#5 おでかけ

 鼎と、求めたり求められたりする日々を過ごして一週間経った。金曜の夜、ふつうに夕飯を食べて、僕は鼎が記念日にこだわらないタイプでよかった、と鼎に言った。


「え? 一週間くらいで記念日って言いだす女いるの?」


「高校生のころ初めて付き合った後輩がそうだった。高校生だからせいぜいコンビニのケーキだけどね」


「ふーん……あのね、お願いなんだけど。あたし、アパートの外、もっと見てみたい」


「じゃあ、明日はちょっとショッピングモールとやらにいってみようか」


「やら?」


「うん……忙しくて行く暇なかったんだよ。だから……」


「そのあとよその女の話になるでしょ。続けないで」


 鼎は妬いているのだ。かわいい。


「じゃあそろそろお布団に入ろうか」


「うん。寒くて手足すごく冷たいの。あっためて」


 鼎のお願いを聞かないわけにはいかないので、その夜もとっぷりと温めあった。そのあと眠りに落ちる間際、まゆのことを思い出した。最初は楽しい同居だったな、と。

 僕のワーカホリックでまゆが僕を見限ったように、いつか鼎も僕に愛想をつかして、ただのお人形さんに戻ってしまうのだろうか……。

 そんな悪夢を見て、はっと目を覚ました。僕の横で、鼎がすうすうと寝息を立てていた。僕は冷や汗をかいていて、なんとなく息苦しい。

 鼎を起こさないようにそっと、再度ベッドに体を沈めるが、鼎はうっすらまぶたを開いて僕を見ていた。


「悪い夢でも見た?」


「うん。でも鼎が隣にいたから大丈夫」


 そう答えて鼎の手をそっと握る。鼎は特にネイルとかはしていない。そうだ、ショッピングモールにネイルサロンとか入ってないかな。


 服を着て、顔を洗って、朝ごはんを食べて、しばらくニュース番組を眺めてから、ショッピングモールに行くことにした。僕は車を持っていない。正確には持っていたが処分した。どこにも出かけないからだ。

 鼎に、

「車処分しちゃって、電車でデートっていうかっこわるいやつだけどいいかな」というと、

「車処分するくらい忙しかったんだ」と哀れなものを見る目で見てきた。やめてほしい。

 とにかく、高校生のデートみたいに電車にふたりで乗り込む。鼎はキョトキョトしてから窓の外を眺めた。

 ショッピングモールは賑わっていた。そりゃそうだ、土曜日だし。まずは洋服のテナントを眺める。鼎は欲しいものを探して、かわいいコートを手にとった。薄いジャケットでは寒かったのだろう。


「これほしい」


「いいよ。会計してくる」


 というわけでコートをお買い上げした。それから、ショッピングモールのすみっこに入っていたネイルサロンに連れていき、ネイルをしてもらっているあいだになにかサプライズを考える。おいしいワイン? それとも圧力鍋? いろいろ考えたすえ、シクラメンの鉢植えを買うことにした。真っ赤な花のやつだ。

 喜んでもらえるか自信はないが、花がきらいな女の子はそんなにいないのではないだろうか。

 シクラメンの鉢植えを紙袋に入れてもらって、ネイルサロンに向かう。鼎のネイルはそろそろ完成という感じだ。僕に気づいて、鼎はニコッと笑う。

 爪をきれいにしてもらったところで、僕が料金を払う。鼎は自分の爪を眺めながら、

「……きれい。お人形のまんまじゃぜったいできないやつだ」と、嬉しそうだ。わりと大人っぽい、ピンクベージュにキラキララメのネイルだ。ところどころ金色が使われている。

 鼎は僕の荷物に気づいて、

「それなに?」と尋ねてきた。


「秘密。アパートに帰ったら開けよう」


「わかった。お腹すいたね」


「フードコートでなにか食べようか」


「フードコート。行ってみたかったんだあ」


 フードコートでラーメンとたこ焼きを発注した。たこ焼きは鼎の希望だ。なんで? と尋ねると、「あーん、ってやつやりたい」と、衝撃的な答えが返ってきた。無理だ、さすがに恥ずかしい。十代二十代ならともかく三十路のおっさんが、こんなかわいい女の子とやることではない。そこをとくとくと語る。とりあえず鼎は諦めてくれた。

 熱々のたこ焼きを、ちょっと不機嫌そうに頬張りながら、鼎は何度もネイルを眺めていた。いわゆるジェルネイルだ。落とすにはまたサロンにいかなくてはならない。


「ネイルしたから、また来られるね」


 僕がそういうと、鼎はやっと機嫌を直して、

「ありがと」と、穏やかに微笑む。


 さて、アパートに帰ってきた。シクラメンの袋を開けると、鼎はとても喜んでくれた。鼎はシクラメンを、早速玄関の小物を置く台にかざりつけて、パソコンで世話のしかたを調べていた。

 そして、おいしいものを食べたばかりだというのに唐揚げの仕込みを始めた。ニンニクのきいたやつだ。


「二人きりなら、あーんしていいよね?」


 というわけで、その日の夕飯で、僕は盛大に舌をヤケドしたのだった。

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