第十話 目指すべきもの
見事。その一言に尽きる戦いぶりだった。とても俺に真似できる戦いではなかった。
「無事かニー!」
奴と対峙していた時とは打って変わって、豪快かつ明瞭な声音で俺に語りかける父アグロムニー。
さっきまで俺でも震えるほどの圧を放っていたのに、今は子煩悩なお父さんだ。
「ごめんなさい、父さん。また無茶をした」
「族長にしこたま怒られたんだろう? なら、我から言うことは特にない。ニーが無事でよかった」
無事、ではないんだが。俺の身体を見てくれよ。節足のほとんどが外れている。魔法なしでは泳げない状態だぞ。果たしてこの姿を無事と言えるのだろうか。
いや、きっと父の中では無事の範疇なのだろう。彼ほど完成された肉体があれば、死ななきゃ無事くらいの感覚なのかもしれない。
「ああ、ニーが心配しているのも分かるぞ。これほどの大怪我は初めてだろう。だけどな、タイタンロブスターの生命力を侮ってはいかん。その程度の傷、脱皮すればすぐ再生する。ちょうど47回目がもうすぐじゃないか」
まじか、これ再生するのか。タイタンロブスターの脱皮ってマジファンタジー現象だな。
無限の命を獲得できるわ、理解できてない魔法を使えるようになるわ、達磨状態から復活できるわ。これが魔法じゃなくて、ただの生態の力だってんだから驚きだ。
「あ、もしお前が望むなら、俺がさっき見せたような鉄壁の外骨格を手に入れる秘術を教えてやっても良いぞ」
父が言っているのは、クジラの極大攻撃を完全に防いだあれのことだろう。
俺の節足や外骨格が抵抗むなしく砕かれたのに対し、父のそれは全くと言っていいほど傷ついてはいない。
クジラの攻撃は間違いなく魔法耐性だけで防げるものではなかった。父の肉体に、あれを防ぎ切った秘密があるはず。
それを教えてくれるというのか。これはありがたい。俺もあれだけの攻撃を生身で受け切れるようになりたい。それさえあれば、もう魔法耐性なんて必要ないんだ。
「興味ある! ぜひ教えて欲しい」
「ハハハ良かろう、教えてやる。ニーは、昆虫というのを知っているか? ああ、お前は昔地上で生活していたんだから、知っていて当たり前か。まぁとにかく彼らを参考にな……」
父アグロムニーは、彼が発明したという鉄壁を手に入れる術を俺に語った。
父は喋るのがあまり上手くないのか、結構同じことを言う。ムドラストのようにすんなりとは行かなかった。
要約しよう。
世界には、地上には、鉄壁の外骨格を持つ昆虫がいるそうだ。そいつらは自然が生み出した奇跡の鎧を持っており、生まれたときから最強の防御力を誇る。
異世界だから魔法で鉄壁! とか強い奴食いまくって最強! とかそういうを想像したが、全然違った。彼が語ったのはもっと合理的で、物体の構造を考え抜かれたものだった。
物体は、工夫次第で本来のものよりも遥かに硬く、頑丈になる。
例えばワイヤー。たった一本では簡単に切断できてしまう。そこで三本集めてみるとどうだろうか。これでもまだ、簡単に切断できる。
じゃあどうすればいいのか。そう難しいことではない。三本縒り合わせればいいのだ。縄を作るようにクルクルクルクル。そうするだけでワイヤーは頑丈になり、切断するのは困難になる。
では俺たちの外骨格はどうか。面に対して圧力のかかる物体を頑丈にするのも、本質的には同じことだ。
本を二冊用意し、一ページずつ重ね合わせてみるとよくわかるだろう。叩こうが引っ張ろうがビクともしなくなるのだ。
一般的な本ってのは数百ページ。それを重ね合わせれば、紙一枚にかかる摩擦の数百倍の力が加わる。人間の腕力程度ではどうしようもないのである。
父が見たという陸上の昆虫は、この最適解とも呼べる生態を生まれたその時から獲得しているそうだ。自然が生み出した絶対的な防御力を知性をもって応用できれば、それは確かな合理性をもって生み出される至上の解。
「本当は羽があればもっと頑丈になるんだが、まあ今は良い。そのうちそれも教えてやる。とにかく脱皮が始まる度に我のところに来い。剥がすべき場所は教える。なあに最初はびっくりするが、痛みはない。俺はこれを成すのに60回使ったが、最適な場所は把握してるから、その通りにやれば30回で済むはずだ」
そう、父の言う鉄壁を獲得する秘術とは、意図的に外骨格を一部剥がし、それが再生するときに重なり合って、鉄壁と化すのだという。
いや、力技すぎだろ。
タイタンロブスターの生態を活かしきった肉体強化。まさか自分の身体を理性でもって改造し、その鋼の肉体を手に入れていたとは。
父、アグロムニーは、強くなることに一切の妥協も余念も許しはしない。それが最強たる所以であり、彼が全ての民に尊敬される理由なのだ。
俺には思いつきもしなかった。タイタンロブスターの感性は人間と大きくかけ離れているらしい。
人間ならば、自分の肉体を改造して強くなるなんて、最終手段でしかない。自然の摂理に則ったまま強くなれるなら、その方が断然良いと考えるもの。きっと多くの異世界転生者も、強くなると言われれば魔法のトレーニングや筋トレをするだろう。
しかしこの男は違う。そんなものに甘えはしない。より強くなるためならば、どんなに危険な賭けであろうと喜んで飛び込む。その上で突破し、力を獲得して見せるのだ。
「かっけぇ。父さん、やっぱカッコいい。俺、父さんみたいに強くなりたい! もっといろんなこと教えて欲しい!」
「そうかそうか、我はカッコいいか。そうだろう、強い男は、格好のいいものだ。例えどんなに見た目の良い者でも弱いものはかっこ悪く、どんなに見た目の悪い者でも、強いものはカッコいい。そういうものだ」
真にカッコいい者は強い。俺もそう思う。どんなに見てくれが良くとも、そこに実績と実力が伴わなければただの案山子だ。
タイタンロブスターにも少々美醜の差というものがあるが、それら全てを抜きにして、父は性別を問わず全民に好かれている。
「お前は強くなるぞ、なんせ我の息子だからな。それに、我もお前ほど早熟なタイタンロブスターは見たことがない。我の幼いころと比較しても、お前の強さは際立っているぞ。自信を持つと良い。そうだな、次に教えるとすれば、さっき俺が使った雷撃の……」
「コラ。話し込むのも良いが、今はニーを休ませてやるのが先だろう」
父の話を遮るように、ムドラストが声を被せてきた。
さっきから姿が見えなかったが、どうやら死体の処理を始めていたらしい。仲間たちの死体を一か所に集め、クジラの肉を背負っている。
「無茶をした悪い弟子には少し罰を受けてもらう。次の脱皮まで自宅待機だ。しっかり安静にして傷を癒しなさい」
当然だな。こんな達磨みたいな身体では何もできない。無理に行動すれば傷も開くし、体力の消耗も激しい。魔法の訓練もしばらく控えるべきだろうな。
幸いなことに次の脱皮までそう時間はない。大人しくしているとしよう。
「そして私も罰を受けよう。愛弟子を殺しかけた罰だ。今日の晩御飯は私持ち。このクジラを調理し、皆に配って回るとしよう」
そう言ってムドラストはクジラを掲げた。あれほどの大きさなら、ご近所さんどころか集落中の民に配ってもお釣りがくる。
流石にアストライア族全員に配るには足りな過ぎるが、死んだ者たちの家族には与えるべきだろう。まあ彼らにはまだ知能がないから家族の死なんて関係ないが。
「なあ族長、待機中も話を聞かせに行くくらいは良いだろう? こいつに教えてやりたいことがまだまだたくさんある」
「俺からもぜひ! 師匠もうちに来てください。新しい魔法の話がしたいです!」
「お前たち、そんなキラキラした目を向けてくるな! あとアグ、お前はしばらく深海の調査だ。何故クジラがこんなところまで来たのか調査するぞ。私は地上で話を聞いてくるから、全員忙しくなる」
「「そんな~」」
そうだよな、あんな強敵の情報は今までなかった。そりゃ調査しなきゃいけないけど、俺が暇になるよなぁ。まあもう23年、前世を含めれば40年以上生きてるんだ。数日程度の暇はなんてことないか。
自宅待機中何をするか考えながら、夕飯があさり汁ではなくクジラ肉になったことを喜び帰路につくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます