#7 お花
いつも通り鼎の作った、日曜日のちょっと凝った朝ごはん(きょうはスパニッシュオムレツだ)を食べながら、なんとなくテレビを眺めていると、「趣味の園芸」という番組をやっていた。
見たこともないきれいな多肉植物が映っていて、鼎はその不思議な姿に夢中のようだ。確かに、キラキラ光る透明な姿はガラス細工のようで、植物とは思えない。
「いいなあ趣味」鼎はうっとりとため息をついた。
「鼎は趣味が欲しいの?」
「うん……一人でここにいると、料理と掃除とゲームしかやることないから」
「寂しい?」
「ほったらかしにされるのが寂しいわけじゃないよ、あたし人形だから。でもやることがないと退屈」
「じゃあ、なにか趣味を探そう。たとえばこういう花とか多肉植物とかどう? 使ってないデジカメがあるから、写真撮ってブログにUPするとか」
「楽しそう。いいの?」
「うん。きょうはホームセンターに行ってみようか」
車がないので今回も電車デートになってしまった。車……かあ。使わないで貯まる一方の貯金を思えば買ってもいいかもしれない。でも、鼎が僕に愛想をつかしてお人形さんに戻ってしまったら、と思うと踏み切れない。
ホームセンターはやはり日曜日である、賑わっていた。冬なのに除雪用具がないあたり、東京という感じだ。入っていくとガラスの天井の、広々とした園芸コーナーがあった。
「あ! テレビでやってたやつ!」
鼎はハイヒールで器用に走っていき、多肉植物を見る。テレビで見たときは可愛くない値段なのだろう、と想像したガラス細工みたいなやつが、なんと300円で投げ売りされていた。早速カゴに入れて、ほかに欲しいものはある? と聞くと、
「このお花かわいい。いいかな」と、ビオラと書かれたプレートの刺さったちいさいパンジーみたいなやつを持ってきた。とりあえず『鼎のベランダ花畑』のスターティングメンバーはこれでいいらしい。ついでにジョウロの小さいのも買って、それで満足のようだ。
「えへへ……お花っていいね」
「花を持ってる鼎がかわいいよ」
そんなことを言いつつ、アパートに帰ってきた。棚に置いてある、わりと高性能なデジカメを取り出して、動くか確認する。動くようだ。写真は残っていなかった。
鼎はパソコンを開いて、昔僕の設定したメールアドレスでさっそくブログを作ったようだ。このメールアドレスはネットスーパーでも使っているはず。
鼎はビオラや多肉植物(ハオルチアというらしい)の写真をかしゃかしゃ撮り、早速パソコンで確認している。楽しそうな鼎を見るのは楽しい。ついでにネットサーフィンして同じようなブログを眺めている。
「鼎、ブログのアドレス教えて」
「いいよ。えーとね」
鼎はブログのアドレスを素直に教えてくれた。それからハッとしたように、
「毎日更新したら、毎日見てくれる?」と聞いてきた。
「そんなに更新することある?」
「お昼ご飯とかお弁当とかもUPしたいから」
なるほど。それなら毎日見ても楽しそうだ。
「ねえ……キクヤ、あした月曜だよね」
「きょうは日曜だからね」
「明日もお弁当作るの頑張るから、よしよしして」
いきなり鼎が甘えてきた。そのきれいな金髪をそっと撫でる。まるで仔猫みたいに、鼎は体をすり寄せてくる。指と指をからめて、鼎の額にキスをする。
そのまま、鼎は僕にギュッと抱きついてきて、噛み付くようなキスをしてきた。ちょっと痛い。
「寂しいわけじゃないの。もっと構ってほしいの」
「それを寂しいって言うんじゃないかい?」
「ううん。一人でいるのは平気。でも二人でいるなら、ずっとくっついていたいの」
鼎はなにか催促するような目で僕を見上げた。なにを求めているか、言うのが恥ずかしい顔。
僕はなけなしの筋力で鼎を持ち上げる。とんでもなく軽い。ベッドに下ろして、鼎の両肩を掴む。
「こういうこと?」
鼎が答えようとする、その唇をふさぐ。鼎の舌が口に入ってきて、糸を引くような熱っぽいキスをした。鼎の華奢な指が、僕の背中を服の上から撫でてくる。
僕は鼎の肩を掴んでいた手で、鼎の胸の丘陵を撫でる。鼎はくすぐったそうに嬌声を上げる。その様子は、情事の真っ只中というより、腹を撫でられて尻尾を振る犬と遊んでいるみたいだ。
脚に脚を絡めて、それこそまさに二人で温めあった。こんなに温かい人を、僕は知らない。それがもともと、冷たくて命なき人形だったなんて、信じられないことだ……。
次の日、鼎の作った弁当をかかえて会社に向かった。鼎をしっかり養わねばと思うと仕事にも身が入る。昼休み、弁当を食べながら、スマホで鼎のブログを見た。きのうはうすら寒かったからかつぼみだったビオラが一輪咲いている。そしていま僕の食べている、まるで子供さんに持たせるみたいな弁当の写真も載っていて、
『きょうがんばったのは海苔アートです!』と書かれていた。慌てて弁当のご飯部分を見る。海苔を切り抜いて、「がんばれ」と書いてあった。
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