第十四話 アストライアの戦士

「師匠、一つ質問良いですか」


 話は終わり、皆それぞれ戦いの準備を始めるべく立ち上がろうとしていた。しかし俺には、絶対に確かめておかなければいけないことがある。


「質問? 言ってみると良い」


「師匠、いったいどちらとことを構えるつもりですか」


 俺は無意識のうちに少し怒っていたらしい。師匠に対し、若干強い語気で質問してしまったと、言ってから気付いた。

 だがこればっかりは仕方がない。俺は元人間で、だからこそ人間の過ちを許しておけないのだ。


「どちら、とはどういうことか。我々は巨大クジラの相手をする。それだけではないのかい?」


 ムドラストはいつも優しい口調で話しかけてくれる。言葉こそ強いが、彼女は俺たちのことをよく考えている。


「師匠、それだけではダメなのです。きっと人間たちは、これからも優しきクジラたちを襲いますよ。海での戦い方を覚えた人間たちは、次に俺たちを狙うかもしれない。知恵ありし者たちは人間程度に狩られることなんてないと思いますが、奴らは道具を上手く活用する生き物だ。俺よりも小さい者たちは殺されてしまいます」


「なるほど、人間を脅威と見るか。確かに、私よりもニーの方が人間を良く理解している。しかしな、巨大クジラは強敵だ。同時に人間たちの相手を出来るほどの余裕はないぞ。まずはなんとしてもアストライア族の支配領域を守らなければならない」


 ムドラストの言うことはもっともだ。確かに人間の相手をしながら、強敵である巨大クジラを捌ききれるほどの余裕はない。そもそもまともに巨大クジラの相手が務まる戦士がどれほどいるのか。


 だがこれで分かった。ムドラストも、場合によっては人間に戦争を仕掛けるのを考えている。彼らの行いは『仕方なかった』で済ませられる領域を逸脱しており、必ず制裁が必要なものだ。彼女がそれを心に留めていると分かっただけで今は充分。


「安心しろ息子よ。もし人間たちが攻めて来ようとも、我が全て蹴散らしてくれる。陸と海では戦い方が違うでな。しかし珍しいこともある。お前がそこまで怒るとは。お前は優しきクジラたちが特別好きだったか?」


 いや、俺が人間に対して怒っているのは、彼らが好きだからではない。

 ステラーカイギュウを思い出したからだ。前世の地球で祖先が犯した過ちを思い出したからだ。


 俺はどうやら、この世界に随分期待していたらしい。

 アイツも言っていたじゃないか。ここは限りなく地球に近しい世界だと。だから人間たちが同じ過ちを犯すことは、決してありえない話ではないのだ。


 だというのに、俺は祖先と同じ過ちを犯した彼らに酷く呆れている。

 そんなもの、彼らからすれば理不尽という他ないだろう。まだこれといった歴史も持たない世界で、何から学び、何から教訓を得ろというのか。


 だからこれは俺が勝手に思っているだけで、彼ら自信に何か問題があるわけじゃない。それに、優しきクジラ達はまだ絶滅していない。まだやり直せる段階なのだ。ここまでで留まってくれているのだ。


「怒ってなんていないよ父さん。ただ、人間たちの行いが許せないだけさ。俺は人間たちに対して思うところが多い」


「そうだな、お前は人一倍彼らの動向に敏感だ。だが今は考えすぎるな。吹っ切れた方が良いこともある。ニーほど優秀な魔術師は少ない。戦いの最中に余計な雑念が入ると、魔術師は極端に戦えなくなるからな」


 父としてではなく、アストライアの英雄アグロムニーとしての助言。これは俺を気遣っているのではなく、戦力として充分な働きを期待してのことである。


 英雄アグロムニーに認められているのは嬉しいが、俺では実力が伴っていなさすぎる。ウチョニーにすら敵わないのだ。巨大クジラに対する戦力としては不十分。せいぜい遠距離魔法で支援する程度だろう。


 だがそれでもいい。今は弱くてもいい。ただ何かさせてもらえるのなら、強くなるチャンスを掴めるのなら、俺は飛び込むだけだ。


 タイタンロブスターの一生は短くもあり、長くもある。全ては当人の生き方次第。俺が望めば望むほど、俺が行動すればするほど、何処までも強くなれるのだ。


「話は終わりだ。アグの調査では奴らがここまで辿り着くのは3日後。それまでに各人準備を進めよ。ウチョニーはアグの軍に入れ。ニーズベステニー、お前は私のところだ。戦えるものは総動員する。なんとしてもこの地を死守せよ」


 族長ムドラストの指示で、その場は解散となった。

 ウチョニーとは別か。今回はカッコいいところを見せられないな。


 だが心配することはないだろう。彼女の傍には俺よりも遥かに強く、頼りになる男、英雄アグロムニーがついている。

 例えアストライア族が負けようとも、父だけは負けることはない。たった一人になったとしても、彼は生き残り続けるのだ。彼はそういう男だから。


 むしろ今は俺のことだけを考えるべきだな。ムドラストの指揮する魔法部隊。訓練なんてされてないが、ある程度魔法の使えるタイタンロブスターは、ほぼ全員絶対的強者だ。ただ一人、俺という例外を除いて。


 そう、俺ただ一人が弱い。魔力総量も、出力も、持つ手札の数すらも俺は皆に劣っている。自分の弱さ、若さが憎い。


 しかし、自分が足手まといになるかも知れないなんて、絶対に思ってやらない。それは誰からも教わっていない。


 自分だけは自分が一番すごいと、そう思わなければいけない。例え自己暗示だとしても、それが自信というものだと、ムドラストも父もそう教えてくれた。そして実際、彼らも若いころはそうやって強くなった。

 ならば俺も追いかけよう。誰もが羨望する、大きすぎる背中を。



 そして問題なく3日が過ぎた。ムドラストから何度も指示を受け、自分の役割は完全に理解している。


 ふと周囲を見回してみると、壮絶な光景が広がっていた。

 フルサイズのタイタンロブスターが数えきれないほど岩場に集まり、深海からやってくる巨大クジラを待ち構えているのだ。


 ここは俺が巨大クジラを相手した場所にほど近い、かなり深い海域。太陽の光は薄く、水圧は高い。

 そんな中にこれほど大量のタイタンロブスターが集まっているのだ。壮観だろう。


 彼らはムドラストが指揮する遠距離魔法部隊。巨大クジラにも通用するクラスの水系魔法を扱える、超強力な魔術師ばかりだ。


 俺も負けてはいられないな。いや違う、今は俺が一番強いんだった。そう、こいつ等はモブだ。俺の人生は俺が主人公で、彼らは俺の物語を彩る愉快な仲間たち。


 大丈夫だ。前回のようにはならない。これだけ沢山味方がいるのだ。もし俺の魔法が制御権を奪われたとしても、物量で押しつぶすことができる。

 空杭からくいは流石に通用すると思うが、水刃は微妙だからなぁ。


 それに隠し玉もある。この3日間ただムドラストの後ろを付いていただけではない。俺なりに対策もしてきたし、準備万端だ。


「「「大英雄、アグロムニー!!! 我らを導きし者!!!」」」


 すげー遠くから、不意にそんな声が聞こえてきた。


 なんつー迫力だ。大量のタイタンロブスターが一点を向き、戦いに赴く自分たちを鼓舞している。


 これが父のカリスマだというのか。普段は子煩悩なお父さんなのに、彼の知名度は全アストライア民に知れ渡り、彼の実力は誰もが信頼している。


 あれが俺の父だと思うと、こちらも誇らしくなってくる。


 しかし改めてみると、やはり父は大きいな。彼を囲んでいるのは近接戦闘が得意な、タイタンロブスターの中でも体格の大きい者たちだ。だがそれでも尚父は圧倒的に大きい。


「ホントにすごいなアグは。私より人望があるんじゃないか。……いや、そんなことはない」


 ムドラストが独り言ちた。珍しいな、彼女がそんな側面を見せるなんて。

 普段族長として強い女性という面の強いムドラストだが、父のこととなるとそうもいかない。古い付き合いなのだろう。


「気を引き締めろ! もうすぐ奴らがここを攻めてくる! だが、我らは誇り高いアストライア族の戦士だ。ここの支配権は長らく我らが独占してきた。ぽっと出のデカブツ共に、そう易々と明け渡してやるわけにはいかん。戦え、誇りを守るために、戦え、己の領域を守るために。戦え、家族を守るために。戦え、未来の戦士を守るために!」


 ムドラストはやはり優しい。戦うのは全て、守るためか。人間への怒りで戦おうとしていた俺とは違うな。


 戦う理由は人それぞれだが、今この場では一つになった。

 守るものがある。知恵ありし者たちは、皆自分の守るべきものがあるのだ。どんな思いがあろうとも、守るべきものを蹂躙されることだけは、誰もが避けたいのだ。


 戦う、俺たちは戦う。ムドラストの言葉で戦う、絶対の守護者である。

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