第2話 過ち
ピピピ、ピピピ。
「うー、頭、痛い。」
耳元で鳴るけたたましいアラームを
手探りで消す。
……仕事、行かないと。
あ、そうか。私仕事辞めたんだ。
同じ会社の正臣からプロポーズされて
寿退社だって、皆んなに盛大に祝って貰ったのに。
ガンガンと、全身が痛い。
……もう、指の一本を動かすことすら辛い。
どうしてこんなに、身体が重いの?
……それに、ここは、どこ?
ぼーっとする頭で、うっすらと目を開ける。
確か昨日は、夜中まで美香と飲んでいて
流石に付き合いきれないと美香が帰った後
明け方まで、わたし。
誰と飲んでたんだっけ?
「うーん、寒いよ、りこ。」
「!?」
目の前に広がった光景に
……思考が停止した。
え、え、は?
なに、何で!?
もぞっ、と布団の中に潜り込みながら
私の胸に顔を寄せている。
寝癖のついた、柔らかな黒髪と。
普段より強く香る……花の香り。
「う、そでしょ。」
隣には、天敵のはずの永華がいて。
もう2度と関わらないと誓ったはずの彼が。
「……ん、なぁに?」
まだぼんやりと惚けた瞳で
私を見つめていた。
……布団の下は……裸で、だ。
ガバアッと布団を剥いで起き上がると
「!?きゃあ!?」
……自分も、裸だと気付いて慌てて布団を被る。
な、な、な、何事!?
パニックの最高潮にいる私が
ベッドの端まで逃げるのを見て
「……ふふっ。」
「!?」
彼は他人事みたいにクスクス、笑っていた。
「な、何笑ってんの!?
っていうか、何、何なのこれ!?」
わ、私、まさかとは思うけど。
「何って、ナニしかないよね?」
身体に聞けばわかるでしょ?と
艶やかに瞳を細めて、口端を上げて笑う。
永華と、ヤッチャッタ、の?
「う、嘘だ、これは夢よ!夢!」
布団に潜りながら、自分の頬を抓る。
ギュウギュウと抓る。
そんなことしなくても、永華の言う通り。
今までに感じたことないくらいの身体の気怠さと、腰の鈍い痛みが。
「夢、だと思う?」
夢じゃない、現実を突きつけてきた。
それ以上に。
「なっ、なにそれ!?」
「え?昨日の莉子が余りにも可愛いから
撮っちゃった!」
チラチラと、永華が自慢するように翳すスマホの画面には
はっきりと、眠る私を腕枕する様子が映っていて。
「さ、最低!!消して、消してよー!!」
「えー、どうしよっかなぁ。」
「もうやだ!帰る!!」
恥ずかしくて、悔しくて泣けてきた。
ポロポロと涙を流す私の頰を
「どこに帰るの?」
「!?」
「恋人を誰かに盗られて
家も職もないくせに。」
手のひらでゴシゴシと擦りながら
にこり、と笑う。
「昨日言ってたよ?
家も出てきたし行く所がないって。
だから僕の家に連れてきてあげたのに。」
朝から、一切の隙がない美貌。
……髭の一つも生えないのかこの人は。
誰かのせいでって、あんたのせいでしょ。
悪いのは永華なのに、悪びれる様子もなく
余裕に満ちた顔が、余計に私を惨めにさせた。
「き、昨日は酔ってたの。
……全て、忘れて。」
ベッドの下に乱雑に脱ぎ捨てられた下着や服がやけにリアルだ。
永華の手を振り払いながら、自分で服を拾おうとベッドから降りようとして。
「……きゃあ!?」
腰に力が入らなくて、転んだ。
「あーあ、ごめんね。
可愛がり過ぎちゃったかな。」
……さ、最悪だ。
真っ赤になりながら俯く私を
「……もう少し休みなよ?」
「!?」
ふあっと気怠そうに欠伸しながら
ひょいっと軽々抱っこして
ベッドに戻した。
可愛い顔して、力も身体も
……男なんだから。
調子が狂う。
「う、動けるようになったら
帰る!!
すぐに帰るもん!!」
「はいはい、わかったよー。」
永華に背を向けるようにして
大人しくベッドに横になった私を
そうするのが当然のように
後ろからぎゅうっと抱きしめる。
目の前にある白い腕、背中にあたる
すべすべとした肌の感触。
わたし、本当に永華に抱かれたの?
急に恥ずかしくなって、身を硬くする私の首筋に
クスクスと笑う、永華の息がかかった。
「あ、あんたゲイじゃなかったの?」
真っ赤な顔を、高鳴る心臓の音を隠したくて、冷たい口調で言うと。
「ん?僕はどっちもイケるよ。
言ってなかったっけ。」
「べ、別に、知りたくもなかったし。」
「そうだよね、莉子だけはいつも、僕に興味なかったもんね。」
こんなに長く、一緒にいたのに。
「……こんなに気持ち良いなら
早く抱いておけば良かった。」
後ろから伸びてきた永華の長い指が
私の指に絡んで
ぎゅうっと握った。
「お、覚えてないもん!!」
「そう?残念。
……相性良かったよ、僕ら。」
なんなら、もう一回する?
「!?」
うなじを、ペロリと舐められて
「ひゃあ!?」
……変な声が出た。
「やめてよ、その声。
……萎えるなぁ。」
背中で楽しそうに笑う永華に、イラッとして。
「本当に、何なの!?
離して、帰るってば!」
後ろから回された永華の腕から
抜け出そうと必死になる。
けど、思いの外に力が強くてびくともしない。
……可愛い顔して、鍛えてるみたいだ。
さっき、ちらりと見えた
うっすら割れた綺麗な腹筋を思い出して
ブンブンと頭を振った。
そんな私の耳元に
「……帰る場所がないなら、ここに住む?」
「は!?」
何を思ったか、意味のわからない提案を囁く。
「な、何で!?嫌よ!!
まさか、このままセフレにする気!?」
ギョッとして、振り返れば
「悪いけど、その辺は困ってないよ。
男も…女も。」
黙ってても寄ってくるから。
ふ、と余裕そうに微笑む。
それは、そうでしょうねと
納得してしまうビジュアルを見せつけられて
言葉を失った。
私に
「……これでも、一応責任感じてるんだよ。
丁度一部屋余ってるし。
最近仕事も忙しくて、部屋も荒れてるから。
ハウスキーパーでも頼もうと思ってたんだ。」
「私を手軽な家政婦にするつもり?」
「はは、バレた?」
ダメ?と得意の上目遣いを見せる。
うっ、と思わず息を飲んだ。
こんな奴と同棲なんて、絶対に無理。
だけど、今職も家もないのは事実だし。
……友達の家に泊めて貰うのも気が引ける。
貯金を切り崩すのも限界があるし。
「……因みに、炊事洗濯してくれるなら、家賃はいらないよ。」
「……よろしくお願いします!!」
「!」
家賃なしという言葉に、迷うことなく返事をした私に、永華は驚いた顔をしながらも
「じゃあ、決定!
よろしくね?」
へら、と笑った。
そう、早く仕事を見つけて、お金を貯めて出ていけばいいのよ!
家賃なしなんて、そんな美味しい話はない。
よし!と気合を入れた私の身体を
後ろからゆっくりと撫でる永華の手の甲を
「!?痛!?」
「こういう事も、なしだよ!?」
「えぇー?」
「じゃなきゃ、出て行く!!」
ぎゅううっと思い切りつねった。
昨日は酔っていただけで、もうこんな過ちは犯さないんだから。
「……わかった。約束する。」
「ほんと!?」
「……うん、だけど。」
1人心の中で誓った私の頰を
両手で包みながら自分の方に向けると
宝石みたいに綺麗な瞳をじっと向けて
「莉子が、僕としたいって言うなら
……仕方ないよね?」
その時は、遠慮なく貰うから。
親指の腹で
下唇を、ゆっくりとなぞった。
「!?い、言わないよ!!」
色っぽい、その仕草に
くらりとしたけれど
何とか、自分の頰にある手を引き離す。
「そんなことわたしから
言うはずないじゃん!!」
「昨日は言ってたよ?」
「はぁ!?」
「とわ、もっとたくさんしてって。」
「……や、やめてよ!!」
「ふふ、楽しみだな〜。」
「絶対に、そんなこと言わないから!」
強がって見せるのは
少しだけ、不安だから。
男も、女も、虜にしてしまう彼と
一つ屋根の下。
「とりあえず、今日からよろしくね!莉子!」
「う……うん。」
私は、平穏無事に過ごすことが
出来るのでしょうか。
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