第十五話 VSメルビレイ

「来たぞー!!」


 近接戦闘部隊の誰かから声が上がる。父の予想通り、正午過ぎの太陽が最も輝く時間に攻めてきたようだ。


 彼らの種族名はメルビレイ。便宜上ムドラストが名付けた。いつまでも巨大クジラと称するのでは不便だからな。


 そんなメルビレイは、どうやらこちらの海域では巨大イカペアーを主食としているらしい。ペアーは昼行性で、特に太陽が頂点まで昇る時間帯は、その活動が活発化する。


 俺は気付かなかったが、彼らは若干ながら発光しているらしい。その薄い体色と発光を利用し、太陽の光に擬態することで、天敵から身を護っているのだという。


 彼らの天敵と言えばウスカリーニェ。あのサメは確かに脅威だが視力は悪く、ペアー程度の擬態であっても問題なく隠れられる。


 しかし水系魔法に長けたメルビレイには通用しない。彼らは五感とは別に、水系魔法によってペアーの居場所を特定し、効率よく襲うのだ。

 そのためのこのこ外へ出てきたペアーを狩るべく、真昼間に大移動を始めるだろうと予想したのだ。


 奴らあれほどの巨体を持ちながら肉食性が強い。地球なら、マッコウクジラやジンベイザメなど、小さな生物をこしとって食べる奴らが巨大化する傾向にあったが、狩りが成功すること前提の肉食動物があそこまで巨大化できるとは。


 奴らの巨体は間違いなく脅威だ。ただ身じろぎするだけで海流は乱され、移動するだけでこちらの動きは制限される。

 どんなに魔法を撃ち込もうともその体積と質量の前では焼け石に水。そう容易く致命打を与えることはできないのだ。


 だからこそ、綿密に奴らの動きを予測する必要がある。ひとまず、襲撃時間に関しては的中だ。こちらは奴らの行動に合わせて充分な準備をし、万全の態勢で迎え撃つことができる。


 しかし一つ勘違いしていたことがある。それは数だ。数を大きく見誤った。

 あれほどの巨体。こちらは多くても20かそこらの群れだと考えていた。


 だが実際はどうだろう。縦三列に並んだメルビレイの群れがこちらに迫ってきている。後続はどれだけいるのか見当もつかないほど長大な群れだ。


 兵たちがざわついている。あれほど巨大なクジラが数えきれないほど襲ってくるのだ。当然だろう。俺だって恐怖に負けそうだ。それでも、戦う理由があるからここにまだ立っている。


「な、こちらが待ち構えているのを感づかれていたというのか!?」


 ムドラストは何を警戒しているというのか。向こうは全軍を上げて突撃してきているだけ。数を見誤ったのはこちらの思考の浅さゆえだ。


「よく見ろ、奴らは何故縦に列を作って突撃してくる。それは、横向きに列を作っているこちら側のうち、ただ一点を突破し、防御の薄い後方から攻撃を仕掛けるためだ。近接部隊が突破されれば魔法部隊に近距離戦で勝ち目はないし、魔法部隊の支援がなければ圧力砲で近接部隊は全滅だ」


 なるほど確かに。奴らがこちらの隊列を事前に把握していたとするなら、合理的な陣形と言える。


 圧力砲とはメルビレイの奥義で、近距離の敵に超高圧力の衝撃を与え、気絶もしくは絶命させる技である。


 俺や大人タイタンロブスターが一撃で粉砕される威力であり、あれほどの大群から一斉に放たれれば近接部隊は壊滅する。どころか、魔法部隊にも少なくない被害が出るだろう。


 しかし奴らの目的はあくまでもここより浅い海域を占拠することであり、俺たちと全面戦争するというのは必要なだけで、避けられるならそれでもいいのだ。


 奴らは俺たちが知能を持っていることを知っている。こちらの勝ち目がなくなるか、もしくはこのまま我らの守りを突破し、直接集落を襲えば、こちらがこれ以上戦う意味はない。


 つまり奴らの狙いは総力戦ではなく、降伏。出来るだけ戦力的被害を少なく済ませたいのか。


「ニーズベステニー。お前は私の知らないことを多く知っている。何か分かることはないか。奴らがどうしてこちらの隊列を事前に把握できたのか」


 俺がムドラストの傍にいるのはこのためか。俺には地球の知識がある。それを活用するため、俺をここに配置したのだ。


 しかし奴らがこちらの動きを把握できた理由か。

 まさか、父が偵察に行ったときに感づかれたということはあるまい。彼ほどの強者が、メルビレイに後れを取るはずはないのだ。


 ならば別の理由がある。単純に考えるならば……。


「音、ですかね。クジラは頭部から超音波を発し、それが岩などにぶつかって跳ね返る軌道から地形を把握します。奴らはきっと俺が知っているクジラよりも耳がよく、もっと広範囲で情報を取得することが可能なのでしょう。その力を使ってこちらの隊列を把握したのかと。安心してください、彼らが縦列を組むことは織り込み済みですから」


 だが大丈夫だ。奴らが縦列を組んでくることを想定して罠を設置した。むしろ行幸ともいえる。あれほどの魔法技術を持つ連中が、開幕早々総力戦に出ていたら溜まったもんじゃない。


「なるほど音か。超音波というのは確か、超高音域の波。ならば……全魔法部隊に告ぐ! 己が持てる最も周波数の高い音系魔法で、奴らの耳を破壊せよ!」


 直後、作成した疑似聴覚に鳴り響く甲高い轟音。その音は通常の音波とは違い、魔法で指向性を持たせている。海水にも遮られることなく、一直線に奴らの聴覚を刺激した。


 メルビレイの群れは音系魔法を嫌がるように軌道を大きく変え、右側に逸れていった。


 ……上手い。例え超高音域の音系魔法であっても、耳を破壊するなんて出来はしない。音に関しては向こうの方がエキスパートなのだ。本来なら「奴らの感覚を乱せ」と、そう命じるべきである。


 しかしムドラストは、敢えて破壊せよと命じた。

 こちらの軍はメルビレイのあまりの数に圧倒され、怯んでいる者が多い。


 それでも確実に、怒りはあるのだ。あんな奴らに故郷を明け渡してなるものかと。

 そこに強い言葉を投げかけた。単純に命じるよりも兵は力を発揮し、結果として奴らの感覚を乱すことに成功している。


 ムドラスト。流石、長い時を生きているだけある。指揮の経験値が高いのか。


「「「おお!」」」


 魔法部隊から歓喜の声が上がる。自分たちの魔法は問題なく奴らに通用するのだと、あれほどの数が相手でも自分たちは戦えるのだと。


 そして直後、近接部隊の方に動きがあった。

 あれは父が選抜した精鋭部隊。父を先頭に、軌道を変えたことで横腹を見せているメルビレイに突撃していく。


 中にはウチョニーの姿も見えた。彼女は知能に目覚めたのこそ俺と同時期だが、肉体に関しては一流の戦士。父にも認められ、最前線ではムドラストに代わって指揮を取ることもある。


 距離はまだまだ離れているが、遠目に見ていてもぐんぐん加速し、メルビレイが精鋭部隊の動きに対応するよりも先にそこまで辿り着いた。


 彼らはアストライア族でも特に泳ぎのスピードと打撃力に優れた部隊だ。鈍重なメルビレイでは逃げ切ることは不可能である。


 瞬間、その場から大量の血が噴き出す。父が先頭の一匹を鋏で切り付けたのだ。

 父の攻撃はたった一撃でメルビレイの太い頭を切断し、海中へと放り投げた。


 流石大英雄アグロムニー。やはりアストライア族の中でも突出した実力を持っている。


 それに父は俺の頼みごとをしっかりこなしてくれている。父に頼んだのだ。出来るだけ傷口を大きくし、血液を海中にまき散らすようにと。そして、彼経由で精鋭部隊にも頼んである。


 彼の攻撃を皮切りに他の戦士も動き出した。


 精鋭の十人の戦士は、先頭を泳いでいたもう二匹のメルビレイに張り付き鋏で攻撃を加える。


「マズい、圧力砲が来るぞ。魔法部隊、彼らを援護せよ!」


 は? 圧力砲の兆し? そんなん全然見えなかったが。


 しかし魔法部隊はムドラストの言葉を信じて魔法を放つ。

 とても速い魔法だ。一直線に放つ水系魔法の刃。それは精鋭部隊に夢中になっていたメルビレイ二匹に直撃した。


 数百に及ぶ魔法の連撃。後続のメルビレイが必死に打ち消しているが、縦列兵では対応できる量ではない。


 刃の直撃を受けたメルビレイは腹から大量に血を吹き出し、遂には精鋭部隊の刃に敗れた。


 ここまで一連の流れで三匹のメルビレイを撃破。こちらの損害はゼロ。順調に戦況は動いている。


「一旦引くぞ!」


 父の声を受け、精鋭部隊が近接部隊の列まで引き返してくる。彼らの功績を皆でたたえ、温かく迎え入れていた。


 なんと精強な軍か。ムドラストの完璧な指示と察知能力。アグロムニーの戦況をリセットするパワーと迫力。そして敵を恐れない精鋭部隊。


 俺も負けちゃいられないな。俺より強い魔術師なんてこの場にはいくらでもいるが、俺より新技術を作り出している魔術師はムドラスト以外にいない。

 大発明家ニーズベステニー様の力を見せてやるか。

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