降りやすい体質というわけで、当然、妖怪の雪女とはまったく異なる。

 雇用主である重夫は人間のようだが、それ以外は鬼とカマイタチ。そこに雪女と来れば、雪女も妖怪と解釈するのが普通であろう。しかし、冬子は「人間」の「雪女」なのだ。



「……じゃあ、今回のドラゴン退治だけど。要件のおさらいしておこうか。」

 重夫はカバンの中を漁りながら三人に対して言う。資料を見ながらおさらいということだろう。……だが。

「あれ? おかしいな、見つからないや。」

「どうしたのだ、シゲオ?」

 重夫に声をかけたのは、鬼の力剛。

「うん。たぶん、依頼書をセンターに置いてきちゃったみたい。取ってくるよ。」

 センターは職業案内所のようなもので、仕事を受けるための施設である。重夫はそこでドラゴン退治という仕事を受けたのだが、その際に貰った、仕事の詳細が書かれた依頼書を置いてきてしまったらしい。

「んー? ウチが飛んでこようか?」

 続いて声をかけたのは、カマイタチの千鶴。風を操れる彼女は、その力を活用して空を飛ぶことも可能なのだ。

「大丈夫。【ワープ】で行くから。……ぼくのは一人用だから、三人は待たせることになっちゃうけどね。」

 【ワープ】とは移動するための魔法のことで、使用すればその名のとおり、特定の場所に瞬間移動できるのだ。とても便利な魔法なのだが、移動先に物や生物がいると危険なので、現在は仕組みの安全化と免許制により、限られた人だけが使用できるようになっている。

 安全化の仕組みについてだが、例えば今いる場所をA、移動先をBとしよう。【ワープ】はAからBに直接移動するのではなく、別次元にあるCに一度瞬間移動する。Cは免許を持っている者に貸し出される場所で、契約者以外が入れないようになっており、そこからBになにも無いことを確認して瞬間移動するようになっているのだ。

 簡潔にまとめるとA、C、Bの順に移動するという仕組みというわけである。

 また他にも、Bの安全確認や、【ワープ】の連続使用により疲弊して事故を起こすことを防ぐため、一回の移動に約三分のインターバルを挟むこと、という利用規約がある。


 長々と説明が入ってしまったが、どういうことかというと、今この場所からセンターまで移動するのに三分と三分で六分。そこから戻ってくるので、倍にしてさらに六分。

 つまり重夫が【ワープ】で行って戻ってくるには、約「十二分」かかることになるのだ。重夫が「三人は待たせることになっちゃう」と言ったのはこのためである。



 そんなわけで力剛、千鶴、冬子の三人は残って十二分ほど待つことになった。力剛と千鶴は特になにも考えていないが、冬子は人間ひとりで取り残され、心細いと感じていた。

 そんな彼女の心情が表情に出ていたらしく、見かねた千鶴が冬子に声をかける。

「トコピー、だいじょぶ?」

「あ、いえ……。大丈夫、です。」

「……ふむ。」

「リッキーも、どしたん?」

 リッキーとは力剛のことである。力剛は冬子のほうを見ながら、怪訝な表情を浮かべていた。

「いや、トウコ殿からな、妖気を感じないのだ。……もしや、その指輪で抑えているのか?」


 力剛の言う「妖気」とは妖怪だけが持つエネルギーのようなもののことで、人ならざる力を発揮するために使用される。例えば鬼なら妖気を燃やして物凄い筋力を引き出したり、カマイタチなら風を操るために妖気を用いたりするのである。そして妖怪なら、目の前にいる相手がどの程度妖気を持っているか感じ取れるのだ。

 だが、冬子からはその妖気を感じない。これはどういうことだろう、というのが力剛の疑問の理由だった。


 疑問の答えになるかどうかは置いておいて、冬子は自分の分かる範囲で回答しようと思った。

「指輪……、これは『ゆき』を抑えるためのものです。」

「……『ゆき』? トコピーどゆこと?」

「ほら、アレですよ。『ステータスオープン!』ってやつです。」

「「???」」

 冬子の発言について、力剛も千鶴もよく分かっていない様子だった。


「……もしかして、『ステータスオープン』ご存知ないですか?」

「いや、知っているが……、『ゆき』とは?」

「あれ? 書いてあったはずですけど。……じゃあ、今お見せしましょうか。」

 そう言うと、冬子は鞄から青白い鉱物のようなカケラを取り出し、強く握りしめた。

「【ステータスオープン】!」


 すると冬子の目の前に、なにやら黒い板のようなものが浮かび上がった。

そこには白い文字で「トウコ」「にんげん」「ちから」「みのまもり」「すばやさ」などといった文字列と、よく分からない数字の羅列が書かれていた。

 冬子はそれに対して素早く手をかざし、三回左に手を動かした。力剛と千鶴には「にんげん」の文字は見えていない。

「ほら、ここです。四ページ目。」

 冬子が指差した部分には確かに「ゆき」と書かれており、その隣には「42」という数字もあった。

「これが普通は10から20、高くて30くらいなんですよ。」

「高いと雪が降りやすくなるってこと? トコピー。」

「はい、もちろんです。……お二人とも、本当にご存知なかったんですね。」

「オレは『ちから』しか見てないな。」

「ウチはなんも見てなーい。」

「………………。」

 冬子はつい、この二人は大丈夫なんだろうかと思ったが、むしろ二人とも自分に自信があるから見ていないのだろう、と言い聞かせることにした。


 冬子が黙ったことにより十数秒の沈黙が流れたが、その後、力剛が思い出したように冬子に尋ねる。

「そういえば、その指輪で『ゆき』を抑えていると言ったが。」

「そうですね。」

「もし外したらどうなる?」

「今、抑えてて42なので、具体的には確か『97』まで上がります。」

「97? なんかヤバそー。外して外してー。」

「いや、その、大したことないですよ。」


 冬子にとって「ゆき」はコンプレックスである。指輪もしなければ晴れた空の下を歩くことができないというのは、周囲の誰も抱えていないような悩みであったのだ。

 さらにその相手が妖怪ともなれば、雪を降らせるだけなんて、きっとがっかりさせてしまうだろう。それに、雪は積もると邪魔になってしまう。

 そういった理由から、冬子は指輪を外すつもりは無かった。


「いいからいいからー。」

「……あっ。」

 だが千鶴はやや強引に、冬子の指輪を取り外した。


 ………………。



「やあ、お待たせ……凄いことになってるけど、どうしたの?」

 重夫が戻ってくると、三人のいた場所には局所的に三センチメートルほどの雪が積もっていた。

「えっと……、私のせいです。ごめんなさい。」

「そ、そうなんだ……。」

 力剛と千鶴は寒さにより、ぶるぶると無言で震えていた。先ほどまで気温は十数度くらいで、そこまで寒いものではなかったのだが、雪が降ったからか、それとも雪が降るためかは分からないが、気温が零度近くにまでなっていたのだ。

 冬子はそんな中、原因は千鶴にあるのだが、二人に寒い思いをさせて申し訳ないと感じていたのである。


「とりあえず、ドラゴン退治に行こうか。ね。」

「そうですね……。」


 ということで重夫たちはドラゴン退治へと向かうのであった。

 なお、積雪を放置するのは良くないことなので、重夫は持っていた融雪用の魔法薬を振り撒いていった。冬子が「雪女」と聞いていたので、用意していたのである。

 これは放置するだけで十分くらいで雪が溶け、その後も少量の魔力が地面に染み込むだけで環境に影響が無いという優れものだった。



「……と、たぶん『これ』だよね。」

 移動した重夫たちは、大きめの公園にいた。遊具等は少なく、ジョギングや陸上競技等の練習に使われるタイプのものである。

 そしてその場所にはあまりにも不釣り合いな、体長三メートルはあろう「ドラゴン」が地に伏しながら眠っていた。


 今回退治するのは「ライズドラゴン」と呼ばれる種類。体表は赤黒く、大きな尻尾と羽を持っている。見た目的に他のドラゴン種と変わった特徴は無いが、このライズドラゴンは炎を吐く時に上を向くという特徴がある。吐く炎が立ち上るのでライズドラゴン、という名が付けられたという説があるのだ。

 このライズドラゴンは気性が大人しいのだが、日中は身体をあまり動かさずじっとしていることが多い。今回は、特にもう三日間はこの公園にいるらしく、近隣住民から苦情が押し寄せたのだとか。

 身体の大きな動物はエネルギーを消費し過ぎないよう、活発に動かない種が一定数いる。おそらくは、このライズドラゴンもそうなのだろう。


「……まず力押しからだな。」

 鬼である力剛は張り切っていた。一応ライズドラゴンには殺害許可が出ているのだが、死骸の対応は面倒なので殺さずに済むならそっちのほうがいいのだ。

「力剛さん、弁償はぼくが責任持つから、常識の範囲内で思いっきりやっていいよ。」

「うむ、ありがたい。」

 戦闘被害の補填は、基本的に戦闘を行った業者がする契約となっていた。この場では重夫がその役割となっている、というわけだ。……世知辛いものである。


 まずは力剛が近づいて、ライズドラゴンを持ち上げようとした。力剛はうんうん唸っていたが、びくともしない様子。

 彼は五分ほど闘っていたが、諦めて戻ってきた。

「……いや、かなり重い。まるで本体以外にも重量がかかっているようだった。」

「リッキーおつかれー。じゃ、次はウチね。」

 続いて千鶴がライズドラゴンの元へ向かう。


「とりま、【切り風】!」

 千鶴の周囲に風が集まり、そこからライズドラゴンに向かって刃のような風が飛んでゆく。この【切り風】は大木もなぎ倒すほどの威力があったが、やはりというか、ライズドラゴンの皮膚には傷ひとつ付かなかった。

「あっれえ?」


 一連の流れを見て、重夫は考察する。

「うーん。防御魔法でもかかってるのかな。誰かが魔法をかけたのか、誤って誰かの魔法薬を食べちゃったか。」

「………………。」

 冬子は重夫の隣で、ただ黙っていた。それもそうだろう。鬼やカマイタチといった、人間離れした力を持った者でもどうにもならなかったのだから。ただの人間がどうにかできるはずがない。彼女はそう考えていた。

「冬子さん。」

「……あ、はい。なんでしょうか。」

「手間かけさせて悪いけど、雪とか試してもらっていいかな?」

「わ、分かりました……。」

 大丈夫かな、と呟きながら冬子は指輪を外す。これで「ゆき」は97になり、すぐ雪が降ってくるだろう。

 ……雪が降ったところでどうにかなるとは思えないけど。と、冬子は考えていた。


 ………………。


 ……だが、五分ほど待っても雪が降る気配が無かった。

「ふむ。さっきはすぐ降ったのだがな。」

 冬子の降雪攻撃? を体験した力剛が言う。

「ちょっと確認してみます。」

 冬子は再び鉱物のカケラを手にし、ステータスオープンをした。先ほど開いた時にページの位置が記録されていたので、すぐに四ページ目を確認できたが、問題無く「ゆき」は97となっていた。


「そっか、流石雪女だね。冬子さんは『ゆき』のステータスが結構高いのか。」

「ええ、まあ……。でも、おかしいですね。よっぽどのことがなければ、これで雪が降るはずなんですが。」

 冬子は考える。自分に原因が無いのであれば、他の人に原因があるかもしれない。なら確認してみよう。

 そう思い至った冬子は、鞄から片眼鏡型の計測器を取り出した。有り体に表現すると、いわゆる「スカウター」のようなものである。


「ちょっと失礼しますね……。重夫さんは『はれ』が33、高いですね。それ以外は10とちょっとで、やや晴れ男みたいです。」

「冬子さん、それは?」

「これはステータスの『はれ』『あめ』『ゆき』の計測器なんですよ。ついでに生物学的な性別も確認できます。」

 通常、「ステータスオープン」は自分自身のものしか確認できないようになっている。理由は単純で、自由に開示できてしまうとプライバシーの侵害となることは間違いないからだ。しかし今回の天気にまつわるもののように、一部パラメータを確認できるデバイスは国の認可が降りている。開発および使用には特に制限が少ないというわけである。


 冬子は計測器を使用し、続いて力剛、千鶴のステータスを見る。

「力剛さん……、おおよそ平均値。千鶴さん……、『あめ』が26でやや高め、他は平均くらいですね。」

 まとめると、冬子の「ゆき」が97、重夫の「はれ」が33、千鶴の「あめ」が26で、それ以外はあまり高くない値。これがそのまま適用されるなら、圧倒的多数で雪が降るはずだった。


 冬子は再び考える。計測器の故障か、それともここに「晴れ男」「晴れ女」がいるということを見過ごしているのか。でも近くには他に誰もいない。

 ……そう、人間は誰もいない。


「……あ!」

 そこで冬子は「とあること」に気づき、計測器で「ライズドラゴンを計測」した。すると……。


「ああ、やっぱり。」

「トコピー、分かったの?」

「『はれ』が115……、間違いありません。あのライズドラゴンは『晴れ女』です!」

 冬子の「ゆき」は97で、ライズドラゴンの「はれ」は115。ついでに重夫の「はれ」が33。つまり、この場においては「はれ」が優勢ということが判明したのであった。


「『はれ』の100越えなんて初めて見ました。」

「……トウコ殿。それも凄いがひとつ言っていいだろうか。」

「なんでしょう、力剛さん。」

「『晴れ女』ということは、あのドラゴン、メスだったのか……!」

「ああ……、まあ、そうですね。」

 ちなみに計測器で性別も確認できる理由については、「晴れ男」や「晴れ女」といった「晴れ○○」が言いやすくなるため、のみである。「晴れ人間」や「晴れドラゴン」は単語としてメジャーではないのだ。


 さて、しかし、冬子の「ゆき」は現在ライズドラゴンの「はれ」に負けている。何度も述べているように冬子は人間なので、数値で負けている以上はどうすることもできないのだ。

「他にどかす方法を探すしかないですかね。」

 冬子が改めて確認するように重夫に聞く。

「んー。ドラゴンって変温動物だから、雪が有効だと思ったんだけどなぁ。」

「確か変温動物って、自分で体温を調整できない動物でしたよね?」

「そうだね。ぼくみたいな人間は恒温動物といって、自分で体温を調節できるんだけど、変温動物は気温がほぼそのまま体温になるんだ。」

「ということは、気温が下がればそれだけで有利になるんですね?」

「いや、とんでもない。気温が下がればそれだけで勝ちだよ。」

「……そうなんですか?」


 この物語を読んでいるあなたは、おそらく恒温動物と思われるので、変温動物の特性について体感的に分かりにくいと思われるだろう。しかし彼らにとって低気温は、まさしく死活問題なのである。

 例えば恒温動物は食物からエネルギーを得るものが多く、人間の体温が三十六度前後であるのは、このエネルギーを消費していることが大きいのだ。それにより、たとえ気温がマイナスになっていたとしても、体内でエネルギーを燃やして体温を保つことができるのである。

 しかし変温動物は食物からあまりエネルギーを得ることができず、気温がほぼそのまま体温、エネルギーとなる。つまり気温が著しく下がってしまうと、凍死というよりもエネルギー不足で餓死に近い状態となってしまうのだ。

 重夫はそのことを知っていたので、「気温が下がれば勝ち」と言ったのである。


「『ゆき』を上昇させる魔法なんて知らないしなぁ。誰か、知ってたりする?」

 しかし、力剛も千鶴も「知らんな」「知らなーい」という様子。知っていそうなのは……冬子だった。

「冬子さんはなにか知ってる? ……ああ、でも、知っていたらもうやってるよね。」

「……いえ、方法はあります。」

 少し深刻そうな顔をして、冬子は鞄に手を入れる。そして、ひとつの薬を取り出した。

「これを飲むと、『ゆき』が大幅に上昇します。」

「おお、そうなんだ。」

「ですが……、その、上昇し過ぎてですね、暴走して取り返しがつかなくなる可能性があります。」


「うえーっ……。」

 冬子のその発言を聞いた千鶴は露骨に嫌そうな顔をした。力剛も表情には出ていなかったが、その心中が穏やかなものではないというオーラを発していた。

 何故なら二人は、直前に冬子の「暴走していない『ゆき』」を体感しているのだ。もしそれが暴走し、あれ以上の寒さに襲われるとなると、たまったものではないのだろう。


 だが、重夫はひるまず冬子に聞く。

「……それを使えば、とりあえず雪は降りそうなんだね?」

「え、ええ。」

「効果はどれくらい?」

「私の場合、だいたい『ゆき』が500くらいまで上がり、下がるのに二十時間くらいかかります。」

「んー、そっか。」

 冬子の答えを聞いた重夫は、少しうつむいて考え込むと、すぐに冬子のほうを向いて言った。


「じゃあ責任はぼくが取るよ。その薬、お願いできる?」

「え………………、本気ですか。」

「うん、大丈夫。お願い。」

「でも、その……、暴走は、寒いじゃ済まないかと。」

「大丈夫。」

 重夫の意思は一切ブレそうにない。冬子は薬を飲む気など一切無かったのだが、その真剣な表情を見て、決心を変えた。もしかしたらこの「ゆき」が、誰かの役に立つかもしれない。彼女はそう思ったのだ。


「……分かりました。飲みますね。」

 冬子は薬を口に入れ……、

「えーっと、ウチ、逃げていい?」

「……オレも。」

 千鶴と力剛が、薬を飲もうとした冬子に対して言った。

「ああ、じゃあ五分くらい経ったら飲むので、思いっきり離れてくださいね。たぶん、公園から出るくらいがいいと思います。」

「ありがと、トコピー。」

「……すまん。」


 二人は逃げるようにこの場からいなくなった。



 ……そうして五分後。この場には冬子と重夫、そしてライズドラゴンのみが残った。

「もう一度確認しますけど、本当に大丈夫なんですね?」

「大丈夫。男に二言は無いよ。」

「分かりました。……では。」

 いよいよ、冬子は薬を飲んだ。


「すぐに効果が出ると思います。……【ステータスオープン】。」

 冬子は自らのステータスを確認できるようにし、「ゆき」の値を凝視する。


 95。先ほどよりも2下がっていたが、これは助走のようなもの。

 二分ほど経過すると、一気に130、184、246、303、382。どんどん上がっていき、それに伴い、空には厚い雲が現れだした。


 最終的に「ゆき」は493まで上昇して停止。さっきまで十四度あった気温もマイナス二度まで低下し、上空の雲からは雪が降り始めていた。

 補足だが、「ゆき」のパラメータがいくら上昇しても、降る量が増えるのみで風が強くなり吹雪くということはない。あくまでただ雪が降るだけである。


「……あ! 動き始めたぞ。」

 雪が大量に降りゆく中、重夫の言うようにライズドラゴンが動き出した。この急激な気温低下は、変温動物の身では耐えられないのだろう。

 そして目を開けたかと思うと、ライズドラゴンは叫びだした。


「さっっっむーーーーーい!!!!」


 そう、ライズドラゴンが「人間の言葉」で、叫びだした。

「え……!?」

「人の声……?」

 その叫びに対して、重夫と冬子が驚嘆の声を漏らす。何故なら、ライズドラゴンが人語を操るという記録は歴史上存在していない。それは現代日本で言うなら、クマが突然人間の言葉を喋ったようなものだろうか。


「は、は、……ハックショーン!!!」

 ライズドラゴンは続けて、大きなくしゃみをした。すると……。



 ……その姿は「小さな女の子」になった。



「え、ええええっ!!」

 冬子は驚きのあまり、出し慣れていない大きな声を出した。

 先ほど「女の子」と書いたが、ドラゴンのメスの子どもというわけではない。それは「人間の形をした女の子」であった。またその小ささは、ドラゴンと比較した時に小さいというもので、人間と比較すれば成人女性より少し小さい程度のものである。


 そんな中、重夫は呟くように言う。

「そっか、『変身魔法』か。ああ、殺さなくて良かった……。」

「……『変身魔法』、ですか?」

「うん。たぶんあの子がライズドラゴンに変身していたんだと思う。あと、防御魔法も一緒にかけてたのかな。たぶんだけど。」

「なるほど……。」


 二人とも納得した様子だったが、今この場において問題点が二つある。

 一つはライズドラゴンだった彼女が何者かということ。

 そしてもう一つは……、今ここで凄まじい大雪が降っているということだ。凄まじすぎて、先ほどの女の子の影がもう見えなくなっている。


「うう、このままじゃ、重夫さんもあの子も寒い思いをさせてしまいますね……。」

 冬子は雪の寒さにも慣れっこだが、冬子以外の人間はそうもいかないだろう。とはいえ、そもそも大雪過ぎるので、もはや「寒い思い」程度で済むような状態ではないのだが。


「そうだった。ドラゴン退治はもう解決したようなものだし、やっておかなきゃ。」

「『やっておかなきゃ』って、なにをですか?」

「まあ、ちょっと待ってて。」

 そう言うと、重夫ははめていた指輪を外した。そのまま冬子から離れるように数歩歩いたかと思うと、腰を低くし、両手を強く握って全身に力を入れる。

「はぁああああああああああああっ……!!」

 ピカッ! ……重夫の身体は光に包まれた。冬子は眩しさのあまり、目を開けていられなくなる。

 

 ………………。


 冬子が目を開けられるようになると、重夫には黄色いような白いような、目に見えるオーラを纏っていた。彼のオーラはほとばしり、上空に向かって伸びている形だ。

 それが原因なのか、視界の邪魔になるくらいの大雪は突然降りやみ、太陽が顔を出していた。

「こ、これって……?」

「冬子さん。実はぼく、純粋な人間じゃないんだ。黙っててゴメンね。」

「……え?」

「実は、人間と太陽神のハーフなんだ。母親が太陽神で。」

「………………。」

 重夫の突然のカミングアウト。言っていること自体は嘘くさい内容だが、現在起こっている現象と照らし合わせると、本当のことだとしか思えなかった。

 何故なら、さっきまであった分厚い雲が嘘のように、快晴となっていたのだから。


 冬子はしばらく呆然としていたが、冷静さを取り戻す。

「……も、もしかして。」

 そして確認のため、測定器で重夫のステータスを測った。

 すると、なんと「はれ」が988と驚異的な値、冬子の「ゆき」493の倍以上となっていた。その規格外の値に、再び呆然とする冬子。

 そしてそれ以上に、目に映る空がなんと美しいことか。さっきまであったはずの雲は欠片も残っておらず、文字通り雲一つ無い快晴。

 実は強い「ゆき」を持つ冬子は、生まれてから一度も快晴の空を見たことが無い。指輪で「ゆき」を緩和させることができたのだが、多少は影響があり、いつも「曇り寄りの晴れ」が関の山であった。だがそこで、重夫はいとも容易く空を晴れさせた。そしてその晴れは、冬子の心までも晴れやかにさせたのだ。


「………………。」

 そんな訳で、冬子は計測器の値を見てから、心ここにあらずといった調子で空を眺めていた。

 しかし、冬子はそこに追加で「刺激」を与えられることになる。

「それにしても、冬子さんがいてくれてよかった。」

「……ひぇっ!?」

 冬子は、重夫の言葉がまるで太陽のように暖かい声色に感じた。何故だか分からないが、胸の高鳴りを覚える。

「ぼくが本気出すと、どうしても三十五度とか、四十度とか、それくらい気温が高くなっちゃって暑くて。」

「……は、はいっ。」

「でもたぶん、冬子さんの『ゆき』が強いからかな。体感的に二十度くらいに落ち着いてるみたいだ。」

「そ、そうなんですかっ。」

 冬子は声が上ずり、重夫の顔を直視できず目をそらしてしまう。だがそれが功を奏し、目線の先に「逃げ場」を見つけることに成功した。


「あっ。そ、そういえば、あの女の子。どうしましょう。」

「おっといけない。身元確認しなきゃね。」

 冬子が言ったのは、元ライズドラゴンの女の子のことである。重夫は人間の言葉を発していたことから話は通じるとの判断で、まず声をかけることにした。


 重夫は女の子に向かって歩きだすと、なんと彼のオーラが触れた雪を次々と蒸発させていき、道のようになっていった。冬子はその道を追うように歩いて着いていく。


「こんにちは。キミはここでなにをしてたの?」

「あ……。」

 脱力してしゃがみこんでいた女の子と目線を合わせるために、姿勢を低くして話しかける。相手に安心感を与えるための手法だ。

「ああそうそう、ぼくの名前は『重夫』。よろしくね。」

「あ、アタシは……『雨乃花(ウノカ)』って言います。それで……、」



 雨乃花の話をまとめると、こうだった。

「アタシ、『雨女』で悩んでたの。」

 実は彼女は「あめ」のステータスが高く、悩んでいた。そして現在は学生であるらしく、悩みながら色々な魔法を勉強中という身であるらしい。

 そこである日、彼女が変身魔法を使ってみたところ、「あめ」など天気にまつわるパラメータも変化するということに気づいたというのだ。


「なるほど、それで『ライズドラゴンに変身』していたんだね。」

 ライズドラゴンの名前には、炎の吐き方以外にもうひとつ由来があり、それは「日の出とともに現れる」という言い伝えがあるというものだった。「日の出」は別の言語では「サンライズ」で、そこから取られたという説がある。

 そしてもし、その「日の出とともに現れる」理由が、「はれ」のステータスが高いからというのであれば、その説明もつくだろう。例えば鬼は種族全体で「ちから」が高いのと同様に、ライズドラゴンも種族全体で「はれ」が高かったというなら、言い伝えも正しいものということになるからだ。


「アタシ、どうしても『日向ぼっこ』に憧れてて。……ヘンだと思われるかもしれないけど。」

 冬子と同じような理由で、雨乃花も快晴に憧れていた。しかも彼女は天気を抑えるような指輪を着けていない。

「そんなことはないよ。そうか、『あめ』にそんなに悩んでいたんだね。」


 重夫が雨乃花の肩に手を置いた。

「心配しないで。今のぼくがいる限り、雨なんて降らせないから。」

「………………ッ!」

 雨乃花はつい、顔をそむけてしまう。その顔はとても真っ赤になっていた。


 ……ちなみに冬子は、三歩くらい離れた位置で、おぼろげに二人を見ていた。

 何故なら、良い感じになっている二人を見て、冬子の心の中はざわめいていたからだった。どうしてか二人のことを直視しようとすると、胸が痛む実感があったのだ。



 やがて、離れていた力剛と千鶴が戻ってきた。遠くから見ても雪がやんでいたのはよく分かったらしい。

「やー、あったかーい。……って、そのコ、誰?」

 カマイタチの千鶴が重夫に声をかける。「そのコ」とは、彼に対して一方的に腕を絡ませている、雨乃花のことである。

「えーっと……。この子がドラゴンに変身してたんだよ。」

「なるほど。……で、それが何故シゲオにくっついているんだ?」

 鬼の力剛が重夫に問いかけた。

「なんでだろう……。」


「決まっているわ! だって、重夫さんはアタシの王子様だから!」


 ……雨乃花の突然の発言に、周囲の時がしばし固まる。


「「え、えええええええええええ!!!!」」

 そして、雨乃花に対して二人が声をあげた。ひとりは腕に絡み付かれている重夫。そしてもうひとりは、重夫の少し後ろにいた「冬子」であった。

 だが本来なら、冬子が驚く理由など無いはずだった。落ち着いて雨乃花を見ていれば、重夫に惚れていたことなど容易に気づけただろうからだ。冬子は前述のとおり、二人を「落ち着いて見ていなかった」わけで……。


「……トコピー。もしかしてシゲシゲのこと好き?」

「違いマスっっ!!」

 冬子による、あまりにも速い否定。速すぎて、発声がいつも通りのものでなくなっていた。

「……あっ。えっ?」

 そのことに気づいた冬子は、言葉にせずとも「言ってしまった」ようなものだったと気づいた。好きかと聞かれて、即座に否定。それが表すことといえば……。


 冬子はその場に居ても立ってもいられず、つい、ここから走り去ろうと……、したところで重大なことを思い出す。


 自分の「ゆき」が暴走したまま、ということを。


 もし勢いで飛び出してしまったら、自分の「ゆき」を止めてくれる者はいない。周囲は降雪で大変なことになるだろう。つまり……、重夫から離れてはいけないのだ。

 重夫から離れたいが、離れられない。もしこれが嫌い故に離れたいのであれば、多少は我慢できるだろう。

 だがしかし、嫌いを耐えるより、好きを耐えるほうが難しいもので……。


 ……ぐるぐると思考が答えに行き着かず、冬子は顔を赤らめ混乱しながら言葉を口にする。その言葉の矛先はもちろん、重夫。

「ふ、ふ、ふつつかものですが、よ、よろしくおねがいします……。」

「……え。」


 再び場の空気が固まる。そして冬子は、自分がおかしなことを言ったということを理解した。

「あ、やっ、……違うんです! 違うんです!」

「ねーえ、重夫さん。アタシのこと、どう思う?」

 冬子が慌てている中、流れを破壊するように雨乃花は重夫の腕を左右に振りながら言った。


 ……流石に重夫も、今どういう状況かを肌で理解したらしい。冬子と雨乃花、二人の顔を見合わせては、ひどく困ったような顔をしていた。そして視界に「助け船」を見つけ、声をかける。

「り、力剛さん。千鶴さん。ちょっと助けてもらっても……。」


「ドラゴン退治は済んだし、オレは帰るとする。」

「ウチもー。じゃ、がんばってねー。」

「え、ええ……。」

 力剛も千鶴も、表面上は素っ気ない様子で踵を返し、その場を離れた。

 だが二人とも内心はひどく面白がっていた。



「……ど、どうしよう。」


 三人だけが取り残された中、孤独に立ち尽くす重夫であった。

「あのっ、そのっ。違うんですっ!!」

「ねえ、重夫さん! 聞いてるの!!」



 ……冬子の薬の効果が切れるまで残り、およそ十九時間五十分。



おしまい

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【短編】雨女的な雪女だけどドラゴン討伐パーティに参加することになりました ぐぅ先 @GooSakiSP

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