15話獣王テンガと試合

「ここがワタル様と獣王様が戦う事になる戦闘訓練所でございます」


 戦闘訓練所に案内されると、近衛兵の他に何処から聞きつけたのか獣王国オウガの一般市民も見に来ていた。


「おぅ、あれが獣王様に挑戦するという人間か。勇気はあるが蛮勇じゃな」

「がははははっ、どっちに賭ける?」

「それはもちろん」

「「「「獣王様だ」」」」

「それじゃ、賭けにならん」

「私が人間に賭けるよ」


 一般市民はどうやら獣王テンガとワタルの決闘に賭け事をやるみたいだ。

 まぁ、娯楽に疎いこの世界では、しょうがないと感じる。

 しかも、ワタルの味方、いや賭けた獣人が女性一人だとは悲しい。


「さて、準備はよろしいか?ワタル」


 獣王テンガは堂々としており、やはり体格差は大人と赤ん坊である。


「少しお待ちを....桜花ロウカ『形態変化』イメージは....そう、手にガントレット....足にソルレット....」


 ワタルは桜花ロウカを左手に持ち、胸当たりで刃を平行に構えると目を瞑り新たな桜花ロウカの形をイメージした。


「寒桜モード」


 ワタルの周りが白く光り、収まると左手に持ってた桜花ロウカの姿はなく、代わりに両手に籠手、両足に足甲を装着していた。それも桜の花びら模様の明らかに桜花ロウカが変化したみたいに。


「ふぅ、成功したようだな」


 そして、自分自身の動きを確かめるために軽くボクシングの様にジャブと跳びはねて回し蹴りをした。


「うほ、自分の身体ではない様に軽い」


 調子に乗って動くと、思い掛けない所から声が掛かってきた。


『あう、マスター』


(ん、どうした?)


 桜花ロウカの声はワタルしか聞こえていない事が幸いした。


『マスターと一つに成れた様な感覚で、あう、いろんな所が敏感になってしまいます。これが感じると言うことでしょうか』


(おい、それ以上言うな。我慢しろ)


『はい、マスターが言うなら我慢しますー』


 この後も『あぁ~ん』とうめき声は聞こえてきそうだが....


 この寒桜モードは登場してまさかの一回目で嫌な理由で封印の危機である。


「準備出来ました」


 審判役の獣人が前に出て、獣人テンガとワタルを交互に見る。


「二人とも準備はよろしいか?」


 コクンと二人は頷く。


「では、始め!」


 ワタルは始まった瞬間に駆け出し、一気に獣王テンガの距離を詰めると駆け出した力で懐に飛び込み仕掛けた。


「桜流組手術・第一・剛の型・真胡桃割....はあぁぁぁっ」


 ワタルの技が放たれたと同時に獣王テンガは体格差を利用し、叩き突ける様にストレートパンチを繰り出し、ワタルの真胡桃割と獣王テンガのパンチが打ぶつかり合い、バチバチと衝撃波が発生し最終的にはワタルが押切り獣王テンガが後退した。


「「「「えぇぇぇぇーーーー!」」」」


 まさかの獣王テンガが力負けするとは、観客の皆さんは驚愕の顔を隠せないでいる。

 一人を除いては、ワタルの方に賭けた獣人の女性だけは予想通りと言った様に満足な顔をしている。


「くっ、なかなかやりおるの。だが、まだまだじゃ」


 余裕の表情を見せるが、パンチを放った右腕を抑えている。

 どうやら、ワタルの真胡桃割で骨折まではいってないらしいが痺れて感覚が無いらしい。


(これが人間に出せるパワーなのか?こ、このままでは獣王の威厳が....ヤバい)


 冷や汗をかき、焦りはじめる獣王テンガ。


「あぁ~ん、さすが私のワタルなのよ。惚れ直しそうよ」

「わかるぞ。セツナよ。その気持ち、あんな格好いい姿見せられたらな」


 聞こえてるぞ。二人共、ノロケ話は本人が居ないよそでやってくれ。恥ずかしすぎるから。


「ワタルよ。次はこれでどうだ」


 獣王テンガはパワーよりスピード重視に切り替え、あんな巨体でこの速さとは一瞬ワタルは驚くが、そのスピードについていく。

 二人共に速過ぎて何人かに分身してる様に見え、ガキンガキンと戦闘訓練所全体から攻撃の音が響いている。


「「ハァ、ハァ」」


 さすがに超スピードで駆け巡り、攻防していたのだから息を切らすのも無理はない。


「ハァ、や、やるではないか。我の速さについてこれるとは」


 内心では、焦っている。ドクンドクンと心臓が鳴り響きそうな程激しい。


「ハァ、獣王様こそやりますね。ですが、次で終わりです」


 その場で右腕を大きく振りかぶり、何もない所にパンチをするが周りからは速すぎて一回分しか見えてないが、パンと空気を叩く様な音が三回した。


「豪の型・三重桜」


 遠距離で何故パンチしているのかと、獣王テンガ含め周り全員思っていたが後からそのパンチが獣王テンガに見えない攻撃として届き、三連続のパンチが腹に当たり吹き飛んだ。


「「「「えぇぇぇぇーーーー!」」」」


 獣王テンガが吹き飛ぶ等前代未聞な出来事にみんなの口が塞がらない。

 壁に激突した獣王テンガは一旦立ち上がるが限界が来たようでそのまま倒れ気絶した。


「勝者ワタル!」


 うぉぉぉおーーーー!人間が獣人に勝つなんて、それも獣人の王に勝ってしまったのだから、状況が呑み込めない者も多いが拍手喝采でこの場は終わったのである。

 気絶した獣王テンガはすぐさま医療室に運ばれた。

 勝利したワタルはフラン達の元へ戻ると桜花ロウカが人化したと思ったらへなへなと床に座りこんだ。


「マ、マスターの言う通りに我慢しましたが....もう、身体全体が敏感になりすぎて力が入り....」


 チョンとフランが指で桜花ロウカの二の腕を触ると「ひゃん!」と普段の桜花ロウカの性格では考えられない可愛い声が出た。


「な、何をするにょですか!」


 涙目でブルブルと震えている。まるで、生まれたての小鹿のようだ。


((何このかわいい生物は!))


「えい、モミモミ」

「キャーーー、何処触って....あん、ちょっとそこはダメ~」


 フランとセツナが二人揃って桜花ロウカに抱き付き、太腿、二の腕や腹に続き胸を躊躇なく触り続いてる。


「ハァハァ、女同士のスキンシップだよ」

「そうなのじゃ。ハァハァ、スキンシップなのじゃ」


 手をニョキニョキと動かし、瞳が狙った獲物は逃さない猛獣の様な感じで何か怖い。つうか、ただの変態ではないか!


「フラン様、セツナ様お、お止めになってください。あぁ~ん」

「「いいではないか。減る物ではないし」」

「もう、止めぃ」


 ワタルの空手チョップがフランとセツナの頭にズドンと陥没するかの様な音を響かせ直撃した。


「「....痛い....」」


 フランとセツナは頭を抑え痛がってるが、さすが魔王と獣人だ。

 普通ならたんこぶくらい出来そうな一撃なのに無傷で済むとは、逆にワタルの両手に痛みが生じたのである。


(くっ、なんて石頭なんだ。こっちが痛いよ)


「マ、マスター助かりました。ありがとうございます」


 深々とお礼とお辞儀をし、感動で涙が流れそうだ。


「お礼は後でいいから。刀に戻りな。またやられるぞ」


 ワタルの言葉を聞き何故思いつかなかったのか、人化ではなく刀に戻ればやられずに済んだものを....直ぐに刀に戻りワタルの腰に装備された。


「「あぁー、戻ちゃった」」


 桜花ロウカが刀に戻った事に名残惜しそうにワタルの腰に装備された桜花ロウカを見詰めていた。


「お、お取りこみ中よろしいですか?先程、獣王様がお目覚めになられました。それで、獣王様がそこの人間....いえ、ワタル様をお呼びになられてます」


 さすが、獣人の王である。ワタルは渾身の三連撃を放ったのだが、この短時間で目覚めるとは驚きである。


「分かりました。案内お願いします」

「妾もついていくのじゃ。さすがに目覚めても、この短時間で回復は無理じゃろうて」


 フランの言葉に近衛兵が感謝のお辞儀をし、直ぐに獣王テンガが待つ医療室に案内された。


「失礼します」


 ガラガラと扉を開けると思ったより重体らしく、右腕にギプスを嵌め包帯でぐるぐる巻きにされている。


「おぉ、来たか。今回の戦いは見事にアッパレじゃ。お主ワタルの事を気に入ったぞ。ガッハハハハッ」

「ありがとうございます。ですが、獣王様に大怪我を....」


 獣王テンガがワタルの言葉を遮った。


「よいよい、我も未熟だっただけじゃ。ワタルの実力を人間というだけで見誤るとは....我はまだまだじゃ」


「やるじゃろう。妾のワタルは。ほれ、身体を見せてみい。治してしんぜよ」


 フランが獣王テンガに触れ呪文を唱える。


「光よ、癒せ!ハイヒール」


 獣王テンガが目映い光に包まれた。


「おぉー、さすが、全ての魔法を極めたとされる魔王だ。もうどこも痛くないぞ」


 あんな重体だったにも関わらず、一瞬で治り包帯を豪快に取ると腕を挙げたりしてみせた。


「ワタルの実力が証明された訳だが....ワタルよ。本当に良いんだな?」


 再度ワタルの覚悟を確かめる。結果は変わらないが。


「はい、覚悟は変わりません。ここで逃げるなら獣王、あなたと戦わないし、勝てませんよ」

「ワハハハハ、その通りだ。さすが、魔王が選んだお人だ。よし、戦争に参加するなら、こちらの情報も知ってる必要があるな。

 おい、ワタルと魔王を会議室に案内しろ。我も着替えたら行く」


 獣王テンガに言われ近衛兵がワタルとフランを医療室から会議室に案内されテーブルに座り獣王テンガを待っていた。


「待たせたな。こちらが持ってる戦争の情報を話そう。まずは戦争開始の日時はおよそ半月後だ」

「それは絶対なのか?」


 あのムライア王国の豚王が約束を守るとは思えないので聞いてみた。どんな事でもやりそうだしな。


「それは絶対だ。場所と日時と暗殺禁止については神約の魔法で守られている。もし、破ると破った本人が死ぬ事になるからな」


 その説明を聞いたワタルはフランに説明を求める。


「神約の魔法は約束を絶対遵守される魔法でな。約束を破ると破った方に何かしら罰が降される。今回は国規模だから....破ったらその国は消滅するはずじゃ」


 考えていたよりも規模が大きすぎる。約束とは言えリスクが大きすぎるが、戦争の前に襲われる恐れは無いので安心である。


「もう一つ、A~Cランク冒険者ハンターを集めてるそうじゃな。Sランクは自分自身興味がある事しかやりはせんからな。

 Sランクがもし参加するなら一人だけかの」


 一体、誰だ?その人物にワタルは驚愕した。


「そのSランクはムライア王国国王と王妃の娘でおられる雷姫リリー・ムライアだ」


 なっ、あの豚王に娘がいるだと!そ、そんなばかな!


「戦争の情報はこれくらいか」


  戦争の話は終わり会議室を後にするのであった。

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