第七話 力量差
俺の前に立ちはだかる超巨大クジラ。対して俺は奴の二十分の一もない若いロブスターだ。
体重、魔力量、そして攻撃力。そのすべてにおいて俺が負けている。
しかし、ただの一点だけ、俺が勝っている部分を見つけ出した。
俺が生成した魔法。これに関しては、奴の干渉を全く受けない。もしも相手がムドラストなら、俺の魔法は簡単に制御権を奪われる。
つまり奴の魔法の実力はムドラスト以下で、普段から彼女相手に修行してきた俺なら勝ち目があるはず。
だがやはり
せめてもう少し近づければ効率のいい魔法もあるんだが……。
俺は奴に近づくのをひどく警戒していた。
俺の仲間を一瞬で全滅させたあの攻撃。俺はその瞬間地中で貝類の相手をしていて、目視できなかった。
あれほどの暴力と脅威をまき散らした攻撃。その正体が分からない以上、迂闊に近づくのはあまりに危険なのだ。
「どうした、仕掛けてこないのか? ならば、ここは我から仕掛けるとしよう」
何か来る!
奴の頭部から凄まじい魔力の流れを感じた。先程俺の水刃を打ち消した時とは比較にならないほどのエネルギーだ。
初めてくる奴の攻撃魔法。これがもしさっきの攻撃なら、俺の外骨格で耐え切れるか怪しいところ。
お生憎、俺は肉弾戦が不得意なのだ。身体強化はヘタクソである。外骨格を強化して受け切るのはかなり難しい。
だからここは、土系魔法で岩盤を生成することで対処することにした。
「そんな脆弱な防御で大丈夫か? それに土壁では視界が遮られて、我の魔法が視認できないであろう」
野郎、どれだけ人をおちょくれば気が済むんだ。
俺が作り出したのは土壁ではなく岩壁だし、この海域で視力を用いて水系魔法を感知する生物はいない。
そも、水中で水流操作をしても目に見えるはずがない。
奴め、タイタンロブスターがどういう生物か分かった上であんなことを言っているんだ。
「お前こそ、くねくね身体を動かして波を作るだけじゃあ土も掃えやしないぜ」
「フン、面白いことを言う。では受けてみるがいい!」
瞬間、奴の周囲から槍状の魔法が撃ちだされるのを感じた。それもありえない数。俺の水刃や
なるほど、これが大人たちを一掃した魔法か。これほどの魔法を軽々しく連発できるなら、確かに魔法を持たない深海の大人たちが敵わないのも頷ける。
しかしマズいな。俺にもこの岩盤がどの程度耐えられるか分からん。
幸いなことに魔法の速度自体はそう速くなく、俺が追加で岩盤を強化しているうちに一発目が着弾した。
そしてその一発で気付く。これは自然の水ではない。あのクジラが独自に生み出した水を操作して撃ちだしているのだ。
奴の魔法は見かけ上遅いにもかかわらず、俺の岩盤を削り取った。回転や対土系魔法などの特殊な魔法の痕跡は感じられない。
つまり奴の魔法の強味はその重みであり、自然の水では決して生み出せない威力。俺が制御権を奪えるものではない。
一応海水の制御権を奪う魔法も構えていたが、どうやら不可能らしい。そもそも身体の大きさが小さい俺にはあの数の魔法を同時に停止させるのは難しいが。
一発目が到来した直後から怒涛の勢いで着弾する槍魔法。まさに風雨のごとく襲い掛かるその攻撃は着実に岩盤の盾を破壊していく。
慌てて俺は岩盤を修復し始めた。そこから始まるのは俺と奴の耐久勝負。奴が俺の盾を破壊し、その瞬間に俺が修復する。俺が反撃する隙は一瞬もなく、奴が俺の盾を突破することは決してない。
これは良くない。本当に良くない。
身体の大きさから見ても、俺と奴の魔力量の差は歴然である。これではいずれ俺が先に崩れる。そうなれば、もう俺が戦うことはできない。
ならば俺から反撃するしかないが、あれほどの密度の魔法の中、俺が突き進むのは難しい。
どうするべきか。俺はまだ若い。いや、人間にしてみれば全然若くないが、戦闘経験が圧倒的に足りない。ムドラストの教えは最高のものだったが、それでも奴相手には足りないものがある。
それは咄嗟の機転。詰みとも言えるような状況を一か八か覆す希望の一手を彼女は教えてくれなかった。彼女はその絶対の知識量と経験で全ての難題を切り抜けてきた。だからそんなもの、彼女には必要ないのだ。
しかし今この瞬間、俺にはそれが出来ない。ならば俺が生み出すしかないだろう。教えられたことだけを愚直に反芻しているだけでは、異世界の強者には追いつけやしない。
「覆すぞ、この状況!」
挑戦、これは挑戦だ。俺の魔法がどれほど奴に通用するか。俺の魔法がどれほど届くのか。
この一生の全てを賭けた挑戦。己の力を見抜くための挑戦。
やべぇな、命かけてるってのに、めちゃめちゃ楽しくなってきた。こんな心踊る賭けがあるか? いや、存在しないね。だって俺が、表情筋のない俺が笑っているのだから。
勢いよく飛び出す。そこは奴の魔法が支配する領域。しかし俺は自身の魔法技術を信じて一歩踏み出した。そこからはもう止まることはない。一瞬でも止まれば、奴の魔法の餌食となる。
俺に向かって直進してくる魔法の悉くをすんでのところで避け続けた。奴の魔法よりも俺の足が速く、軌道さえ確認できれば躱すのは難しいことではなかったのだ。
しかしやはり密度が高い。いつ直撃を喰らってもおかしくはない。むしろ今は奇跡的に避けられている状態。当たる可能性の方が高いだろう。
そしてもう一つ厄介なことに、奴の攻撃は常に移動し続ける俺を追尾している。
なんらかの追尾魔法を使っている様子はなく、奴の制御能力だけで魔法の軌道を捻じ曲げているようだ。
なるほど、これをするためにわざと魔法の速度を落としていたのか。恐らくこれ以上早くすれば奴の制御の範疇を超えてしまうのだろう。
しかしそもそもこれだけの数魔法を動かせていること自体が、奴の技術力の高さを示していた。
流石に魔法ひとつひとつ細かく制御するのは難しいらしく、直進した後は躱すまで軌道が変化することはない。直進で命中するならそれに越したことはないのだ。
そして躱した魔法は俺の後を追い始め、俺の動きに合わせて軌道を変える。
速度が遅いからと言ってこれを無視し続ければ追尾している魔法の密度は膨れ上がり、いずれ俺を壁際へ追い詰めるように隙間を埋め尽くしていく。
「ったく、これは弾幕シューティングゲーじゃねぇんだぞ。三次元軌道に自動追尾、おまけに超密度と来たら、ルナティックも良いところだ。この局面を打破するには……」
……ボム! そう、ボムだ!
超密度の弾幕も自動追尾も吹き飛ばし、ほんの一瞬であっても俺が自由に動ける空間を作り出す。
ハハ、ちょうどピッタリの魔法をさっき見つけたばっかりじゃないか。今日の俺は最高に冴えてる。
俺は奴の攻撃を回避しながら魔法を練るのに集中する。
作り出すは土系魔法と炎系魔法の複合魔法。外殻の強度を引き上げ、海水を蒸発させることで生み出す爆発エネルギー。これでもって奴の魔法を蹴散らすのだ。
本当なら炎系魔法にもっとふさわしいものがある。だが爆発魔法は水流操作と相性が悪く、俺の機動力に影響を与える可能性があるのだ。
だから出来るだけ構造が簡単で、かつ高威力な魔法が要求される。
「突破口を開け、複合爆弾(仮)!」
撃ちだした爆弾は二つ。奴に近づくにつれて密度の高くなっていた前方の魔法と、俺が避け続けたことによって動きの乱れた後方の魔法。
即席で作り上げた魔法は想像以上の効果を発揮し、この二つを一瞬で霧散させた。
その隙に俺は速度をさらに上げ、奴に肉薄する。
「王手だ、クジラ野郎……!?」
「近づいたな、若き者ニーズベステニー。ここが貴様の死に場所である!」
瞬間、暴力的な一撃が俺に迫る……!
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